2023年5月22日 JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 三田 雅昭
オゾン層とは、地表25~30km上空のオゾン濃度が高い層のことであり、地球の保護膜の役目をして、地表の生物に有害な紫外線(UV)をカットしている。オゾン層が破壊されれば、紫外線が地表に届くようになり、人間などの生物に害を及ぼす可能性がある。紫外線はDNAを傷つけ、皮膚がんなどの長期的なリスクも高めると言われている。
日本では、年間で最も紫外線が増える時期である5月から9月を迎えている。では、紫外線量が多い季節を迎えて、どうやって紫外線による健康被害を予防したら良いのだろうか?
世界保健機関(WHO)ではUV Indexを活用した紫外線対策の実施を推奨している。UV Indexとは、紫外線が人体に及ぼす影響の度合いを判りやすく示すために、紫外線の強さを指標化したものである。日本の気象庁HPではUV Indexの観測値を公開しており、図1は茨城県つくばにおける観測値で、細実線は1990年から2022年までの累年平均値、●(ドット)は今年5月初旬までの観測値を示している。
図1 日最大UV Index(観測値)の年間推移 気象庁
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/uvhp/link_daily_uvindex_obs.html
南半球に位置するオーストラリアでは、夏期にあたる11月から2月の紫外線が年間で最も強く、その強さは赤道直下に匹敵すると言う。図2は、オーストラリアの月平均太陽紫外線 (UV) 指数の値である。太陽が最も高くなる現地正午の雲のない条件下で、1979年から 2007年までのオーストラリアの UV インデックスの月平均値(12月)を示している。
図2オーストラリアの月平均太陽紫外線 (UV) 指数(12月)
Average solar ultraviolet (UV) Index
The Bureau of Meteorology of Australia, Product Code: IDCJCM0045
http://www.bom.gov.au/jsp/ncc/climate_averages/uv-index/index.jsp?period=dec#maps
オーストラリアの紫外線対策は歴史も古く、紫外線による健康被害を予防しようという意識が国民に広く浸透している。実は、オーストラリアは世界で最も皮膚がんの発生率が高い国の一つである。毎年、2,000人以上のオーストラリア人が皮膚がんにより死亡しており、オーストラリア人の3人に2人以上が生涯のうちに皮膚がんと診断されることになる。これはオーストラリアで診断される最も一般的ながんであり、適切な日焼け止めを行えばほぼ完全に予防できると言われている1)。
また、オーストラリアは紫外線と健康の研究に関して、文献数(Web of Science)では世界4位(日本は12位)という国である。代表的な研究報告例では、1996年にMonash大学Marks, R.らが公衆衛生のアプローチとして黒色腫の予防と制御について報告7)、同年Melbourne視覚障害プロジェクトでは紫外線B線(UV-B)曝露に対する眼の寿命を定量化するためのモデルを開発したと報告2)している。
そこでオーストラリアにおける紫外線による健康被害防止「サンスマートSun Smart」プログラムなどを参照して、健康被害の予防情報を整理した。1988年に設立された SunSmart は、世界で最も長く運営され、最も成功を収めている皮膚がん予防プログラムの1つである。その研究により、ビクトリア州の60歳未満のすべての年齢層で黒色腫の発生率が低下または安定したことを誇りにしている。導入されたサンスマートプログラムでは、「Slip・Slop・Slap・Wrap」というスローガンで、紫外線予防のために取るべき行動を示している。長袖シャツを着用しよう、日焼け止めを塗ろう、首を隠す帽子を被ろう、サングラスをかけよう、という4つの合い言葉である。特に、子供の時に大量の紫外線を浴びることは将来的な健康被害リスクを高めるため、学校では先生が、家では親が良い手本を示して、子供達は大人を見習っている。衣類・帽子・サングラス・日焼け止めなどについて基準や規定が設けられている。
肌への紫外線対策が欠かせない訳であるが、目への紫外線対策も重要である。何故ならば、肌と同様に目に紫外線が入ると、細胞内の「活性酸素」が増えることでダメージを受け、ダメージが蓄積されると様々な眼病のもとになることがある。最近は、白内障と紫外線の関係が注目されるようになってきた。白内障は水晶体が濁ってきて、進行すると見え難くなる病気である。水晶体が濁ってくる原因は加齢など様々であるが、紫外線もそのひとつである。目のレンズの役割を果たしている水晶体は、紫外線を受けると「活性酸素」が発生する。その「活性酸素」によって水晶体の細胞内に含まれているタンパク質が酸化することで白内障を引き起こす。特に、長時間強い紫外線を浴び続けていると、白内障の進行を早めると言われている。
目を紫外線から守るために、サングラスは正面からの紫外線には有効であるが、つばの幅が広い帽子を被ることで側面からの紫外線を防ぐことができる。サングラスを選ぶ時には、紫外線カット率を表す「紫外線透過率」が明示されている品物、そして紫外線UVカットであると同時に、なるべく色が薄い品物を選ぶほうが良いと言われている。人間の瞳は色の濃さに比例して瞳孔が開く仕組みになっているので、色の濃いサングラスは、かえって多くの紫外線が透過することになる。
紫外線などの「酸化ストレス」が生じると体内で「活性酸素」が生まれ、体内に「活性酸素」が増えると細胞が酸化される。精神的ストレスや肉体的ストレスも「活性酸素」を発生させる要因の一つである。紫外線をはじめとする「酸化ストレス」に長年さらされたり、年齢を重ねたりすることで「活性酸素」を除去する能力は著しく低下すると言われている。「酸化反応」は生き物が生きていくために必要な現象であるが、「活性酸素」は様々な不調を引き起こすので、原因となるストレスを減らすことが大切である。
体内に「活性酸素」が増えると細胞が酸化される。食事に注目すると、脂肪の多い食事では、脂質から体を護るために「活性酸素」が大量に発生する。食品添加物によって「活性酸素」が発生する場合もある。また、飲酒によって肝臓を過度に働かせると「活性酸素」が大量に発生する。体内にある中性脂肪やコレステロールといった脂質に注目すると、免疫が用いた「活性酸素」の強力な力で酸化されて「過酸化脂質」が発生する。「過酸化脂質」が増えると、シミやシワの原因になるほか、細胞を傷つけガンの要因にも繋がると言われている。そして、インスリンが効かない、あるいは足らない人の場合には、食事や間食によって血管内の「糖」が急激に増えて、血管内に「活性酸素」が発生し、発生した「活性酸素」が血管を破壊する。これにより神経や腎臓、目などに様々な合併症を引き起こすと言われている。栄養バランスの取れた食事が大事で、脂質の摂取を減らす、添加物など有害なものを避ける、抗酸化作用のあるビタミン豊富な野菜を食べる、などの食習慣が大切である。
若い肌は「活性酸素」を除去する免疫機能の能力が高いため、仮に「活性酸素」が発生しても速やかに除去して健やかな肌の状態を保つ。除去できずに体内で蓄積された「活性酸素」は、あらゆる細胞を攻撃し、体の内側から肌の機能を低下させる。そこで、肌のアンチエイジングためには、肌の手入れが大切である。紫外線が強いオーストラリアでは、化粧品としてナチュラルコスメやCOSMOS承認オーガニックコスメブランドが販売されており、自然保護・環境保護の意識の高さも合わせて感じる次第である。
次稿では、生物に有害な紫外線をカットしてくれるオゾン層に注目して、オゾン層の回復傾向と気候変動を緩和する取り組みに焦点を当てる。