【The Conversation】 米国科学の危機―オーストラリアには一流科学者獲得の絶好の機会

米国の科学は苦境に立たされている。主要な研究資金提供機関である国立科学財団 (NSF) は、現政権下で壊滅的な資金削減に見舞われている。批評家たちは、この削減によって若い科学者世代全体が失われる危険性があると指摘している。

加えて、約28万人の科学者とエンジニアが、米国連邦政府の人員削減の影響を受けている。米国の病院、大学、研究機関に対しては数十億ドルの削減が提案されている。

米国は長年、科学研究の国際的中心地であった。しかし、もはやそうではないであろう。オーストラリアを含む世界の他の国々は、アメリカから科学者を誘致しようとしている。

そして、多くの科学者が移住を考えている。3月にネイチャー誌が行った調査によると、アメリカの研究者の75%以上が米国を離れることを検討している。

この米国からの頭脳流出を利用するために、どのような動きが進んでいるのだろうか?オーストラリアの立場はどうなのか?そして、重要なことだが、オーストラリア人は十分な対策を講じているのだろうか?

他の国々は何を行っているのか?

5月、欧州委員会は「Choose Europe」を発表した。これは2年間で5億ユーロを費やし科学者や研究者を誘致しようという支援策である。この支援策の発表にあたり、「学術と科学の自由がますます脅かされている」ことが強調され、 研究者に対してより高い手当とより長い契約期間を提供し、イノベーションへの規制障壁を軽減することが提案された。

カナダも積極的に動いている。例えば、トロントに拠点を置く大学病院ネットワークは、臨床科学者や医療人材を誘致・採用するために3000万カナダドルの調達を目指している。

中国もまた、専用の採用制度と高額な報酬を用意して、米国の科学者を積極的に獲得しようとしている。これは、中国生まれの科学者が米国を離れるという現在の傾向を加速させている。

EUやカナダなどは、表向きには「世界中」から優秀な人材を誘致・採用しようとする制度を作っている。しかし、このタイミングを考えると、どの国の科学者に目を付けているかは明らかである。

オーストラリアは何を行っているのか?

オーストラリアの科学界は、当然のことながら、米国で起きている出来事とそれがオーストラリアの研究に与える影響について考えている。米国はオーストラリア最大の研究パートナーであり、米国政府からオーストラリアの研究機関への資金提供額は、控えめに見積もっても3億8600万豪ドルになる。

同時に、米国の予算削減は、他国同様、オーストラリアにも機会を与えている。オーストラリア科学アカデミーは最近、「世界をリードする研究者をオーストラリアに誘致することで、我が国を強化するまたとない機会」を活用するため、「グローバル人材誘致プログラム(Global Talent Attraction Program)」を開始した。このプログラムは選ばれた研究者に対し、移住補助一式サービスに加え、研究資金、オーストラリアのインフラへのアクセス、そして家族の移住支援を提供する。

これは、米国の優秀な人材を誘致するだけでなく、頭脳流出を食い止め、かつては良いキャリアを求めて米国に移住した優秀なオーストラリア人を呼び戻す機会にもなる。

世界の様相

あらゆるレベルの米国の研究者やイノベーターを惹きつけ、採用し、維持することは、オーストラリアが今まさに追求すべき正しい道である。しかし、日本、韓国、シンガポールといったアジア太平洋地域諸国や欧州諸国と幅広い国際関係を構築する努力も、考えるべきである。

これらは、「グローバル科学技術外交基金」の戦略部門など、既存のイニシアチブを通じて促進することができる。この基金はオーストラリア政府の支援を受けており、運営しているのは筆者がCEOを務めるオーストラリア技術工学アカデミーとオーストラリア科学アカデミーである。基金は優先パートナー国及びオーストラリアのイノベーターと研究イニシアチブを結びつけるものであり、先進製造業、人工知能、水素製造などの分野を扱っている。

米国が国際協力から抜け出したことにより、オーストラリアにはアジア太平洋地域の科学技術ハブの地位を確立するチャンスが生まれている。

オーストラリアは山火事、洪水、干ばつの挙動と管理に関する知識を伝授することができ、世界に多くのものを提供できる。オーストラリアは異常気象のモデリングに関する高度な理解を示し、優れた海洋・大気研究の国際的な拠点となっている。

再生可能エネルギーとバッテリー技術において、オーストラリアは大きな影響力を持つ。オーストラリアで開発された太陽光パネルは、世界中の家庭用太陽光発電システムの多くで使われており、オーストラリアのバッテリー技術は最高レベルである。

オーストラリアの研究者、政策立案者、そして国民が、米国で起こっている出来事に懸念を持つのは当然のことである。しかし、不安に駆られて待つ必要はない。オーストラリアには、オーストラリアの条件で人材を育成する極めて稀な機会を得ている。

(2025年7月18日公開)

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