オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学(UNSW)は4月4日、研究者らが人工知能(AI)を用いて感染症と認知症の因果関係を調査する研究を開始したと発表した。
UNSWの健康ビッグデータ研究センターおよび健康的な脳の老化センター(CHeBA)のハイディ・ウェルベリー(Heidi Welberry)博士は、感染症が認知症の発症に関与しているかをAIで検証するプロジェクトを主導している。本研究はオーストラリア国立保健医療研究評議会 (NHMRC)の助成を受けており、感染症と認知症との因果関係の解明を目的としている。
AIは近年、新薬の設計や病気の診断、個別化治療の分野で広く活用されており、UNSWでは過去に珪肺症のマーカー特定やパーキンソン病の発症予測に成功している。こうした研究では、AIは個人間に見られる相関関係に注目するが、因果関係を特定するには不十分であり、新たな手法が必要とされている。
同博士は「病気と相関する兆候は、認知症の予測因子となるかもしれませんが、必ずしもその原因であるとは限りません」と述べ、感染症が認知症を引き起こす経路として神経炎症や免疫応答の変化に注目している。特に、帯状疱疹ワクチンの接種が認知症の発症率を20%減少させた英国の研究を踏まえ、同様の解析をオーストラリアでも行う予定である。
研究では、感染症に罹患したグループとそうでないグループの人口統計、病院データ(医療記録)、医薬品の処方情報、高齢者介護の記録などを比較し、ランダム化試験を模倣するモデルの構築を目指す。同博士は「感染症に罹患した人と罹患していない人を比較し、他の要因を考慮しながら、感染症が認知症の引き金となっているかどうかの妥当性を検証します。また、感染と認知症の診断が時間的に近い場合、逆因果関係が成立する可能性もあるため、さまざまな潜在的な遅延時間をモデル化して評価する必要があります。ただし、このような膨大なデータを処理するには、相当な計算能力が求められます」と説明した。
さらに同博士は「感染症が認知症の原因となるのか、それとも認知症が感染症のリスクを高めるのかという鶏と卵の問題に挑戦しています」と語り、AIによる因果推論がこの長年の疑問に答える鍵となる可能性を示唆した。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部