2021年11月19日 AsianScientist
プレシジョン・メディシンは、DTC遺伝子検査が持つリスクを持たず、アジア人のDNAの秘密を全体的に明らかにすることができる。その方法について紹介する。
AsianScientist - 昔々、人々は水晶玉を見つめたり、星を見たりして未来を知ろうとした。占星術アプリ、美しいエンジェルカード、紅茶占いは今でも人気があるが、人生の予測は明らかに科学的な方向に向き始めている。
今日の企業は体の内部に注目し、DNAのわずかな違いを調べて、健康、祖先、寿命、さらには収入の可能性まで評価する。現在、遺伝子検査は明らかに一般的なものとなっている。通常は直接消費者に提供される遺伝子検査(Direct-to-Consumer : DTC)の形で行われる。
しかし、昔の占い師と同様、これらの検査から得られる予測は常に絶対に正確であるとは限らない。例えば、北京を本拠地とする行動遺伝学企業であるGeseDNAでDNA検査を受けた若い男性がいる。彼は子供時代、ずっと痩せすぎていたためからかわれていた。それにもかかわらず、検査が明らかにしたのは肥満リスクが高いということだった。
しかし、そのような報告もDTC検査の爆発的人気をほとんど抑えることはできない。何と言っても、遺伝子データは情報の宝庫である。医師に診てもらう時に通常は話題にならないような、人生の様々な局面についての独特の視点を与えてくれる。それだけでなく、有益な治療法の開発につながるかもしれない多くの情報を企業に与えることもある。
したがって、遺伝子検査を受ける者は、DNAが描く青写真はパスワードやクレジットカード番号とは異なるものであり、変更も撤回もできないという現実に立ち向かわなければならない。検査結果が出たならば、遺伝子データは検査会社が握ることになるが、どのような意図でデータを使うかは分からない。遺伝子検査の人気が高まる中、本記事は人間のDNAに関して実際に行われていることについて要約する。
アジアの中で最も成熟した遺伝子検査市場を持つのは日本である。人口の3分の1が2035年までに65歳以上になると予測されていることから、日本ではますます多くの人々が、年齢を重ねるにつれて直面するかもしれない健康リスクについて深く知りたいと思っている。
日本では、この市場はGenequest とGenesis Healthcareという2つの会社によってほぼ占められている。後者は2004年に設立された。アメリカの個人ゲノム解析会社23AndMeの設立の2年前である。
Genesis Healthcareは、その主力製品であるGeneLife検査キットを通じてアジア全体でほぼ100万人の顧客を抱えており、様々ながんや心血管疾患などといった病状を発症する可能性を知ることができる。
面白いことに、GeneLifeキットは、カフェイン誘発性不安、人間関係でのコミュニケーション能力、恋愛成功率など、遺伝とは関係がなさそうな資質も評価する。
一方、中国では、23Mofangがこれらすべてに加えて中国独自のオプションも含めた分析を行っている。449元(69米ドル)という手頃な価格で、消費者は、何世紀にもわたる漢王朝の創設者である劉邦皇帝などといった古代の王族と関係があるかどうかを知ることができる。23MofangもGeseDNAtも遺伝子検査分野における約100社のうちのひとつに過ぎない。中国では、この分野で2022年までに約4億500万米ドルの売り上げが見込まれている。
話題となっているにもかかわらず、これらの検査が実際にどのように行われるのか分かっている人はほとんどいない。表面的には、検査には痛みがないように見え(素直に認めよう)、 面白そうではある。行うべきことはキットをオンラインで注文し、指定されたチューブに唾液サンプルを入れることだけである。検査会社に送った後は、何もせずゆったりと座り、結果が明らかになるのを待つ。
舞台裏では、DTC企業はジェノタイピングと呼ばれる迅速で安価な手法を使用して遺伝物質を分析する。ジェノタイピングはDNAの特定の部分の変異を調べることにより、疾患の原因となりそうな変異を特定できるが、そのためには注意すべき変異に関する所定のリストが必要である。そのため、ジェノタイピングはリストに掲載されていない変異を検出できない。特にアジアでは十分な遺伝子表現型がリストにないことから、偽陰性を示すことが多い。
「がんとアルツハイマー病は複雑な遺伝病と見なされており、特定の変異があれば個人が病気を発症するリスクは高くなります」と、シンガポールのKK母子医療センターの小児科遺伝医療のシニアコンサルタントであるサウミャ・ジャムア (Saumya Jamuar) 博士は説明する。「それでも、特にアジアの中では、遺伝的リスク要因の多くはよく分かっていません」とも。
このような限度があることから、シンガポールで活動するリサーチアシスタントであり、香港のDTC会社であるPreneticsの検査キットCircleDNAを試したシーン・オウ (Sean Ou) 氏などのユーザーたちは、検査キットを使用する消費者は、遺伝子検査の結果を注意して解釈すべきだと考える。
「(私の経験では)CircleDNAは、対象となる表現型または遺伝子型に関連する遺伝子について、例を挙げて結果を簡潔に説明してくれました」とオウ氏。「しかし、一部の遺伝結果は主に科学的に関連するものに基づいているため、ユーザーは結果を解釈する際に多少は理解力が必要となるかもしれません」
実際のところ、オウ氏の懸念は全く根拠がないとも言えない。中国にはDTC検査の業界基準がないため、企業はさまざまな検査手順とデータベースを使用できる。同じサンプルを使っても複数の解釈が生じる可能性があり、精度は疑わしい。
「(DNA検査会社が)地元の人々に関するデータを独占している場合、精度は高いかもしれません」とジャムア博士。 「しかし、データが独占されているならば、関係する企業がそれらを共有して照査しようとはしない可能性があるため、証明または反証することは困難です」
精度の他に、今日の遺伝子検査でおそらく最も差し迫った問題はプライバシーである。これはソーシャルメディア時代に生きる人々にとって分かりやすい懸念である。DNAの最も深く、最も暗い秘密を明らかにするという遺伝子検査の能力を考えると(その信頼性はともかくとして)、バイアルに唾を吐いたり、採血したりすることは、自身の身元の鍵を渡すようなものである。だが、本当に安全に保たれるという保証はほぼない。
これは、妄想ではない。2018年、イスラエルのDTCサービス会社であるMyHeritageは、ハッカーが9,200万のアカウントのユーザー名とパスワードにアクセスしたことを発表した。 もしそのようなデータが保険会社や民間企業に密かに販売された場合、厄介な病気のリスクが高ければ単なる心配事のタネどころではなくなる。保険会社が密かに高い保険掛金を請求することができる理由、または雇用主が雇用を拒否する理由ともなりえる。
悪名高いゴールデン・ステート・キラーは、家系図ウェブサイトであるGEDmatchに親戚がDNAデータをアップロードした後に逮捕された。この事件が証明するように、遺伝子プライバシーは家族により知らないうちに危うくなる可能性がある。 やっかなことに、親戚の何人かがすでに特定のデータベースに入っている場合、DNA検査会社はあなたについて知る必要があるすべてを事実上所有している。
検査会社の名誉のために加えておくが、アジアの複数のDTC企業は、検査結果を保護する規範を定めた。たとえば、登録内容はサンプルから削除され、ランダムな識別子が割り当てられる。
個人データと遺伝子データは別々に保存され、複数のシステムに分割されるため、情報をつなぎ合わせることは困難になる。データへのアクセスは通常、必要不可欠な担当者のみに限定されており、学術分野または商業分野の第三者とデータを共有するには追加の同意が必要とされる。
これらの予防策にもかかわらず、匿名化されたDNAデータセットからでも個人を正しく再識別できることが研究から分かっている。また、もう1つの懸念がある。DTC検査会社は、臨床検査の完了後またはアカウントの閉鎖時にDNAサンプルを破壊すると主張するが、これが実際に行われたかどうかを確認するのは難しい。
さらに、サンプルが破壊されても、それが永久になくなるという意味にはならない。データが集約されて特定の研究で使用された場合、その残骸をその研究から削除することはできない。
アジア全体では、遺伝子検査と遺伝子データの保護に関する規制は概して曖昧なままである。2020年、中国で83社のDTC検査会社を対象とした調査が行われた。その結果、プライバシーポリシーとインフォームドコンセントの手順が不十分であり、遺伝情報の使用方法と共有方法がかなり曖昧であることが明らかになった。
ある会社は、明示的な同意がなくても、非営利目的で顧客情報を再利用し、共有する意向があると堂々と表明した。
CircleDNAやGeneLifeのような他の検査会社は実際に法的予防策を講じているが、アジアの細分化された規制環境を通り抜けることは依然として難しいかもしれない。
「これら検査会社は被験者との契約の取り決めに拘束されるかもしれませんが、権利を侵害された被験者が外国の管轄区で会社に対して訴訟を起こさなければならないことが記載されている場合、そのような契約上の義務を執行することは困難です」と香港大学の法学部准教授であるカルビン・ホー (Calvin Ho) 博士は話す。
DNA検査のすべてのリスクとリターンについて考え、精度やプライバシーを犠牲にすることなく、遺伝子データを深く知る方法はあるだろうか? 答えはプレシジョン・メディシンで見つかるかもしれない。プレシジョン・メディシンでは、研究者は集団規模のデータを収集し、環境、ライフスタイル、遺伝的要因を統合することで新しい情報を発見し、個人に合わせた治療を提供しようとしている。
GeneLifeやGeseDNAが採用しているのは個人の好みに対応しジェノタイピングを使用するDTC検査であるが、プレシジョン・メディシンは違う。プレシジョン・メディシンでは、通常の採取方法で得られた血液サンプルに基づいて個人のDNAの全長を実際に分析する全ゲノムシーケンスと呼ばれる手法を利用する。
そのため、数百万とまではいかなくても数千の人々のゲノムをプールすることにより、研究者は希少疾患の原因となる変異を発見し、それに応じて治療法を開発することができる。
それでも、アジア人は世界のゲノムリポジトリの中でも数は少ない。アジア人は世界の人口の40%以上を占めているが、遺伝子研究にかかわる人々のうち、非ヨーロッパ系であるのはわずか19%である。このギャップに対応し、地域の多様性を活用するために、インドからタイまでの国々がこの呼びかけに耳を傾け、全国規模、さらには地域規模でのゲノムシーケンスイニシアチブがあらゆる場所で見られるようになってきている。
これらのイニシアチブの中で最も野心的なものとして、シンガポールの南洋理工大学(NTU)はじめ、ゲノミクス企業であるインドのMedGenome、韓国のMacrogenが率いるGenomeAsia100Kが挙げられる。2019年の調査では、コンソーシアムはパプアニューギニアからパキスタンまでの国々で1,739人のゲノムを分析した。このイニシアチブから、東アジア人を祖先に持つ人々は、血栓を防ぐために使用される抗凝固剤であるワルファリンなどの一般的な薬に対して、有害反応を起こすリスクが高いことが既に分かっている。このような発見から臨床医が影響を受け、特定の集団グループに属する個人にのみ特定の薬を処方するようになるかもしれない。これは、プレシジョン・メディシンの新たな利点を表すものである。
一方、2019年、シンガポールのNational Precision Medicine Programは、SG10Kプロジェクトの一環として、中国、マレー、インドの民族グループから約5,000人をシーケンスして、世界最大のアジア遺伝子データベースを作成した。これらのシーケンスはもっと大きな集団のほんの一部ではあるが、9,830万の遺伝変異がすでに発見されており、半分以上、つまり5,200万の変異は科学にまったく新しいものであった。
研究者らはさらに詳しく調査し、アジア人に突然変異を起こす可能性が高く、アルコール代謝や免疫応答などの特性に影響を与えることが知られている7つのゲノム領域を特定した。ここから、悪名高いアジアンフラッシュなどの区別しやすい特徴を説明できるかもしれない。生物医学的意味の他に、データベースからの結果は、中国人、マレー人、インド人が約80,000年前に共通の祖先を持っていた可能性が高いことを示している。
ゲノムシーケンスイニシアチブにはDTC遺伝子検査に大きく欠けている深遠さと信頼性があるとしても、安全なものだろうか?イニシアチブは前述したDTC企業と同様の方法でデータを共有し、処理するが、規制状況は無法地帯にはなってはいない。ありがたいことである。
「国家規模のシーケンスイニシアチブは、通常、良いガバナンスと、説明責任を確保するための優れた透明性とメカニズムが存在するという点で異なるでしょう。たとえば、人間の生物医学研究と個人データ保護に関する法制は、SG10Kのようなイニシアチブに適用されるでしょう」とホー博士は解説する。
しかし、データ保護について興味を持たない人もいる。
CircleDNA検査を受けたシンガポールのシニアプロダクトデザイナーは「私たちは現代社会の一員である限り、完全なプライバシーを持つことは不可能な時代に生きていると思います」との見解を示す。
「私たちが毎日使用するものはすべてサードパーティによって提供され、データは収集され記録されています。遺伝子データを持つのが政府であるかサードパーティプロバイダーであるかは、もはや問題ではありません」と彼女はつけ加えた。
DTC遺伝子検査とプレシジョン・メディシンから分かるすべての展望、予測、および危険を求めて分析のためにDNAを共有することは、最終的には我々が選択することである。遺伝子検査には利点があるかもしれないが、プレシジョン・メディシンは、薬物、治療法、健康状態に関して科学に裏づけられた評価への扉を開く。これは、過去の水晶玉からは大きな飛躍である。