2022年1月27日
杉山 文彦(すぎやま・ふみひこ):
ジャーナリスト
1981年、慶應義塾大学文学部卒。時事通信社に入社し、ニューデリー特派員としてインド国内をはじめ、アジア情勢全般、アフガニスタン内戦などを取材。その後、カイロ支局長、パリ支局長、外信部長、編集局総務を歴任。2016年から解説委員。編著に『世界テロリズム・マップ 憎しみの連鎖を断ち切るには』(平凡社新書)など。2020年、慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。
パキスタンが政府挙げてIT立国をめざしている。IT産業の振興を狙い、IT企業に優遇措置を与える「技術特区(STZ: Special Technology Zone)」を相次いで国内各地に設立しているのだ。
まず2021年1月、パキスタン政府は技術特区庁(STZA: Special Technology Zone Authority)を創設し、同時に首都イスラマバードに最初の技術特区を設けた。同年12月には第2の特区を北東部のパンジャーブ州の州都ラホールに開設した。2022年以降、さらに特区を増やす方針だという。
ニューデリー特派員だった私の経験からすると、パキスタンがこの20年ほどで世界のIT大国に上り詰めたライバルのインドを意識していることは間違いない。出遅れた感は否めないが、パキスタンの科学研究力は世界でも評価が高い。実際、科学誌 nature によれば、パキスタンは科学的な研究成果の増加数で21%となり、中国本土の15%などを抑えて世界トップに立った実績もある(2018年)。パキスタン人には勤勉な面もあるから、国を挙げて取り組めば、技術特区の成功もあり得ると思う。
パキスタン第2の都市ラホール。かつてムガール帝国の都として栄えたこの街に2021年12月23日、同国のイムラン・カーン(Imran Khan)首相の姿があった。冒頭で触れたように、ラホールの技術特区「ラホール・テクノポリス(Lahore Technopolis)」の落成式があり、カーン首相は次のように演説した。
「科学技術は世界の未来だ。われわれはIT革命を通じて成長を加速させることができる」
そのうえで、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって世界中が不景気に陥ったが、IT企業は飛躍的な成長を遂げている」と述べ、米国のグーグル(Google)やアマゾン(Amazon)など巨大IT企業が収益を増やしている例を挙げた。
ラホール・テクノポリスの落成式で、特区に参入する企業にライセンスを授与するカーン首相(中央)=2021年12月23日 (在日パキスタン大使館提供)
在パキスタン日本大使館のホームページによれば、パキスタンのIT産業も、輸出額は8億2161万ドル(2020年7~12月)、成長率は取引額ベースで41.26%と、この数年間で急成長している。
それでも、インドと比べると、パキスタンのIT関連輸出の規模は100分の1にも満たない。カーン首相も「大幅に後れを取っている」と認めている。
だが、パキスタンには好材料がある。総人口2億2089万人(2020年、世界銀行調べ)の6割以上を30歳以下の若年層が占める点だ。カーン首相は、「パキスタンには大きな潜在力がある」と期待を示し、技術特区の拡大を「IT革命」への起点にしていく意向を表明した。
技術特区庁によれば、パキスタンの技術特区には
―がある。
このほか、ITと「IT技術が可能にするサービス(ITeS)」の提供に当たる技術主導ビジネス、およびスタートアップ企業の中核拠点「エクセレンス・センター(Excellence Centres)」で構成される。
日本大使館によると、特区では外国企業などにも、以下のインセンティブを提供し、進出企業の増加を図っている。
2021年末に落成したばかりのラホール・テクノポリスは、パキスタンの技術特区の中でも最大規模になると見込まれ、800エーカー以上の広大な敷地を持つ。パンジャーブ州政府の傘下企業「ラホール・ナレッジパーク・カンパニー(Lahore Knowledge Park Company)」が造成した。ここに世界中から大規模な投資を呼び込み、パキスタンのIT関連企業の輸出力を強化していく方針だ。
パンジャーブ州のサルダル・ウスマン・ブズダル(Sardar Usman Buzdar)州首相は、特に起業を望む若い世代に教育・訓練の機会を提供したい考えを示し、ラホール・テクノポリスの中に国際的な大学を設立する構想を明らかにしている。
ラホール・テクノポリスの特区企業および開発事業者として、内外から次の企業の進出が予定されている。それぞれに落成式でライセンスが手渡された。
また、ユヌス・ブラザーズなど3社からなるコンソーシアム(共同事業体)と技術特区庁の間で、パキスタン国内の新たな技術特区に3000億ドルを投資する内容の了解覚書(MoU)が取り交わされた。同庁によれば、特区は今後、南部のカラチ、西部のクエッタ、北部のペシャワールの3地域に完成する見通しとなっている。
こうした中、パキスタンのIT産業への日本の関心は今のところあまり高まっていない。日本大使館のホームページによると、パキスタンでは毎年3万人のICT新卒技術者が誕生しているが、公用語が英語(国語はウルドゥー語)で、英語を話すICT技術者が50万人以上いるため、多くのパキスタン人ICT技術者の主要取引先は主に英語圏となっており、日本ではパキスタン人ICT技術者の就労実績はそれほど多くないという。
パキスタン国内のIT企業数は約2950社。その主な貿易相手国(取引額ベース)は、
―と、英語圏が上位を占めている。
日本はまだ上位10カ国にも入っていないが、IT産業に不可欠な若い労働力の豊かなパキスタンは今後、投資先として有望になる可能性もある。