2022年2月14日
米国に本社を置く学術出版社ジョン・ワイリー・アンド・サンズ(John Wiley & Sons、以下ワイリー)は、2021年デジタルスキルギャップ・インデックス(DSGI、下欄参照)を公表した。DSGIについて、ワイリーのシンガポールでディレクターを務めるシー・ジェー・フー(CJ Hwu)氏による解説を以下の通り、紹介する。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックは我々の生活の隅々にまで混乱をもたらした。ビジネス、教育、医療、それ以外も含め、あらゆる場所で根本的な問題とそれによる変化が引き起こされた。社会が直面した変動の多くは、デジタル化のペースを加速させ、学習者、勤労者、雇用者はデジタル化に遅れないようプレッシャーをかけられた。公平な復興を進めるためには、政府、学術界、企業のリーダーたちが協力して、進化中であり、将来のすべての職の要となるデジタルスキルを勤労者たちに身につけさせる必要がある。
発見と学習を強化するという使命に基づき、ワイリーは教育と労働力開発におけるグローバルネットワークと専門知識を活用して、DSGIを初めてまとめ上げた。このインデックスは、持続的な成長、復興、繁栄のために必要なデジタルスキルをどの国・地域がどの程度進ませ、整備しているかを反映する一連のグローバル指標を基にして、134の国と地域をランク付けした。
DSGIの最初のβ版が発表されたが、このツールを使うと、政府機関、政策立案者、雇用主、教育界のリーダーは国のデジタルスキルに関するエコシステムの全体像を把握し、世界の中のトップレベルの国々や同レベルの国々と比較することができる。
データと分析は、産業の比較評価、政府の取り組み、計画と監視、教育とトレーニングシステムに関するものである。DSGIは、改善されたデジタルスキルに目を向けて、未来への国別ロードマップのための情報を提供し、投資、パートナーシップ、教育とトレーニングのイニシアチブをさらに最適化し、国の未来のために労働力をさらに強化することができる。
DSGIではインデックスに含まれる134の国と地域の中で、シンガポールが1位になった。これは、シンガポールは高度な実力主義社会であるという評判を裏付ける。シンガポールは、DGSIのほとんどの評価項目で一貫して高いスコアを獲得した。幼稚園から高校、大学までの教育システムは、世界で最も優れたシステムの一つである。シンガポールのデジタルフォーカス(デジタルをテーマとして発表された大学院生1000人当たり の記事数として反映される)も、もう1つの大きな強みである。生涯学習のための資金は2015/16年から開始されたSkillsFutureイニシアチブにより充実しており、世界でもトップクラスである。
これに対し、ほとんどの国がデジタルスキルギャップを埋めていないことがDSGI から分かる。デジタルスキルギャップとは、産業開発で求められる特定レベルのデジタルスキルの需要と、国の政策立案者が人材不足に対応し、教育機関及び企業トレーナーが必要なスキルを提供する能力との差である。 問題の一部は、指標の6つの評価項目が示す結果が様々なことである。米国は研究強度(後述)に優れているが、高等教育を受けた全体の卒業生の数でのIT分野の割合が低く、科学、技術、工学、数学 (STEM) の分野の男女格差、および数学リテラシーの結果が低い。 同様に、日本はデータ倫理と公正性の評価は非常に高いが、デジタル対応性の評価はあまり高くなかった。
シンガポールと日本との比較では上のグラフが示すように、インデックスの6つの評価項目のうち5つでシンガポールは日本を上回った。日本が優れていたのは、データ倫理と公正性であった。また、「デジタル」をテーマとした学術研究の成果に関する研究強度でもよい評価を得た。研究強度とは、「人工知能(AI)」「ビッグデータ」「ブロックチェーン」「クラウドコンピューティング」「コーディング」などのデジタルキーワードを含む発表論文の数、このテーマの発表論文の伸び、大学院生の数に対する論文の発表数をまとめたものである。世界でも科学者やエンジニアの人材確保について6.0を超えるスコアを付けた国はなかった。しかし、日本はアジア太平洋経済協力会議(APEC)参加国・地域の中では上位にランクされた。
シンガポールに匹敵するデジタル競争力を持つのは米国だけである。しかし、驚くことに、米国には疑いのないデジタル力があるにもかかわらず、何と世界で26位だった。人的資本に多額の投資を行うことで知られている中東の裕福な国々(アラブ首長国連邦やカタール)は、DSGIの中でトップの業績を見せた。フィンランド、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧諸国もレベルが高かった。
いくつかの業界ではデジタルスキルギャップが他の業界よりもはっきりと表れている。 ワイリーの調査によると、APECに参加する21の国と地域の中でデジタルスキルギャップが最も大きい業界は、教育とトレーニングであることが分かった。変化に対する官僚の抵抗は政府の中で最も顕著であるとされており、デジタルスキルの向上に対する重大な障壁となっている。一部の国・地域では、行政部門のデジタルスキルの低さについても批判されていた。これらの2つの重要な業界は、デジタルスキルの促進のきっかけとなるはずである。理想的には、政府が効果的な政策の枠組みを設計するならば、政府はデジタルスキルの促進を主導する立場となるはずである。 同様に、教育とトレーニングの分野でのデジタルスキルは、職場にデジタル能力の高い人員を供給するために不可欠である。
デジタルスキルのレベルと人材確保に完全に満足していた(デジタルスキルの需要と供給が「非常に一致している」)回答者はうちわずか4.2%であった。回答したすべての部門(教育とトレーニング、政府、企業)において、雇用主のニーズと求職者の能力の間に見られるデジタルスキルの不一致が深刻な問題として認識されている。 その中でも、企業にとっては懸念がより差し迫ったものになっている。企業回答者で不一致がある(「かなりの不一致」または「非常な不一致」)と答えたのは47.2%であったのに対し、教育者/トレーナーでは36.6%であった。企業の場合、CEOと最高人事責任者が戦略的アプローチを取り、人的資本を育成させることで、事業を強化させることを考えている。それと同時に、企業は他の学習におけるエコシステムと連携して、より機敏で対応性のある視点を持って人材を育成する必要がある。多くのデジタル人材採用担当者は受動的であり、デジタル人材の欠員が生じたときになって、何とかして補充しようと走り回る。
当然のことながら、裕福でない国・地域ではデジタルスキルギャップが大きい傾向がある。これは、当該国・地域の技術が洗練されていないことと、特にデジタル教育とトレーニングに関連して公教育システムの資源が十分でないことによる。このことから、裕福でない国・地域においては、現在の能力と今後の能力構築に対する重要な支援に加え、全体的な経済発展を加速するために継続的な財政援助を必要としていることを意味する。良いニュースとして、一人当たりのDSGI/GDP(国内総生産)の傾向線を見ると、一人当たりGDPの比較的穏やかな増加がDSGIの急速な改善と相関しているように見えることが挙げられる。
デジタルトランスフォーメーション(DX)は医療から食品サービス、小売、製造に至るまで、ほぼすべての仕事に影響を与えるため、公平な復興は偶然には達成できない。ある国の人々が成功するためのスキルを身に付けるには、協調した努力と投資が必要になる。
パンデミック前は、団結して幅広いデジタル雇用ソリューションを構築しようという政治的な勢いはなかった。今は、最前線にいる労働者や失業者、困難に陥った企業、そして影響を受けた産業のニーズを満たすために、我々は一致団結してソリューションを開発せざるを得ない。あらゆるレベルの労働者にとって有用なデジタルレジリエンスを構築するためには、民間部門のリーダーがその動きを主導することが不可欠である。政府はこの取り組みを支援することはできても、主導することはできない。 大学は不可欠な存在だが、この負担を単独で負うことはできない。
パンデミック後の経済に必要なデジタルスキルを備えたグローバルな人員を訓練するには、雇用者、非営利団体、政府の新たなコラボレーションが必須である。問題の普遍性を考えると、最大限の人員が必要なデジタルスキルを確保するために、トレーニング、デジタルアクセス、パートナーシップ、インフラに多額の持続的な投資が必要となる。そうすれば国・地域は迅速な経済回復のために必要な新しいスキルを素早く身につけることができる。
今日、世界経済はサバイバルモードにある。パンデミックを封じ込め、景気後退による経済的影響を食い止めようともがいている。しかし、長期的な目で見ると、生き残り、繁栄し、世界中の人々の生活水準を高め続け、機会へ幅広いアクセスを確保し、不平等を減らすためには、一層洗練された戦略アプローチを取り、適切なスキルを構築し、教育と学習を変革しなければならない。それにはデジタル経済へのアクセスを拡大するという新たな緊急課題も含まれる。
最大の障害は、政府と政策においてリーダーシップが欠けていることである。これは、タイ、インドネシア、フィリピンを含む東南アジアの発展途上国で特に懸念事項となっていた。他の関連性の高い問題としては脆弱で資源不足の教育システムが挙げられた。ミクロ的視点で見ると、労働者や企業が新しいスキルを身につけることとスキルアップに対し抵抗を示しているのも大きな問題である。
ワイリーのDSGIは各国・地域にとって、効率性の高い復興計画、効果的なデジタル投資、デジタル技術のスキルギャップにどこでどのように対処するかについての理解を深め、パンデミック後のデジタル経済と公平な復興に対処できるグローバルな労働力を育成するための重要な資料となるだろう。
ワイリー・アジア太平洋地域 戦略的パートナーシップ・政府関連業務担当ディレクター(シンガポール駐在)
台湾生まれ、米ニューヨーク育ち。ヴァッサー大学卒業後、ニューヨーク大学ジャーナリズムコース等で学び、ダウ・ジョーンズ社などを経て2005年からワイリーに勤務。