AsianScientist-高速・高解像度のエクサスケール・コンピューティング(exascale computing:1秒間に10の18乗回以上の演算が可能)により、研究者と市民科学者は、水の処理とその流量を監視する優れた方法を発見し、アジア全域の水ストレスに対処している。
世界中の多くの地域にとって、川と海は生命線である。漁業従事者は海から魚介類を得て、農業従事者は農地を灌漑するために流れ続ける水を必要とする。これはすべて必要な栄養を得るためである。衛生、飲用、生活の安全を確保するには、きれいな水へのアクセスは間違いなく最も重要な資源である。しかし、アジアは加速して水危機に向かっている。
世界人口の半分以上がアジアに居住しており、都市部の人口増加は2025年までに60%という驚異的なものとなると予測されている。しかし、この地域の淡水は一人当たり年間4,000立方メートル弱と、南極大陸を除く地球上のどの大陸よりも少ない。介入が実施されなければ、2030年までに、淡水の需要は供給を40%はるかに上回る。
このようなとてつもない水不足の影響は、今日すでに明らかになっている。たとえば、インドでは、9,000万人以上が安全な水を利用できず、2億3,000万人近くが衛生的な設備を利用できない(適切な下水システムや個人宅のトイレなど)。多くの家庭が今でも未処理の地表水や地下水に依存しているため、健康被害と経済被害は増加している。インドの伝染病症例の21%は水不足に関連している。
インドネシアでは、1990年代でさえ水道水を利用できたのは人口の半分未満であったため、地下水依存という同様の状況に直面しており、これが今日のジャカルタの地盤沈下に一役買っている。2017年までに水道普及率を98%まで上げるという目標があったが、実際の数値は60%弱となった。
気候変動と水不足がせめぎあい、コミュニティには災害が頻繁に発生し、健康は悪化し、地球は未処理の水の中に沈んでいくかもしれない。 急ぐ必要がある。科学者やイノベーターは、アジアと世界の水危機の流れを変えるために、高性能コンピューティング(HPC) の最高峰であるエクサスケール・コンピューティングに注目している。
地球上で最速のコンピューターは、1秒間でなんと1000兆 (quadrillion :10の15乗)回の演算ができる。ペタスケールシステムと呼ばれるにふさわしい。そのような計算能力を持つコンピューターは複雑な問題をすでに素早く処理し、人間が手動で行ったならば一生かかっても調べることは無理な大量のデータからパターンを検出している。
しかし、アジア全体を見ると、研究者や大企業は、現在、1秒間で100 京 (quintillion :10の18乗)、つまり1エクサフロップの演算を実行できる、形而上的なエクサスケールに向かって進んでいる。次世代スーパーコンピューター「神威太湖之光」を扱い2021年のHPCゴードン・ベル賞を受賞した中国のチームは最近、神威太湖之光が最高4.4エクサフロップの速度に到達したことを発表した。これはGoogleのシカモア量子コンピューターの能力に匹敵する。
中国の清華大学の研究者たちは、新しいメモリ管理テクノロジーも開発して、神威太湖之光の人工知能 (AI) アルゴリズムの機能を強化した。これにより、入力データから学習して時間の経過とともに能力が向上していく。清華大学チームのイノベーションは、さまざまな規模のデータセットを変換し、神威太湖之光のメモリスロットにファイルすることで、コンピューターのメインメモリに影響を与えることなくデータへのアクセスを改善することができた。
エクサスケールコンピューターは、典型的なAI課題を他のコンピューターよりも素早く解決できるが、極めつけは、自然環境から合成産業まで、現実的なプロセス・シミュレーションが可能なことである。例えば、地球の水域や気候パターン、それらの崩壊に関する正確度の高いマップを作成するなど、科学的発見を促進し、影響を考えたアプリの開発に役立つHPCの可能性の扉を開くことになるであろう。
計算速度が上がると、解像度が向上する。つまり、システムとパターンの詳細な表示が可能になり、したがって、シミュレーションと予測の正確度が向上する。たとえば、シミュレーションを行うと、特定の都市の暴風雨を拡大し、谷の存在、森林被覆の量、その他の構造などといった地域の状況により異なる微気候を調べることができる。
気候変動と大災害は本質的に水危機と絡み合っており、2001年から2018年までのすべての自然災害の74%が水に関連している。気候パターンが変化すると、通常の水循環も変化する。干ばつや水不足が発生する地域がある一方、激しい鉄砲水が発生する地域もある。
「アレフ」は韓国の釜山大学校にある1.43ペタフロップスのスーパーコンピューターである。災害に対する回復力を築くために、このコンピューターを使用して、地域や国にまたがる大気・海洋間の相互作用および歴史的な気候パターンのシミュレーションが行われた。大気と海洋の相互作用は、嵐の強弱の経時的変化についての鍵であり、モデルを使えば上陸する熱帯低気圧とその破壊力を予測することが可能である。
利用可能な気候データの量が圧倒的なこともあり、シミュレーションは13カ月間実行された。どのレベルのコンピューターであっても簡単なことではない。しかし、エクサスケール・コンピューティングの能力は、処理を加速し、計算エラーを減らすことができる。
一方、日本が誇る世界トップクラスのスーパーコンピューター「富岳」は、単精度または32ビットで1エクサフロップスを超えるピーク性能を備えている。とはいえ、倍精度または64ビットで測定されたLINPACKベンチマークに基づくと、富岳の能力は442ペタフロップスであり、エクサスケールの壁をまだ打ち破っていない。
2021年はじめ、東北大学、東京大学、富士通研究所の研究者たちは、富岳の力を利用して2万件の津波浸水シナリオを実行した。これらのシミュレーションを直接実行して深層学習モデルを学習させることにより、モデルの計算性能を最適化したところ、津波の規模と浸水の影響をほぼリアルタイムで予測できた。
これらのモデルは、流水に限定するものではない。ヒマラヤ山脈の氷河のように、地球の水の多くは氷として固まっている。降雨だけでなく、氷河と雪が融けたならば、高山アジアの水流は増える。水流は季節によって変化するだけでなく、高山の西側か東側かによっても異なる。データとエクサスケールを利用したモデリングが増えれば、研究者は地域の水循環をより正確に描き出すことができる。
自然災害、気候変動によって悪化する混乱、変動する水源に関する予測がより正確になれば、研究者と社会の指導者は、災害が発生した場合でも被害を抑え、持続可能な水供給を確保するメカニズムを考えることができる。さらに、水のモニタリングを行えば農業計画の役に立つ。洪水や干ばつで貴重な資源を失うことはなく、農業従事者は変化する水のパターンに合わせて輪作を調整し、タイミングのよい収穫が可能になる。
エクサスケール・コンピューティングは、自然の中と人工システムの中での水の流れ方をマッピングするだけでなく、水処理と淡水化、つまり水から塩を除去する方法を変えることができる。世界の水資源の96%は塩水であるため、人間はフィルターや処理装置を工夫して、使えない水を安全な水に変えてきた。しかし、現在の淡水化技術が水危機への解決策であるとは考えにくい。
浄水にはかなりのコストがかかる。淡水化を速めようとすると、水をフィルターに押し込む、または加熱して液体と塩を分離するために多くの電力を必要とする。このようにトレードオフの関係にあるため、出力を上げて淡水化速度を上げると、一つの持続可能性の問題を解決できたとしても、別の地球規模の問題を引き起こすことになりかねない。
このジレンマを解決するために、研究者は性能のよい膜を作ろうとしているが、これは難しいことが証明されている。1つは、このトレードオフ関係の正確な力学は、最初に供給される水の塩分濃度と除去が必要な塩分の程度によって異なることにある。何と言っても、衛生を目的とするきれいな水と飲料水は大きく異なるのである。
ろ過効率は、水を通しながら汚染物質を遮断する膜の孔の大きさによっても異なる。しかし、膜の塩分除去能力は、ろ過システムを通過する水の速度と量に反比例するというもう一つのトレードオフが存在する。
このような背景から、研究者たちはAIモデルを考案して材料特性を分析し、効率性の高い膜を設計する最良の方法を特定してきた。AIはすでに科学者の化学空間(chemical space=我々がこれから出会うかもしれないすべての成分が広がる特性空間のこと)の探査に革命を起こしているが、その空間が持つ無限の深さのほんの一部しか発見されていないのだ。
しかし、エクサスケール・コンピューティングの登場により、このような大規模なモデリングが可能となり、材料探索が加速されるとともに、既存の膜材料の構造や配向が特性に与える影響を分析することができるようになった。次には膜のろ過能力を左右する特性について、より正確な知見を得ることができるようになるかもしれない。
たとえば、日本の科学者たちは、カーボンナノチューブ材料の特性を予測するために仮想実験を行った。カーボンナノチューブを使用すれば、透水性を高めるために非常に小さな孔を持つフィルターを作ることができる。科学者たちは、ネットワークの複数の層を使用して生データから情報を抽出することで人間の脳を模倣するAIの一種である深層学習フレームワークを使い、1時間で1,700を超える仮想シミュレーションを完了した。
エクサスケールを利用したAIは、さまざまなシナリオを高速でシミュレートする拡張機能をイノベーターに提供することもできる。膜のパラメータを正確に操作し、結果を正確に予測することができるため、これらのコンピューティングソリューションは、開発中によく見られる、時間と無駄の多い試行錯誤を行う必要をなくすことができる。
ナノサイズのフィルターなど極小の素材を使った実験は、かつては退屈な試練であったが、今ではスーパーコンピューターに任せれば、数分で解決できるようになった。
エキサイティングなことに、科学者だけがエクサスケールの壁を破るのではない。それどころか、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックの際に見られたように、エクサスケールは世界中の人々によって達成可能である。日本、シンガポール、フィリピンなどのアジア諸国の数千人を含めた100万人以上の市民科学者が、Folding@homeという共有プラットフォームに自分のコンピュータ資源の一部を提供した。彼らは一丸となって世界最大のスーパーコンピューターを作り上げ、COVID-19の原因となったSARS-CoV-2というウイルスのタンパク質のシミュレーションを行った。
これらのタンパク質ダイナミクスを利用して分子が取り得るあらゆる構造とその変化を捉えることができるので、それらの機能についてこれまでにない情報を得ることができる。しかし、このようなシミュレーションには膨大な計算資源が必要なため、Folding@homeでは、市民科学者のパソコンで実行できるように、タスクを小さなものにして分散させている。
研究者たちは、ミリ秒単位のシミュレーションデータからマップを作成し、次にSARS-CoV-2タンパク質のダイナミクスをより詳細に調べ、ヒト細胞内でのウイルス複製に関連する構造を明らかにし、新しい治療法のターゲットになりうるものを特定することができた。
気候モデルの実行であれ、フィルター素材のシミュレーションであれ、市民科学を活用したエクサスケールプロジェクトは、同じように波となって水危機に対処していくことだろう。この差し迫った問題にもっと多くの人々が関わり対処するようになれば、利用可能なデータソースは拡大し、多様化し、各個人の背景に合わせて高度にローカライズされたデータが出てくることであろう。エクサスケールコンピューティングは、大量のデータをふるいにかけ、より高い精度と速度で新しい知見を抽出できるので、アジア全体であまり研究されていない分野でも活用できる。
より多くのデータとそれを効率的に処理する技術的リソースがあれば、人口増加と気候パターンの変化に直面するアジアのコミュニティは、水処理、衛生システムの改善、病気や災害の防止に関連する新しいソリューションの波をもうすぐ目撃することができるかもしれない。
(2022年06月03日公開)