「eDNA」を増幅して活用...アジアで生物多様性保全への新技術に注目

AsianScientist - アジアでは、環境DNA技術を使用する保全研究者の数は増加している。しかし、保全の取り組みの質を高めるには、その技術を高める必要がある。

保全遺伝学者のジョナサン・フォン (Jonathan Fong) 教授は2016年秋のある朝、香港の郊外で、岩が多く斜面のある地元の公園を通り抜け、川にたどり着いた。フォン教授は絶滅危惧種のオオアタマガメを探していた。しかし、カメを見つける代わりに、バッグから滅菌済みのチューブを取り出し、小川に体を乗り出し、チューブに川の水を入れた。そしてそのチューブを封筒に詰め、嶺南大学にある自分の研究室に向かった。フォン教授はそこでカメのeDNAの存在を調べるために水を検査した。

すべての生物は、糞、粘液、配偶子、皮膚、髪の毛など、さまざまな形で自然環境にDNAを放出する。このようなDNAは、環境DNAあるいはeDNAと呼ばれる。フォン教授をはじめとする研究者は、遺伝子シーケンシングツールを使用してeDNAを増幅し、DNAが属する種を特定する。

西欧諸国の研究者は、1980年代にこの技術を使用して海底堆積物に見られる微生物の生物多様性を調べ始めた。近年、eDNAは動物の保全に広く使用されるようになっている。研究者たちは、生きている動物を探すのに何時間も費やすよりも、環境試料をサンプリングする方がはるかに簡単であると述べる。

フォン教授は、eDNAの分析についてAsian Scientist Magazine誌に「探偵の仕事のようなもの」とし、「eDNAは証拠の断片であり、不完全なものですが、大きな可能性を秘めています」と話した。しかし、テクノロジーが多用されるにつれ、その欠点と誤解釈の可能性も明らかになってきている。

可能性

以前はカメの野外調査を行っていたが、これはうんざりする仕事である。研究者たちは罠を持って数キロ歩く。次に、トラップをさまざまな場所に設定し、数日間監視する。それと比較して、eDNA技術の場合、研究者は資源とエネルギーを集中すべき場所を知っている、とフォン教授は語る。

フォン教授と同様に、インド野生生物研究所 (WII) の研究者も、eDNAを使用してガンジス川とブラマプトラ川のカワイルカを調べている。だが、ボートを借りると1日に2万インドルピー(約3万4000円)近くもかかる。

「3000キロメートルもある川を調査しようとしていると想像してみてください」と、WIIの保全生物学者であるビシュヌプリヤ・コリパカム (Vishnupriya Kolipakam) 氏は言う。コリパカム氏とそのチームはeDNAを使用することで、以前よりもイルカの追跡をうまく行えるようになった。

研究者たちはこの技術を使用して、多くの水生種と陸生種の個体数の評価も行っている。従来のサンプリング方法では、研究者たちは複数の場所で魚を捕獲するために漁網を使用する。eDNAを使用すると、研究者たちは十分なデータを収集した後、種がDNAを放出する頻度と外部要因がeDNAの分解に与える影響を考慮して、仮の個体数を計算する。

インドの研究者であり、現在、スイス連邦工科大学チューリッヒ校で環境システム科学の博士課程に所属するアニシュ・キルタン (Anish Kirtane) 氏は、「データを方程式に当てはめ、計算するという論理的分析を行うのです」とAsian Scientist Magazine誌に語った。

偽陽性

しかし、環境DNA技術はまだ完璧ではない。偽陽性結果と研究者による誤解釈が課題となっている。ある動物が実際には存在しない環境でその動物のDNAが検出された場合、その結果は偽陽性とされる。

フォン教授はオオアタマガメの追跡調査をするために、香港にある34の小川から水サンプルを収集した。彼のチームは新しいカメの個体の存在を確認したが、いくつかの偽陽性もあった。「カメのDNAを見つけて、戻って監視用のトラップを設置したところ、何も見つからなかった場所が、わずかではありますが、存在していました」とフォン教授。

「eDNA研究では、偽陽性が出ると費用が高くなることがあります」と、香港大学の保全生物学者であるインキン・ケンソー (Ying Kin Ken So) 氏は述べる。「これは、多くの保全管理の決定が結果の解釈に基づいて行われるためです」とも。

解釈が正しくなければ、存在しない絶滅危惧種を保護し、あるいは存在しない侵入種を取り除くための措置を実施することさえある。

場合によっては、さまざまな理由により、本当の結果でさえ誤って解釈されることがある。たとえば、川の流れの方向により、eDNAが特定の場所に集まることがあり、ある種が多く存在するという誤った考えが導かれる可能性がある。

動物の性質と行動も重要である。魚のような完全な水棲生物とカエルやカメのような半水棲生物のDNA放出率はまったく異なる。天候、季節、時間帯、ライフステージが異なれば、動物は多くのDNAを放出することがある。「したがって、研究者は、eDNAからの結果を解釈する前に、種の生態と行動をしっかりと理解する必要があります」とキルタン氏は解説する。

このような問題があるにもかかわらず、eDNA研究は保全管理と政策立案で使用されてきた。ある研究者グループは2011年、米国のミシガン湖で侵略的外来種であるアジアのコイ種のeDNAを検出した。これは、その種が実際に五大湖に侵入したかのか否かについての激しい議論につながった。

その後、保全活動家たちは、船舶用運河を閉鎖することによって五大湖(米国とカナダ国境付近に位置する)とミシシッピ川(北米大陸を流れる河川)流域を分離することを提案したが、運河運営会社からの反対があり、今でも運河利用者は閉鎖に反対している。現在、この地域の保護活動家たちは、五大湖でのアジアコイの存在を監視するために、eDNA技術を日常的に使用している。

改善

フォン教授によると、eDNAを改善するには「多くの試験を行い、傾向や一貫性について多くの調査結果を手に入れ信頼性を高める」ことが必要であるという。これは他の技術とまったく同じことである。何期にもわたり同じ動物のグループ間でデータを何度も厳密に試験し、比較することで、パターンを見つけ、確実なデータ解釈を可能にすることができる。

eDNA技術が多く使用されるようになれば、技術のコストは下がり、アジア中の多くの研究者たちが利用できるようになる。現在、遺伝子シーケンシングマシンは高価であり、種特異的アッセイ(測定)を行うには時間とお金がかかる。

「私たちが試薬を開発するには約6カ月かかり、試薬だけで5000ドル(約65万円)から10,000ドルの費用がかかることがあります」とフォン教授は述べる。

しかし、この分野は急速に進歩しており、「オンサイトDNA検出用ポータブルPCRマシンの作成に取り組んでいるグループもあれば、DNA抽出プロセスの簡素化に取り組んでいるグループもあります」と日本の京都大学の微生物生態学者である潮 雅之氏は明かす。潮氏の考えによると、近い将来、この技術は「一般の人々が水産や農地の微生物病原体を検出するために使用することさえできるかもしれません」。

現在はいくつもの課題があるにもかかわらず、ほとんどの研究者は、この技術が生物多様性評価の新しい最前線であると考えている。この技術がどのように進化し、10年程度で使用されるようになるかどうかは分からない。キルタン氏は「この技術の中心から物事が変化していくのを見るのはワクワクします」と話している。

(2022年06月22日公開)

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