【調査報告書】台湾の科学技術力:蔡英文政権のイノベーション政策と基礎研究動向

2022年07月22日  アジア・太平洋総合研究センター

科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターでは、調査報告書『台湾の科学技術力:蔡英文政権のイノベーション政策と基礎研究動向』を公開しました。以下よりダウンロードいただけますので、ご覧ください。
https://spap.jst.go.jp/investigation/report_2022.html

エグゼクティブ・サマリー

近年、台湾は経済発展と社会統治の面で良好な結果を収めており、世界の半導体サプライチェーンで重要な役割を果たすだけでなく、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する有効な公共衛生政策や社会におけるデジタル化の普及で、国際社会の注目を浴びている。2021年のIMD世界競争力ランキングにおいて、台湾は評価を受けた64カ国・地域中、8位にランクインし、過去最高を更新した。また科学インフラの方面に関しても良好な成果を挙げ、6位になった。この他、蔡英文政権が力を入れて投資している科学技術イノベーション(STI)政策は、半導体産業に依存している台湾の経済構造を変え、新興産業の発展を牽引していくことを目指している。

本調査は、主に台湾の科学技術イノベーション政策と研究開発動向を調査し、今後の日台における協力の方向性と方法の基礎とするものである。調査の内容は次のように大きく3つに分かれている。

  • 第1部:台湾の科学技術能力の全体の状況分析
  • 第2部:蔡英文政権の期間内に実行される科学技術イノベーション政策の状況と課題
  • 第3部:台湾の基礎研究の現状分析

―からなる。

上記の3つの内容をまとめることで、今後の日台基礎研究協力の最適な方向性を示すと共に、これらの分野で優れた業績を残している主要な研究機関と関連研究者をリストアップした。また日台共同研究経験がある台湾の研究者にインタビューすることで、現在の日台科学技術協力の展望と課題を検討し、日台科学技術協力の進め方についても言及した。

第1部では、科学技術イノベーション指標を用いて、台湾の研究開発投資、研究開発のアウトプットと科学技術の成果の状況をそれぞれ検討した。研究開発投資に関しては、台湾全体の研究開発経費が国内総生産(GDP)に占める割合は、2011年の2.91%から2020年には3.63%に上昇しており、研究開発経費も年平均成長率6.28%で増加した結果、2020年には7128億台湾ドル(約3兆650億円、1台湾ドル=4.3円と換算)に達した。研究開発経費の80%は電子製造業、情報通信サービス業の企業から提供されたものであった。また、多くの研究者もこれらの産業に集中している。他にも公共部門と高等教育部門の研究開発投資は、経費や人材に関わらず、多くが自然科学、工業/工学、健康/医療などの分野に集中している。

研究開発のアウトプットと科学技術の成果に関して、台湾は近年の科学技術イノベーションの国際ランキングで非常に優秀な成果を挙げており、主にイノベーション能力と科学、技術のインフラの面で優れている。論文に関しては、台湾の各科学技術分野の論文数は伸び続けており、特に臨床医学、工学、化学、材料科学、物理学、情報工学に集中している。特許に関しては、台湾の特許申請は電子工学、機械工学、計器、化学の4つの主要な科学分野に集中しており、これらは「電子機械・エネルギー設備」、「コンピューター技術」、「半導体」、「光学計器」といった産業の強みと関連している。また、産業関連技術の研究開発が優秀な成果を残したため、2017年以降の電子産業が主となっている技術貿易赤字も大幅に減少している。Clarivate Top 100 Global Innovators 2022の機関別イノベーション能力ランキングによると、台湾からは合わせて9つの機関がランクインしており、主に電子製造業と半導体産業の大型企業である。この数は日本とアメリカに続いて、ドイツと同じ第3位となっている。また、近年の台湾ではGogoro、KKday、17LIVE、Appierなどの「ビッグデータ」、「ソフトウェア技術」、「人工知能(AI)」分野に関するベンチャー企業が次々と誕生している。これらのことから、台湾で研究開発投資が多く、成果も良い産業は電子製造業や半導体産業であると推定できる。また近年の産学官の研究開発投資と政策による支援の下、台湾の経済構造は、少しずつ従来の「電子部品製造」から「情報通信サービス」へと変化してきている。

第2部では、蔡英文政権期間内に実施された主な科学技術イノベーション政策を整理しており、「科学技術発展計画」、「5+2産業イノベーション計画」、「6大核心戦略産業政策」などを含む、台湾の産業構造を「将来発展させる」または「社会の安定した発展にとって重要である」新たな重点産業の発展を牽引するような政策を取りまとめている。例えば「情報・デジタル産業」、「情報セキュリティ産業」、「医療健康産業」、「グリーン電力・再生エネルギー産業」、「防衛・戦略産業」、「民生・非常事態対応産業」が挙げられる。産業発展の方向性を確立させる以外に、台湾では科学技術発展計画に基づいて、科学技術イノベーション環境の構築を強化している。具体的には、(1)基礎研究の促進、基礎研究経費制度の確立、(2)産学の協力関係の強化と、学術界の技術の産業化の推進、(3)イノベーションを阻害する関連規制の緩和と、企業のイノベーションに必要な環境の整備、(4)台湾の重点産業の人材不足に対応した、産学協力計画を通じた人材育成の推進である。

しかし科学技術計画執行の過程には多くの課題がある。例えば科学技術イノベーション計画の成果の評価指標がきちんと設定されていないこと、各部門が行う科学技術計画の統合度が不十分であること、産学協力計画が産業に与える効果がそれほど高くないこと、計画に合理的な評価とフィードバックの仕組みが欠けていることーなどである。これに対して台湾当局は科学技術部の組織再編と昇格を通じて、部門および分野を超えた科学技術計画の統合性を強化し、対応する仕組みを継続して調節することで、これらの課題を徐々に解決していく見込みである。

第3部では、台湾の基礎研究政策について分析している。近年の台湾当局が産業技術の発展を重視していることに伴い、基礎研究経費は年々減少傾向にある。この中で、既に実行している基礎研究の関連計画に注目すると、補助方法が従来の個人研究者への補助から研究団体への補助に次第と変化している。また各計画への毎年の補助金額及び補助期限は増加しており、研究資源を優秀な若い研究者及びその団体に集中させることで、より多くの新世代の科学研究人材を育成している。さらに特定技術の基礎研究は、A世代の将来性のある半導体技術、次世代通信技術、量子技術などの「6大核心戦略産業政策」と関連のある重点分野である。このことは、台湾では「技術発展」段階に企業が資源を投入して研究成果を推進させるだけでなく、当局もまた「基礎/応用研究」への投資を通じて、学術界の研究開発力が現段階における産業バリューチェーンと結びつくようにし、今後の産業に必要な技術を事前に準備できるようにしていることを示している。

本調査では、最後に基礎研究論文の質および量的指標を用いて、各科学技術分野の基礎研究成果を分類した。その結果、台湾の基礎研究の成果が良好な分野は宇宙科学、材料科学、物理学、化学、臨床医学であり、これらの分野は研究品質が良いだけでなく、研究数も非常に多く、日台科学技術協力において優先的に重視すべき分野である。また、情報科学、工学、遺伝学、生物化学、神経行為学、免疫学、地球科学などの「研究成果が良好な産業」および「政府が重視している新興産業」と関連がある科学技術分野を明らかにした。これらの分野の基礎研究及び研究で生み出された成果は、現在も非常に高い研究開発成長ポテンシャルを有しており、今後さらなる協力関係の拡大に繋がる可能性がある。上述した分野の中で成績が優秀な主な研究機関は、台湾大学、陽明交通大学、清華大学(台湾)、成功大学、中央研究院であり、これらの学術研究機関で注目されている研究者を今後の協力対象候補としてリストアップした。協力促進の方法に関しては、日台協力経験がある研究者へのインタビューをすることで、科学技術共同研究において最も重要な課題は「研究資金の確保」および「双方の研究者間の信頼関係と技術の補完関係」であることが分かった。よって日台協力を拡大する科学技術分野は、関連する学術交流活動を強化し、研究者が共同研究を行えるような関連計画を策定し、計画推進過程において双方の研究開発力が互いに補完し利益を得るような状況を確保することで、協力を長期的に継続させることが出来る。

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