非代替性トークン (NFT) の販売がアジアで急増する中、組織、技術開発者、アーティスト、キュレーターたちは、包括的で責任と安全が保障されたサイバースペースを保ち続けようとしている。
過去 4 年間、シンガポールを拠点とするアーティストであるブレンダ・タン (Brenda Tan) 氏は、PiguBaoのブランド構築に時間を費やしてきた。pigBaoは、桃の形をしたイラストのキャラクターであり、長寿のシンボルである伝統的なお団子をモチーフにしている。
PiguBaoは、タン氏の作品の中で探求と自分探しの象徴となっている。このキャラクターは雑誌のイラストで取り上げられていたが、あまり目立つことはなかった。だが、ミニアクリル画や巨大な壁画で名声を博し、拡張現実フィルターとしてスマートフォンでも見られるようになり、Tシャツにスクリーン印刷されている。
現在、タン氏は非代替性トークン (NFT) というエキサイティングな新しい仕事を始めている。これには、まだそれ自体が完全に定義されていない新しいデジタル空間の開発が関係する。
NFT について理解するには、ブロックチェーンと暗号通貨の概念を理解することが重要である。ブロックチェーンは、データブロックのスレッドでの取引を追跡するデジタル台帳として機能する。各ブロックには、データ、一意の識別子、およびその前のブロックの識別子という 3 つの重要な情報が含まれている。ある1つのブロックが改ざんされると、識別子が変更され、以後のすべてのブロックは無効になる。
しかし、ブロックの改ざんは非常に難しいことで知られている。銀行その他の記録管理機関とは異なり、ブロックチェーンは 1 つの施設に依存することはない。世界中のコンピュータ・ネットワーク全体に各ブロックのコピーがあるため、誰でも関わることができる。新しいブロックが記録されると、ネットワーク上の各コンピュータは一連の計算を開始して、そのブロックをチェーンに追加し、改ざんされていないことを確認する。簡単に言えば、ブロックチェーンは、それぞれが一意であり、世界中の監査人によって厳格にチェックされるリストのようなものである。
一方、暗号通貨は、ブロックチェーンに記録される分散型デジタル通貨である。暗号通貨は、従来の通貨で売買することができるし、バーチャルでも物理的にも購入できる。
仮想通貨で購入できる仮想アイテムの 1 つに NFT がある。NFTは、デジタルアートワークなどの独自の作品の所有権を表すものであり、もともとは、承認なしで「シェア」できる時代の中でアーティストがよい報酬を得て作品を管理できることを目的として作成された。
誰かが NFT を売りに出すと、スマート・コントラクトに保存され、関連するブロックチェーンに追加されたコードがスマートフォンやコンピューターによって実行される。従来の美術品同様、NFTが販売された場合でも、著作権と複製権は元の所有者に残る。
「コンテンツ・クリエイターは、コミュニティと直接交流することもできます」と、シンガポールを拠点とする現代デジタル誌、Rice Media誌のプラットフォーム開発者兼最高技術責任者であるリー・ウェン・ジエ (Lee Wen Jie) 氏は説明する。この分野に不慣れなタン氏のようなアーティスト、特に技術や投資の経験があまりないアーティストにとって、NFT は難しいもののように見える。2021 年のNFT市場の世界売上高は約 410 億米ドルと報告されているが、業界は依然として複雑であり、規制はほとんど存在しない。アジアにはかなりの数のコレクターがおり、アジア地域の組織、クリエイター、キュレーター、政府は、この分野をすべての人にとって包括的かつ責任ある空間にしようと試みている。
当初、タン氏はNFT の販売方法についてよく分かっていなかったため、TZ APAC が運営するワークショップに参加した。TZ APACはブロックチェーン採用組織であり、アジアの Tezos 暗号通貨コミュニティを支援している。よく知られているEthereum ブロックチェーンとは異なり、Tezos ブロックチェーンおよびそれに関連する市場はアーティストやアート・コレクターを対象としている。
タン氏はワークショップでNFT の作成、譲渡、著作権、価格設定の詳細を学んだ。彼女はまた、最初のNFT(もちろん、PiguBaoのイラスト)を鋳造するために、TezosのコインであるTezを少額受け取った。
ますます多くのアーティストがこの分野に参入するにつれて、アジアの NFT 環境は TZ APAC などの組織に支えられ、成長を続けている。TZ APAC のマネージング・ディレクターであるキャサリン・ング (Katherine Ng) 氏は、「主要顧客層からの関心が高まっているのは実に励みになっていますが、人々が知識を持ち責任を持ってこの分野に参加するには教育が不可欠です」と述べる。
TZ APAC はワークショップのみならず、アジア各地に所在するアート団体と協力して、アートフェアや展示会で教育を行い、アウトリーチを行っている。特に、デジタルアーティスト向けのハイブリッド・アートフェアである Art Moments Jakarta や、フィリピンの現代アートの権威あるプラットフォームである Art Fair Philippines と協力してきたことは注目に値する。見過ごされたアーティストがないようにするために、組織はTezos Indiaと協力してEcosystem Growth Grantsと呼ばれる助成金プログラムも設立し、NFTに着手する資金を持たないであろうクリエイターたちに資金を提供した。
「私たちの活動には2つの利点があります」とング氏は述べる。「この地域のアーティストに、アート界で伝統的に有名なプラットフォームで作品を展示する機会を与えます。それと共に、アーティスト、コレクター、キュレーターに対し、NFT とは何か、美術愛好層として何ができるかについて教育します」
ブロックチェーンには所有権に関する厳重なセキュリティがあるが、アーティストもコレクターも落とし穴を回避しなければならない。そのため、金銭的負担がかかるかもしれない。さらに、香港やベトナムなどアジアの一部では、政府が暗号通貨の規制を始めたが、ほとんどのアジア諸国では NFT に特化した規制はほとんどないか、まったく存在しない。
「NFTの台頭とともに、メディアに関する人々の消費はさらに広がり、暗号化され、デジタル化されるでしょう」と中国・清華大学のメタバース文化研究所の管理委員会ディレクターであるフー・ユー (Hu Yu) 教授は説明する。「それと同時に、著作権紛争、無計画な投資、詐欺のリスクが増えるでしょう」
NFT ユーザーが匿名性を持ち、規制機関が存在しなければ、アーティストにとって著作権侵害や盗作につながる可能性がある。インドネシアのイラストレーター、アルディラ・プートラ (Ardhira Putra) 氏の例を考えてみたい。彼は90年代風の色とりどりのレンジャー隊員のイラストを描いている。だが、ある投稿(ツイート)は彼の作品そっくりのアート作品を扱っており、タグ付けされていた。
ツイートのアート作品は、人々がSNSのプロフィール用に好みの色のレンジャーを購入できるプロフィール画像プロジェクトの一部であるようだった。それはプートラ氏独特のアートスタイルであったが、彼の知らないうちに作成されていた。「アカウントにはそのプロジェクトに関する情報がなかったので、少し奇妙でした。そのアカウントのフォロワー数は非常に少なく、投稿されたツイートは3つ程度だけでした」とプートラ氏は述べた。「ツイートの 1 つは私の作品をコピーしたアート作品で、多くの反応があった唯一のツイートでした。非常に多くのリツイートや引用ツイートがありました」
プートラ氏が活動しているシンガポールでは、著作権法はデジタル作品とNFTにまで及ぶ。ただし、盗作者の身元、またはギャラリーもしくは管理団体の連絡先が分からなければ、アーティストが行動を起こすのは難しい場合がある。ツイートに関する報告をした後、プートラ氏は団結力の強いNFT コミュニティに頼ることにした。何人かの友人の助けを借りて、彼は多くのユーザーに情報を広め、プロジェクトの人気と成功を妨げることに成功した。その後、アカウントは削除された。
購入者を標的とする詐欺に関しても、NFTコミュニティは重要な役割を果たす。ユーザーは通常、SNSを通じて不審なプロジェクトについて注意を喚起し、他の人に警告を発する。人々が一般的に持つ懸念の一つは、ラグプルと呼ばれるものである。ラグプルとは、詐欺師がプロジェクトを宣伝し、投資を集めるが、プロジェクトを完全に放棄して逃亡することである。後には途方に暮れた人々が残される。
フー教授とそのチームが作成したメタバースと公共ガバナンスの関係を分析したレポートは、政府が介入すればデジタル・コミュニティを保護できると強調している。しかしながら、この世界の価値を維持するためには、各取引のリスクは個々の投資家が負うべきだと考えるトレーダーもいる。
「規制がなければ、プロジェクトは投げ出され、投資家は詐欺に遭い、お金を失う可能性は高くなります」と、暗号通貨団体であり、シンガポール初の対面NFTギャラリーである Web3SG の創設者ジミー・ゴー (Jimmy Goh) 氏は述べる。しかし、「十分な関心を惹かなければ、最高のプロジェクトであってもおじゃんになるかもしれません。いずれにせよ、お金を失うことになります。そこは無法地帯であり、利益を得たいならば、いつでもすべてを失う可能性があることを受け入れなければなりません」
NFTが成長するにつれて、それを取り巻くコミュニティを安全で責任あるものにする取り組みも行われている。アジアでは最近、トレーニングを実施し、デジタルソリューションを開発し、政府と協力してブロックチェーンユーザーの利益を保護するために、シンガポール暗号通貨事業・スタートアップ企業連盟 (ACCESS) やベトナム・ブロックチェーン協会などの組織が設立された。
PiguBaoの性別は決して明らかにされていないが、タン氏は女性が過小評価されている領域に足を踏み入れようとしている。ArtTacticという調査機関が2021年に発表した報告によると、全世界のNFTアートの販売の中で女性アーティストが占める割合はわずか5%である(性別不明の取引である16%を除く)。
「それは男子クラブのようなものかもしれません」とタン氏は話す。しかし、「女性主導のプロジェクトやグループなどもあります。それらは希望です」そのような取り組みの 1 つは、Bamboo Sceneという香港のギャラリーが企画したバーチャルNFTアート展の始まりである。このアート展は5 人の女性アーティストの作品を扱っている。
Bamboo Scenesの設立者兼CEOであり、展覧会「女の世界」のキュレーターであるマデロン・デ・グレイブ (Madelon de Grave) 氏は「私たちは行動を起こし、女性アーティストがこの分野で行っていることに光を当て、この分野への参入に二の足を踏んでいるかもしれない他の女性へのお手本としようと考えました」
個人のコレクターも、この分野の多様性を支援している。パヤル・シャー (Payal Shah) 氏は香港を拠点とするデザイナー兼NFT クリエイター兼コレクターである。彼女が最初にコレクションを始めたとき、彼女は業界の女性グループを集めて毎週電話をかけ、アイデアを互いにぶつけ合った。この心地よい環境を基盤とし、彼女は主に女性主導のプロジェクトと女性アーティストに投資を始めた。
女性を支援する人々と-それが仲介者であれ、起業家であれ、アーティストであれ-開始したかったのです」とシャー氏は語る。
タン氏は最近の個展で、ギャラリーと協力して 10 点の作品を発表した。タン氏はメタバースへの最初の進出で、NFTの価値と物理的な作品の価値を比べてみた。タン氏の作品は印刷された美術品または NFT として入手できたため、社会的実験として十分役に立つものだった。買い手は、2 つの形式のいずれかを選択して作品を購入することが可能であり、購入されなかったものは破棄される。コレクターが、どちらが重要であるのかを決定するのである。
タン氏は展示会での経験について複雑な気持ちを抱いている。「NFTは足がかりのように感じます。流行が永遠に続くとは思いませんし、NFTアートは永遠に家に飾るものになることはありません」と彼女は言った。「しかし、メタバースは大きなものになると思います。購入者はメタバースの家にNFTアートを飾るかもしれません」
NFT がアジアで急増する中、関係者は、安全で包括的な取引を確保できる独自の方法を常に考案している。「メタバースを取り巻く不確実性と、他者とつながりたいという願望があるため、この仮想世界を理解し、受け入れる努力がさらに必要となります」とフー教授は述べる。「デジタルトランスフォーメーションの次の波を拒絶しても、社会は前進しません。代わりに、テクノロジーを合理的かつ公正に使用する方法を検討する必要があります」
(2022年12月23日公開)