アジア・太平洋からも参加―パスツール・ネットワークの取り組み(上)

2023年01月10日

樋口義広(ひぐち・よしひろ):
科学技術振興機構(JST)参事役(国際戦略担当)

1987年外務省入省、フランス国立行政学院(ENA)留学。本省にてOECD、国連、APEC、大洋州、EU等を担当、アフリカ第一課長、貿易審査課長(経済産業省)。海外ではOECD代表部、エジプト大使館、ユネスコ本部事務局、カンボジア大使館、フランス大使館(次席公使)に在勤。2020年1月から駐マダガスカル特命全権大使(コモロ連合兼轄)。2022年10月から現職

個人的な話で恐縮ながら、筆者がこれまで仕事の関係で数年ずつ何度か滞在したことがあるフランスのパリでは、知人等に対して自分がどこら辺に住んでいるか示す場合に、住所(通りの名前)のほかに、最寄りのメトロ(地下鉄)駅名を使う場面が少なくない。直近の滞在時(2015-2019年)にメトロ6号線(全線の半分弱が道路の中央に設けられた高架線(「地下鉄」ではない!))の「パスツール駅」の2つ隣の駅前アパートに住んでいた筆者にとって、「パスツール」という名前は、歴史的人物の名前である以上に「ご近所」というイメージが強い。

低温殺菌技術の発明をはじめ、微生物学の基礎を築くとともに、狂犬病の予防方法を確立したルイ・パスツールが世界各国からの寄付により1888年に開設したパスツール研究所(Institut Pasteur, ネットワーク内の他機関と区別するため、以下「パリIP」と表記)は、パスツール駅から徒歩5分ほどのパリ15区にある。パスツールが所長を務めていた当時の施設は、現在の研究所に隣接する場所に「パスツール博物館」として残されている。ルイ・パスツール生誕200周年に当たる昨年(2022年)には様々な記念行事が行われた。

設立以来、パリIPは1世紀以上にわたって、民間研究機関(公益財団法人)として、創設者の遺志を受け継ぐ形で、研究・教育・公衆衛生・革新という4つの大きなミッションに基づいて人類の健康に貢献する活動を行ってきた。ペスト菌の同定、エイズウイルスの発見など、多くの輝かしい実績を上げ、これまでに10人のノーベル賞受賞者を輩出してきた。

パリIPには微生物、発生・幹細胞生物学、細胞生物学・感染症などに関する研究部門のほか、医学者の教育・養成施設や臨床治療のための病院がある。年間予算規模は、約360百万ユーロ(約5百億円)で、うち研究予算には約200百万ユーロが当てられている(2020年)。

マスクをして作業するベトナム人(イメージ写真)

フランスの生物学・医学の老舗研究所というイメージが強いこのIPが、世界各地域(欧州、アフリカ、アジア大洋州、南北アメリカ)の研究・医療機関との間でグローバルな協力ネットワークを築いていることは一般的にあまり知られていない。25カ国の33機関によって構成される「パスツール・ネットワーク(PN)」である。PNにはアジア・太平洋の10メンバーも参加している 1

パスツール・ネットワーク(PN)

PNは感染症全般についての研究・治療等を主要分野として活動しているが、新型コロナについても、初感染が確認された直後からネットワークを通じた様々な活動が展開された。PNの活動は、グローバル・パンデミックへの対応において国際的な協力ネットワークが迅速に起動し、地域・国レベルで具体的な成果をもたらした事例として興味深い。本稿では、PNを通じた新型コロナ対応を中心に、その仕組み、活動、意義等を概観してみたい 2

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