【AsianScientist】アジアの高性能コンピューティング(HPC)のスコアカード

アジア太平洋地域のスーパーコンピューティング分野は世界的パンデミックから立ち直り、活力とダイナミズムに満ちている。気候モデリングからプレシジョン・メディシン(精密医療)まで、人類の知識の最前線で常に挑戦を続けている。この進撃は、しばらくは勢いを失うことはないであろう。

2020年の春は壊滅的なパンデミックの真っ只中であったが、その頃、国内最大の研究機関である理化学研究所と富士通のチームの揺るぎない活動により命を吹き込まれたのが、日本のスーパーコンピューター「富岳」であった。

富士山にちなんで命名された富岳は、そびえ立つ能力を持つスーパーコンピューターという日本の大望を象徴する。事実、発表後まもなくしてこのデータ処理マシンはTOP500リストの頂点にまで上りつめ、アジアは当時世界最速のスーパーコンピューターの本拠地となった。

理化学研究所計算科学研究センター長の松岡聡氏はSupercomputing Asia誌のインタビューで、「富岳は決してスーパーコンピューターのランキング入りを狙ってはいませんでした」と話した。「私たちの目標はどちらかというと、アプリケーションの成果を示し、社会的に重要かつ困難な目標や問題に対して、迅速に対応することを目指していました」

まだ全盛期

富岳はその後、世界最速のスーパーコンピューターの地位を米国のオークリッジ国立研究所の「フロンティア」に譲ったが、富岳が2年連続で王座を保持してきたことは注目に値する。感動的な業績であり、レガシーとして残ることに疑いはない。

特に富岳は、日本の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との戦いで希望の光となった。このスーパーコンピューターは予定よりほぼ1年早く利用可能となり、大量の計算を必要とする一連の研究を加速させ、COVID-19 の猛威を抑えた。推奨される仕切りの高さの推定からウイルスの拡散防止まで、飛沫分散のモデリングからマスクの効果の評価まで、さらにはそれ以上のことまで、富岳は、パンデミックの初期段階で政策対応のために情報を提供し、国の感染率を抑えるにあたり一役買った。

世界がエンデミックに向かう中でも、富岳は科学・産業ベンチャーの数々の偉業を積極的に進め続けている。研究者たちは強力な計算能力と高度なアルゴリズムを組み合わせ、混沌とした宇宙の中で生命に不可欠な構成要素である炭素12の起源を明らかにし、高精度の航空機シミュレーションの実行時間を数時間からわずか数分に短縮し、さらに他の多くの功績を挙げている。

日本が富岳の業績を基にして後継機種を育て上げようとする一方、アジアの他の国々も、高性能コンピューティング (HPC) の開発の中心地として期待を持たれている。量子化学における分子構造のモデリング、de novo ゲノムの構築、気候の評価、宇宙の深部の探査など、HPC は研究分野や産業界全体で事業や研究のワークフローを加速させている。

ヘルスケアを進化させるHPC

X 線を読み取る人工知能 (AI) アルゴリズムから手頃なゲノム配列決定に基づくカスタマイズされた治療、ビッグデータ分析によって推進される全国民規模の健康介入まで、HPC は医療技術およびヘルスケア環境の進化と革命において、極めて重要な役割を果たしてきた。

シンガポールヘルスサービス (SingHealth) のグループ医療情報(研究)副担当者であるイェオ・クン・ケオン (Yeo Khung Keong) 准教授は、Supercomputing Asia誌とのインタビューで「現在、医療・衛生従事者はますます容易にとてつもない量の情報と資源を持つデータへとアクセス可能になってきています」と語る。「膨大な量の情報は、世界中で医師個人が習得できる能力を超えています。スーパーコンピューターなどのテクノロジーは、情報の処理や解釈において重要な役割を果たし、医学を進歩させる有意義な情報を引き出すことでしょう」

このような考えは、2022年 3月に開催された年次Supercomputing Asia会議でも見られた。この国際会議は 対面式のイベントとオンラインのイベントを組み合わせたハイブリッド形式で開催され、無数の分野で高度なスーパーコンピューティング・リソースの普及が進んでいることに焦点が当てられた。

この会議で多くの正式な協定が合意されたが、シンガポールを拠点とする新しい官民パートナーシップは、複雑な医療問題を解決するためにスーパーコンピューターの力を活用することを目指すものである。このパートナーシップはシンガポール国立スーパーコンピューティングセンター (NSCC)、シンガポール最大の医療機関グループであるSingHealth、および米国を拠点とするチップメーカーの Nvidia Corporationの3者を結び付け、シンガポール総合病院に収容する新しいスーパーコンピューターを開発し展開することを目的としている。

Nvidia はこのプロジェクトの中で独自のソフトウェア開発ツールと事前トレーニング済みの AI モデルを提供し、コンピュータエンジンに命を吹き込む。さらに、アクセスがあればプロジェクトのレーダーが捕えることができるが、NSCCのスーパーコンピューティング・デジタル・サンドボックス環境は、HPCの専門用語がわからない研究者でもシステムを活用できるよう配慮されている。

イェオ准教授は「スーパーコンピューティング・インフラにAI とディープラーニング機能を備えれば今までにないほどのサポートを提供できるので、SingHealthの臨床医と研究者は蔓延している慢性疾患を深く理解し、診断と治療に関する知識を得ることができます」と話す。

医学分野に万能の治療法はまず存在しない。2人の患者が同じ疾患を持っているとしても、同じ治療に対する反応は非常に異なる場合がある。ここで、プレシジョン・メディシン(精密医療)の出番となる。精密医療は個人のゲノム要因、表現型要因、ライフスタイル要因に基づいて患者を治療する。この点について、SingHealth はHPC を使用してヒトゲノムの可能性をさらに利用することを考えている。HPC のAI アルゴリズムを使用すると、医療科学者はネオアンチゲン(各患者固有の変異がん細胞に形成されるタンパク質の1種)をうまく特定できる。この特定により、患者への副作用を最小限に抑えながら、がん細胞を直接破壊することができる個別化がん治療の開発を加速させることが可能になる。

新興のスーパーコンピューティング大国

シンガポールの北にあるタイはHPC のルーツである。その起源は 1990年代初頭に最初のCrayスーパーコンピューターの設置までさかのぼる。微笑みの国として有名なタイはその基礎から成長し、確かにそれ以上のものを提供している。スーパーコンピューティングネットワークを拡大し、学術、政府、産業界の進歩を促す新しい課題に挑戦するという野心的な計画を持つ。

タイの HPC の目標を実現させようと大きな割を果たしているのは、タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)である。同庁はNvidia および ヒューレット・パッカード・エンタープライズ (HPE) と協力して、タイスーパーコンピュータセンター (ThaiSC) に新しいシステムを構築した。この種のものとして東南アジアで最大と謳われている新しい「LANTA」スーパーコンピューターは、HPE Cray EXで構成され、なんと704ユニットものNvidia A100 Tensorコア画像処理装置 (GPU) を搭載している。この数は、シンガポール最新のASPIRE 2Aスーパーコンピューター(東南アジア地域で最速のコンピューターの一つである)の2倍である。

Nvidia の ASEAN およびオーストラリア・ニュージーランド地域企業担当シニアディレクターであるデニス・アン (Dennis Ang) 氏は、Supercomputing Asia誌とのインタビューで、「このシステムは大きなワークロードを支えるエンドツーエンドの拡張型HPCプラットフォームとして作られています」と述べた。

タイの高等教育・科学・研究・イノベーション大臣であるアネーク・ラオタンマタット (Anek Laothamatas) 博士によると、新しいスーパーコンピューターは国家の災害予測で特に重要である。膨大な量の気候データを分析できるため、研究者は、従来の設定で行っていたものよりも正確に気象システムをモデル化し、予測できる。

現在、適応方策が気候変動復元力の一部であることから、このような研究は、農業から建築まで、気候の悪影響に直面した業界に万能の方策を与え、強化することができるかもしれない。たとえば、降雨量がほとんどない、またはまったくないという予報が出たならば、農業従事者は干ばつに強い作物を植えればよい。破壊的な嵐が予想されるならば、都市計画担当者は建築基準法を調整して建築の安全性を高めることができる。

「LANTA は全国規模で HPC サービスを提供します」とThaiSCの所長であるピヤウト・スリカイクル (Piyawut Srichaikul) 博士はSupercomputing Asia誌に語った。「これにより、当センターの科学者たちはコンピューティング・リソースの現在の制約から解放され、競争の激しい多くの研究分野でも、最前線で研究を続けることができるようになります」

共に未来を作る

パンデミックの困難を乗り越え、インドは 2年連続で世界で最も成長率の高い主要経済国になろうとしている。HPC の最前線において、インドは今までスーパーコンピューティングの優位性を獲得するのに苦労してきたが、それが変わろうとしている。2015年、組み立て、製造、設計の3段階をすべて国内で行い、インドをHPC 分野のトップランナーに飛躍させることを目的とする国家スーパーコンピューティング・ミッションが発表された。このミッションはインドのスーパーコンピューティング能力を 45ペタフロップスにまで高めようとしている。

これまでに 10台のスーパーコンピューターが設置されたが、さらに 9台がインドの主要な研究所で稼働可能となる。これは、国内にある数百の研究所と、国のスーパーコンピューティング・システムの柱である National Knowledge Network を通じて熱心に活動している数千の研究者にとって大きな恵みとなる。

強化のための改造

新たな部品を作り直す代わりに、作戦の向上と最新化により、HPC環境を刷新し、再活性化できる場合がある。オーストラリアが「2021 年国家研究基盤ロードマップ」に示した概要は、政府の戦略としてデータを最大限に活用するのに必要なコンピューティング・リソース、デジタルツール、データガバナンスフレームワーク、専門知識を提供することだった。これには、柔軟性と統合性が高く、国と民間の両方のHPCリソースに研究者がアクセス可能なコンピューティング環境の確立が含まれる。

元オーストラリア科学技術大臣のメリッサ・プライス (Melissa Price) 氏は、「ロードマップの目的は、産業界と研究者が効果的に関わり合い、研究の商業化を促進することです」と述べた。

一方、ニュージーランド eScience Infrastructure (NeSI) のMahuika HPCクラスターはアップグレードされている。2018 年にオンラインになって以来、Mahuika のユーザーは毎年50%増加し、科学者は地震時挙動のシミュレーションから生物多様性の管理に至るまで、独自の研究に取り組み、先住民族やその組織と協力して ニュージーランド人の幸福を推し進めることができるようになった。

ニュージーランドのオークランド大学、オタゴ大学、Manaaki Whenua--Landcare Researchはパートナーシップを結び、HPCシステムの性能を2倍とし、計算能力を向上するために210万ニュージーランドドルを投資した。この投資により、ニュージーランドの国立計算プラットフォームは応答性と高性能を保ち続け、生化学、物理学、バイオインフォマティクスなど、データ中心かつデータ集約的な研究の増加に対応できると思われる。

NeSI所長のニック・ジョーンズ (Nick Jones) 氏はSupercomputing Asia誌とのインタビューで、「国のデジタル能力を進歩させ、成長させようというやる気が国中にあふれています」と語った。「たとえば、ゲノミクスとバイオインフォマティクスの分野では、研究者に研修とスキルアップの機会を提供し、拡大することに力を注いでいます」

困難がないわけではない

差し迫った気候危機への緊急の対応、新しい医療イノベーションの創出、デジタル化された社会の造成など、HPC は多くの分野において、かつてないグローバルな変革を進める上で、確固たる中心的な役割を果たす。

「アジアのスーパーコンピューティングは、世界の HPCの背景とともに進化してきました」とアン氏は述べる。「コラボレーションは重要な成功要因です。技術提供者は地元の専門家や機関と協力して最新のイノベーションを確保し、先駆的な研究を促進します」

とはいえ、この地域で HPC の最前線を前進させることは、同程度に困難であり、時には矛盾する一連の問題が生じるため、国境を越えた協力と提携が必要となってくる。「絶え間ないデータの爆発的な増加や複雑なシミュレーションの必要性から、近い将来、さらに高い計算能力が求められるでしょう」とイェオ准教授は付け加えた。「これは、エネルギー消費の増加に伴い、HPCの二酸化炭素(CO2)排出量が増加することを意味します。これは、現在の地球の気候状態で克服しなければならない障害です」

「私たちは一つの地域として気候変動や環境に関する共通の課題を認識しています。私たちは海を通じて深く結びついてつながっているのです」とジョーンズ氏は語る。「そこでは共通の希望をもつ、さらに大きなつながりがあるかもしれません。探求してみれば、つながりを現実のものにすることができるでしょうし、他の国々がどのようにこの空間にアプローチしているのか、知りたいと思います」

(2023年01月13日公開)