【AsianScientist】ストレスによる顎関節機能障害が増加―医学界で認識不足も

ストレス関連の顎関節機能障害(TMJ)が増加しているが、医学界ではその状況がほとんど認識されていないようである。

インド・ムンバイに住む38歳のナムラタ(Namrata)さんは2018年初頭のある朝、顎(あご)と耳の周りが腫れていることに気づいた。最初は軽い痛みだった。しかし、すぐに痛みがひどくなり、話すことも、噛むことも、口を開くこともほとんどできなくなった。痛みは頭蓋骨にまで達し、動くこともほとんどできなかった。ナムラタさんが服用した鎮痛剤は効かなかった。

ナムラタさんはすぐに歯科医院へ。歯科医が彼女の耳の近く、彼女の顎が頭蓋骨に接する部分を押すと、彼女は痛みで悲鳴を上げた。その後、歯科医はナムラタさんに、顎骨と頭蓋骨をつなぐ顎関節の機能不全である顎関節症(TMD:temporomandibular disorder)であることを告げた。この関節は、下顎と側頭の2つの骨で構成されており、その間に関節の動きを円滑に保ち、衝撃を吸収する関節円板がある。

重度の痛みに加えて、TMDの人は、口を開けたり噛んだりするときに、ポンという音がしたり、きしむような感覚を感じたりすることもある。ナムラタさんは痛みで眠れず、何日も泣きながら夜を過ごした。彼女の耳たぶはとても腫れていたので、イヤリングはつけられず、何カ月もの間、スープとすりつぶしたフルーツとポテトの食事で過ごしていた。

インド・ジャランダルを拠点とする歯周治療専門医(periodontist)のグルプリート・サイニ(Gurpreet Saini)氏は、顎関節症の主な原因の1つは歯ぎしりをする癖であり、それにより関節が後方に移動し、痛みが生じると説明する。TMJは、変形性関節症、ケガ、そして心的外傷によっても引き起こされる可能性がある。人はストレスを感じると、歯ぎしりと言われるあごを食いしばってギシギシと擦る傾向がある。

ナムラタさんの原因は心的外傷(emotional trauma)であった。「機能不全の家庭に生まれ、児童への性的虐待を経験してきた私にとって、心の傷は抱えて生きていかなければならないものであった」とナムラタさん。特にストレスの多い日は、ナムラタさんは意識的に歯を食いしばらないようにしなければならない。

いくつかの研究で、ストレス、心理社会的障害、過去のトラウマがTMDにつながる要因の1つであることが示されている。タイのワライラック大学国際歯科大学による研究では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とその後の自己隔離、ソーシャルディスタンス、外出自粛が人々のメンタルヘルスの問題につながっていることが分かった。研究ではこれらの問題がTMDと相関している可能性があると結論付けられている。

イスラエルとポーランドの人々を対象に実施された別の研究では、パンデミックがこれらの国の人々の心理的・感情的状態に悪影響を及ぼし、歯ぎしりと顎関節症の症状が悪化したことが分かった。

シンガポール国立大学(NUS)とシンガポールの南洋理工学院(NYP)保健社会科学部との共同研究により、TMDの症状は、精神的に苦しんでいる可能性のある東南アジアの若者によく見られることが判明した。この研究で調査した400人の若者の内より高レベルのストレスを報告した人は、重度のTMDを経験していた。

サイニ氏は、このように関連性があるものの、一部のアジア諸国の医学界ではTMDについての認識が不十分であるように思われ、診断の遅れや不正確な診断につながっていると話す。

サイニ氏によると、TMJの痛みを緩和するために、最初は保存療法が用いられる。サイニ氏は「患者が過度のストレスにさらされている場合は、抗ストレス薬、筋弛緩薬又はナイトガード(歯ぎしりを防ぐために睡眠中に装着する歯科用器具)を処方して、ストレスを軽減することができる」と述べている。サイニ氏は、一部の患者にセラピーも勧めている。

デリーを拠点とする修復歯科医(restorative dentist)のカマラ・カクマヌ(Kamala Kakumanu)氏は、運動などの激しい労働をしている間はぴったり合うように特別に作ったナイトガードやスプリントを装着し、歯ぎしりをしている場合は、できるだけ長くガードを装着するよう患者にアドバイスしている。非常にまれではあるが、手術が必要な場合もある。

TMDの症例が増加しているため、TMD 治療薬の市場も拡大している。2020年のTMDの治療に使用された医薬品の世界市場価格は2億2,700万米ドルで、2027年までに3億300万米ドルに達すると予測されている。

ナムラタさんは2016年から顎関節にわずかな痛みを感じ始めていた。しかし、その際に彼女が地元の病院を受診したところ、医師はそれを無視し、心配する必要はないと話した。彼女は幸運なことに、その後で適切な医師を見つけることができた。彼女の状態は現在かなり良くなり、不安も軽減することができている。

彼女は時々「もっと早く診断されていたら、こんなに苦しんでいただろうか?」と思うことがある。

(2023年01月27日公開)

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