オープンサイエンス、AI倫理からSTEM教育まで幅広く―①ユネスコによる科学分野での取り組み

2023年2月20日

樋口義広(ひぐち・よしひろ):
科学技術振興機構(JST)参事役(国際戦略担当)

1987年外務省入省、フランス国立行政学院(ENA)留学。本省にてOECD、国連、APEC、大洋州、EU等を担当、アフリカ第一課長、貿易審査課長(経済産業省)。海外ではOECD代表部、エジプト大使館、ユネスコ本部事務局、カンボジア大使館、フランス大使館(次席公使)に在勤。2020年1月から駐マダガスカル特命全権大使(コモロ連合兼轄)。2022年10月から現職

これまで2回に亘って、グローバルな枠組み(G20、パスツールネットワーク)における科学技術分野での国際協力の現状とアジア太平洋地域での展開を見てきた。今回は、文字通りグローバルな国際機関の1つであるユネスコ(UNESCO、国際連合教育科学文化機関)による科学分野での取り組みと活動を概観したい。(4回連載)

ユネスコ:日本が戦後初めて加盟した国際機関

ユネスコは1946年11月に創設された国連専門機関の1つで、日本が国連への加盟(1956年)に先立って、戦後に最初に加盟した(1951年7月)国際機関でもある。

ユネスコ本部(パリ)

ユネスコというと、日本では「世界遺産」をはじめとする文化分野での活動のイメージが強いのではないかと思うが、その名称に端的に表れているとおり、教育と文化と並んで、科学が創立当初からこの機関の主要分野の1つであることについてはもっと広く知られてよいだろう。ユネスコは、国連システムにおいて唯一、「科学」に関する直接的な権能を持つ機関である。

パリのユネスコ事務局は、教育、文化、自然科学、社会・人文科学、情報・コミュニケーションの5局体制を取っている。自然科学だけでなく、社会・人文科学にも対応しており、社会・人文科学局は科学や技術に関連する倫理や生命倫理、人種差別問題、スポーツやアンチドーピング等を扱っている。表現・報道の自由、社会のデジタル化に伴う諸課題、記憶遺産等を取り扱う情報・コミュニケーション局も設けられている。益々複雑化するグローバル世界の諸課題への取り組みにおいて、学際性(interdisciplinarity)はキーワードの一つだが、ユネスコでも複数の局が互いに協力して横断的な形で実施される活動が少なくない。

現在加盟国は193カ国 1。パリ本部の他、世界の50カ所以上に地域事務所がある。筆者は、2003-06年に外務省からユネスコ事務局の文化局に出向し、無形遺産保護条約(2003年採択)の作成等に取り組んだことがある 2

©UNESCO

ユネスコの科学分野での活動(概要)

ユネスコの活動は、7年毎の「中期戦略」の下、2年毎の総会で採択される予算に基づいて実施される。予算や事業計画の採択を含む最高意思決定機関である全加盟国による総会が2年に1回開催される一方、実際の業務や組織のマネジメントは年2回会合する執行委員会(選挙で選ばれる58カ国で構成)が司る。

現行の中期戦略(2022-29年)は、4つの戦略目標(Strategic Objectives)と11の目指すべき成果(Outcomes)を挙げるとともに、分野横断的なグローバル優先課題として、アフリカとジェンダー平等を位置づけている。この戦略は、より具体的な事業計画の形で予算案に落とし込まれる。

自然科学分野に関するユネスコの目標・成果としては、「気候変動への対応、生物多様性・水・海洋の管理、防災・減災のための知識の向上」、「ジェンダー改革を踏まえたSTEM(科学・技術・工学・数学)教育に関する組織的・人的能力の強化、天然資源、生態系、生物多様性の保全・回復の持続可能な管理と災害リスクに対するレジリエンスのための科学の包括的知識・能力の強化」、「水科学、イノベーション、教育、マネジメント、協力、ガバナンスの強化」、「科学、技術、イノベーション(STI)に関する国際協力の推進」、「オープンサイエンスを含むSTI政策の改善、先進科学技術へのアクセス、知識共有の向上のための加盟国の能力強化」、「持続可能な開発に向けた知識の進展のための、基礎科学・技術・研究・イノベーション・工学における組織的・人的能力の向上」等が掲げられている 3

ユネスコは文字通りグローバルな国際機関であるが、自前の大規模予算を動員して多種多様な事業を世界的に展開していくようなタイプの組織ではなく、その活動の類型は「知的な協力」を柱としている。これはこの組織の歴史的な出自にも関係する。アインシュタインやキュリー夫人等、著名な有識者12人が出席し、当時、事務局次長であった新渡戸稲造がその事務を担当して1922年に国際連盟の下に設立された国際知的協力委員会(ICIC:International Committee on Intellectual Cooperation)がユネスコの前身とされている。1926年にはフランスの支援で国際知的協力機関(IIIC:International Institute of Intellectual Cooperation)がパリに設立され、ICICが立案する事業の実施機関として活動していたが、第二次世界大戦によりその活動は中断された。1945年11月、イギリスとフランス両国政府の招請により、ユネスコ設立のための会議がロンドンで開催され、ユネスコ憲章が採択され、翌1946年11月、20カ国の批准によりユネスコ憲章が発効してユネスコが誕生した。

中期戦略の中で挙げられている「ユネスコの5つの機能」、すなわち「アイデアの実験場(ラボ)」、「クリアリング・ハウス」、「規範設定」、「国際協力の媒介とモニタリング」、「キャパビルの提供」は、この組織の活動の類型を端的に示している。ユネスコが得意とするのは、啓発とアドボカシー(唱道)、規範策定(法的により厳格な「国際条約」等のハードローよりも、加盟国により幅広く柔軟に受容されやすい「勧告」等のソフトローが中心)、加盟国の多数を占める開発途上国のためのキャパビル、国際協力の慫慂と推進、外部との連携・ネットワーキング 4等である。

ユネスコの活動で特にユニークなのは、憲章に基づいて各加盟国に設立されるユネスコ国内委員会が、政府・非政府の団体や個人をユネスコの活動に参加させるために重要な役割を果たしていることで、これを通じてユネスコ関係者のグローバルなネットワークが形成されている。日本についても文部科学省が事務局を務め、分野毎に小委員会を有するユネスコ日本国内委員会(事務総長は文部科学省国際統括官)がユネスコ活動に関する助言、企画、連絡及び調査を行っている 5

上へ戻る