【AsianScientist】スーパーコンピューティングで気候変動を明らかに

スーパーコンピューティングは、気候危機を乗り越えるために豪雨の予測から都市気候のモデル化まで必要なツールを提供する。(2023年4月21日公開)

今日のアジア諸国は、気候変動による異常気象に翻弄されている。たとえば、2019 年には観測史上最大の台風である台風19号が日本に上陸し、2022 年初めにはモンスーンの雨によりマレーシアで何千件もの家屋が水没した。

パキスタンからフィリピンに至るまで、気候変動はすべての気象条件を変化させている。海と大気の気温が上昇すると、大気の水蒸気量は増え、海面は上昇する。その結果、暴風雨や台風の勢力が強まり、洪水や地滑りによる死者や破壊が増加している。最近の調査によると、気候変動は台風19号の異常降雨の可能性を67%高め、その被害額が40 億米ドル相当になった原因であることがわかった。

世界の指導者らが気候変動を緩和するための目標を設ける中、科学者らは、気候変動が引き起こす災害への準備を支援している。発展途上国では、正確な早期警報システムが避難システムを向上させ、死傷者を抑えるための鍵であることが証明されている。気候変動適応グローバル委員会(Global Commission on Adaptation)は、このようなシステムに1ドルを費やすことで、年間最大20ドルの損失を防ぐことができると推定しており、調整された早期の行動の具体的なメリットが明確に示されている。

日本最大の研究機関である理化学研究所では、気象と気候の科学者らが、世界最速のスーパーコンピューターであった「富岳」を使用して、首都圏の降水予測を行っている。彼らの技術の鍵は、ビッグデータの同化であり、大規模なコンピューターシミュレーションのデータと観測データを同期するために計算能力が活用されている。

理化学研究所計算科学研究センターのデータ同化研究チームリーダーの三好建正博士は、Supercomputing Asia のインタビューで「私たちは初めて、500メートルの解像度で 30秒ごとに更新される、最大30分後までの気象条件を予測できる非常に正確で精密なモデルを開発した」と明らかにした。このようなイノベーションにより、自然災害に対する備えと対応システムの向上が試みられている。また、急速な都市化や地盤沈下などの問題を抱えながら気候変動が続いている中で、高性能コンピューティング(HPC)は、日本やシンガポールなどの国の研究者にとって、今後数十年間の気候危機を乗り切る方法を見つける力となっている。

スーパーコンピューティングの課題

「気候変動により異常気象の脅威が高まっており、万全の備えが重要である」と三好博士は指摘する。これを行うには、科学者は気候モデルと気象予測システムを開発して、各地域のインフラストラクチャ、地理、独自の気象警報システムに関する準備を強化しなければならない。

しかし、言うや易く行うは難しである。気候をモデル化するには、気が遠くなるほど多くの因子が必要である。それには衛星、航空機、船舶を使用した大気、陸地、海の観察が必要である。

実際、雲のモデリングはすでにかなりの難題となっている。地球は常にその半分以上が雲に覆われている。雲は太陽エネルギーを宇宙空間に反射し、地表から熱を吸収している。それがさまざまな、時には矛盾した形で天候に影響を与えている。

たとえば、地表温度は雲の高さ、雲の厚さ、太陽光をどれだけよく反射するかによって影響を受ける可能性がある。海洋微生物が雲の形成を促し、世界中の気象パターンを形作る生物学的粒子を放出することもわかっていることから、上空で起こっていることを研究するために、研究者は手がかりを求めて深海を調査しなければならない可能性さえある。海水温が上昇し、より多くの温室効果ガスが大気に放出されるにつれて、これらの雲の形成パターンも変化している。

雲は気象と気候において重要な役割を果たしているため、この一連の要因を正しく理解することが非常に重要である。不正確な計算で雲を推測することは、不正確な気候モデルにつながり、結果として、不正確な結論と十分な情報に基づいていない政策となる。海や都市のインフラなどの他の要因に加えて、雲も考慮しなければならない。今日の気候モデルでは、地球のシステム内で変化するすべての要素の複雑さと混沌を考慮し、スーパーコンピューター全体がこの目的に役立つように設計および構築されており、非常に強力な計算能力が活用されている。

シンガポール気候研究センター(Centre for Climate Research Singapore:CCRS)のDale Barkerセンター長は、Supercomputing Asia のインタビューの中で「HPC は、海面上昇、降雨、気温の変化など、温室効果ガスの水準の変化が気候システムに与える影響を予測するために必要な何兆もの計算を実行するために不可欠である」と話した。

長い目で見る

スーパーコンピューターは、異常気象の監視と予測だけでなく、徐々に解明されている災害に対処するためにも使用されている。

たとえば、地盤沈下はシンガポールにとって特に差し迫った問題であり、都市インフラの急速な建設によって悪化している。シンガポールの南洋理工大学(NTU)が主導した調査によると、東南アジアの沿岸都市は最も急速に沈下しており、厳しい天候に見舞われた際に、沿岸部の洪水リスクが大幅に高まる。国土の約3分の1が海抜5メートル未満であるシンガポールは、適切な対策が講じられなければ非常に影響を受けやすい。CCRS の科学者らは、シンガポール国家スーパーコンピュータセンター(National Supercomputing Center:NSCC)と協力して、この地域の気象と気候を形作る複雑な根本的プロセスを理解するのに役立つシミュレーションを考え出すことで、この迫り来る危険に取り組んでいる。

CCRSの気象研究部門の副部長であるHugh Zhang氏は、Supercomputing Asiaのインタビューで「将来の気候シナリオでこれらのプロセスがどのように変化するかをよりよく理解することで、さらに信頼性の高い気候変動を予測でき、より効果的な気候変動適応の政策を立てるために、それを使用することができる」と述べた。同氏はまた、東南アジアはグローバルな気候システムの「エンジンルーム」と見なされているため、この研究は世界中の政策に影響を与える可能性があることも指摘した。

シンガポールの3回目の気候変動研究である「V3」の一環で、現在、NSCCのASPIRE 2A で行われているシミュレーションにより、2023年9月までにこの地域向けに調整された次世代の気候モデルが完成すると予想されている。このモデルは、地域的には8キロメートル四方、シンガポール内では2キロメートル四方で、陸地または海に焦点を絞ることができ、約150キロメートルの解像度を提供するグローバルモデルと比較して、予測される気温、降水量、風速などの重要な情報について、より詳細な気候変動予測を行うことが可能である。

ハードウェアの分野では、シンガポール国家環境庁の気象局(MSS)が最近、Hewlett Packard EnterpriseのCray Exシステムを使用して構築された「Utama」という名前の新しいスーパーコンピューターに業務を委託した。CCRS に設置されているUtama には 98 の計算ノードがあり、そのピーク性能は400 テラフロップスである。この計算能力は、気象予測を改善し、シンガポールの気候シミュレーションの質を向上させるために使用される予定である。新しい Utama マシンにより、MSS の「SINGV」数値気象予測システムへアップグレードできる。これには、シンガポール特有の都市環境データを取り込むように設計された新しい「uSINGV」機能の実証と、陸地、大気、海洋間の相互作用のデータを取り込めるアップグレードされた「cSINGV」構成が含まれる。

シンガポールの最初の2回の気候変動研究では、水資源、生物学的多様性、公衆衛生、インフラ、食料安全などの重要な分野を含め、気候変動がシンガポールに及ぼす長期的な影響が特定された。3回目の研究結果も間もなくわかることに加え、スーパーコンピューティングの能力とそれによって可能となる研究は、政府の政策を形作るのに役立つ可能性がある。これは、温暖な気候、海面上昇、より頻繁に発生するさらに勢力が増した暴風雨からシンガポールの都市を守ることができる適応策を実施するために適切な時間枠を特定するのに役立つ。

これらの研究の結果、いくつかの対策がすでに実施されている。 たとえば、シンガポールの国営水道局である Public Utilities Board は、海面上昇から国の海岸線を保護するために、波浪の衝撃を受ける可能性のある主要地域にマングローブを植えるなど、自然に基づいたエンジニアリングソリューションを展開している。

これからの道のり

地域レベルで気候変動がもたらすリスクを正確に測定することは、気候モデリングの主な目標の1つである。しかし、ある程度の不確実性が残っている。たとえば、研究者は災害を引き起こす転換点、または北極海の海氷消失や炭素が豊富な永久凍土層の融解などの気候の劇的な変化に焦点を合わせようと取り組んでいる。このような現象が起きると、気候が不安定になり、地球の気温が下がったとしても元に戻すことはできない他の連鎖的な現象を引き起こす可能性があると予測されている。

Zhang氏は、スーパーコンピューターが気象と気候科学の進歩において重要な役割を果たし続けると言う。また、気候モデリングの能力が向上し続けているため、研究者らは希望を持ち続けている。

三好博士は「データ同化技術と人工知能(AI)の活用により、高機能のハードウェアを生かして、プロセスとデータ駆動型のアプローチを組み合わせた将来の気候研究への道を開くことができる」と話している。

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