【AsianScientist】EU-ASEAN HPCスクールに注目―次世代のHPCリーダー養成へ

世界がエクサスケールコンピューティングの時代に突入する中、EU-ASEAN HPC(高性能コンピューティング)スクールのようなイベントは、地域全体の若い研究者たちを新しいテクノロジーと専門家につなげ、お互いを結びつけている。(2023年4月28日公開)

2019 年、ピヤウト・スリチャイクル (Piyawut Srichaikul) 博士は、故郷のバンコクからバルセロナまで 9,673 km の旅をした。バルセロナでは世界中の研究者と一緒になって、計算機協会 (ACM) が開催するHPC に関するサマー スクールに参加した。 このサマースクールはバルセロナ・スーパーコンピューティング・センター (BSC-CNS) と共催されたもので、HPC界の著名人による講義と実習が1週間行われた。

このイベントで、スリチャイクル博士はあるアイデアを思いつき、自問した。「人々を EU(欧州連合)に送る代わりに、このような学校を ASEAN(東南アジア諸国連合) に持ち込めたらどうだろう」スリチャイクル博士は、アセアンHPC タスクフォースの共同議長であり、バンコク北部のクロンヌエンに所在する NSTDA スーパーコンピュータ・センター (ThaiSC) の上級研究員でもある。

数年かかったものの、ジャカルタを中心に活動するEU-ASEAN地域対話促進プログラム (E-READI) の援助を受け、このアイデアは実現した。バンコクに所在するカセサート大学は最近、第2回 EU-ASEAN HPC スクールを開催した。対面での開催としては、初めてのことである。

2021 年にバンコクで開催された第1回EU-ASEAN HPC スクールは、当時の保健規則に合わせて、完全にリモートで行われた。しかし、2022年のEU-ASEAN スクールでは、ASEAN 加盟10カ国すべてから300人が応募し、その中から選ばれた合計60人の学生が対面で参加することができた。このスクールは若い研究者が HPC を利用した研究をさらに学ぶことを促進する。ASEANで増えているプログラムや活動の1つであり、2022年12月5日から10日まで開催された。

価値あるつながりをつくる

スリチャイクル博士は、EU-ASEAN HPC スクールには2つの目標があると明らかにした。1つは、HPC 業界で人材のパイプラインを作り上げることである。

「私たちは地元の人材を育て、ASEAN 加盟国の能力構築を促進したいと考えています」とスリチャイクル博士はSupercomputing Asia誌のインタビューで語った。「私たちは、学生たちが学習し、その学習を真の利益に変えることを望んでいます」

もう1つは地域連携の促進というもっと長期的な目標である。スリチャイクル博士は「すべての国が同じ技術を持っているとは考えられません」と述べ、シンガポールやタイなどの国では国家規模の HPC が整っているが、他の国ではまだそのためのロードマップを作成中であると説明した。「ASEAN 諸国には経済格差があるため、私たちは、HPC を地域のリソースとして、研究者がこの計算能力を活用できるようにするにはどうすればよいのか、考えるのです」

EU-ASEAN HPC スクールのディレクターであるファブリジオ・ガグリアルディ (Fabrizio Gagliardi) 博士も、同じことを考えている。 ガグリアルディ博士はSupercomting Asia誌 とのインタビューで「ASEAN はヨーロッパに少し似ています」と指摘した。「たとえば、ドイツとルーマニアのような国の間には大きな違いがあります。シンガポールとベトナムのように、経済は全く異なっているのです。そのため、HPCスクールは、遅れている国を助けることを意図しているのです」

これら2つの目標のために、ガグリアルディ博士と彼のチームは、スクールを設計するにあたり、日本のスーパーコンピューター「富岳」とフィンランドの「LUMI」に加えて、シンガポールの「ASPIRE 2A」やタイの「LANTA」など、この地域で最も強力な HPC システムに関する講義だけでなく、参加者同士がつながる機会や、スクールを訪れた著名な来賓とネットワークを築く機会を数多く盛り込んだ。

2022年のEU-ASEAN HPCスクールには、以下の人々が来賓として訪れた。

  • 理化学研究所計算科学研究センター長の松岡聡氏
  • EuroHPC のエグゼクティブ ディレクター、アンダース・ジェンセン (Anders Jensen) 氏
  • 2021 年チューリング賞受賞者でTOP500 リストの基礎となるLINPACK Benchmarkの著者であるジャック・ドンガラ (Jack Dongarra) 氏
  • タイ化学会の会長であるスパ・ハノンブア (Supa Hannongbua) 氏

ガグリアルディ博士は、若い研究者の育成やネットワークの構築についての経験を持ち、BSC-CNS の上級戦略アドバイザーとして、EUではいくつかの HPC サマー スクールで指導を行ってきた。2019 年にはチームの一員としてスリチャイクル博士をバルセロナまで移動させた。

現在、ガグリアルディ博士はスリチャイクル博士と共にEU-ASEAN HPCスクールを組織している。ガグリアルディ博士は、すべての目的は次世代の HPC 研究者の育成に尽きると述べる。「それは研究者の使命の一つであると思います。私たちは比較的短い生涯を通じて真摯に研究を続け、無駄にしたくないと思えるレベルまでの知識を得ます。そのため、若い世代を鍛えたいのです。私たちの後に、研究を確実に引き継いでくれる人々が必要なのです」 と語る。2022年にボランティアとしてはるばるバンコクまで来てくれたゲストスピーカーや講師にも同じことが言える。

EU-ASEAN HPCスクールは、学生を最先端のHPC 技術や経験豊富な専門家と結びつけ、また、学生同士もつなげることで、参加者各自の研究プロジェクトだけでなく、地域全体の可能性を広げたいと望んでいる。

2021 年 EU-ASEAN HPC スクールで最優秀学生賞を受賞した大気科学者の マリエンヌ・レオン(Marieanne Leong) 博士も同じことを考えている。レオン博士はSupercomputing Asia誌とのインタビューで「私の望みは、ASEAN 地域でオープンソースや共有 HPC 施設が利用できるようになることです。このような施設は高価であり、すべての国や組織がそれを購入できるわけではありません」と話した。同博士は、地域の専門知識が集まり共有 HPC 施設を使い、気候変動などの大きな課題に取り組むことを願っている。

スリチャイクル博士は「私たちには良い人材がいます」と、自信を持って述べた。「彼らは自分が何をしたいのかを知っています。 彼らに(それを達成するための)機会を与えるだけのことです」

今がそのチャンスの時

ガグリアルディ博士にとって、ASEANでHPCの人材を育成するのにこれ以上の機会はなかった。

「いつも、とてもワクワクするものでした」とガグリアルディ博士。「しかし現在、多くの電子部品が変化し、それらを組み合わせてメモリ階層を相互接続する方法も多くあります。 そしてソフトウェアを見てみると、やはりこれらすべての大型マシンをプログラムする新しい方法が存在します」

このことから、ガグリアルディ博士は、若い人たちに、さまざまな HPCプログラムを探すことを奨励する。 「EU-ASEAN HPC スクールに参加するかどうかに関係なく、今がそのチャンスの時なのです。」

ガグリアルディ博士は正しい。スクールだけでなく、HPC についてもっと学びたい若い研究者に向けたウェビナー、奨学金、コンテストがいくつもある。

たとえば、2022年には、シンガポール国立スーパーコンピューティング センター (NSCC) が2つのコンテストを開催した。最初に開催されたのは2022年APAC HPC-AI コンペティションであり、そのためにNSCC は HPC-AI 諮問委員会およびオーストラリア National Computational Infrastructure (NCI)とチームを組んだ。このコンテストはアジア太平洋地域のチームを参加対象者とし、人工知能(AI)、HPC の基礎、UCX プログラミング、Quantum Espresso などといった研修が提供された。

次に開催された画期的なコンテストは、Inaugural HPC Innovation Challenge for the Environmentである。これは、GeoWorks、SGTechおよび SGInnovate から援助を受けて行われた。このコンテストは、地元の企業や大学生が参加し、環境を管理し、カーボンフットプリントを削減し、よい都市環境を構築し、気候変動への耐性を高めるにあたり、データ中心のアプローチをサポートするHPC対応ソリューションを考えることが求められた。学生部門と無差別部門で合計10チームがソリューション開発フェーズの最終選考に残り、そこではASPIRE 2Aへのアクセスや、テーマの専門家によるメンタリングが提供された。

NSCC の最高経営責任者である タン・ティン・ウィー (Tan Tin Wee) 教授は、「HPC Innovation Challengeの受賞チームが考えた環境ソリューションは、開始したばかりです」と述べた。 「シンガポールは多くの才能ある人々がHPCに関心を持ち、他の地域でも関心が急速に高まっています。このようなイベントを通じて、HPC研究の新時代に飛び込む若い人たちに力を与えることができるのは非常に喜ばしいことです」

ASEAN HPCの未来に向けて

これらの活動をまとめてみると、ASEANの繫栄しているHPC 環境を垣間見ることができる。近い未来に、幅広い研究分野で刺激的な発見がされることが約束される。

ニクマン・アディ・ビン・ノール・ハシム (Nikman Adli bin Nor Hashim) 博士は、マレーシアのゲノム科学者である。 EU-ASEAN HPC スクールに参加し、オミックス研究のために、HPC 技術の中の新しい経験をさらに発展させようとしている。 彼は Supercomputing Asia 誌とのインタビューで「今日の研究ではバイオインフォマティクスと計算ツールが非常に重要であることは否定できません。なぜなら、私たちは大量の計算分析を扱っているからです」と語った。彼は、得た知識を同僚と共有して、東南アジアの人々に関する研究をさらに進めることを考えている。

レオン博士は現在、HPC を使用してマレーシア半島の大気プロセスを研究している。彼女は、第2回EU-ASEAN HPCスクールに再び招待された。今回は対面での参加である。レオン博士は、この経験を「畏敬の念を起こさせる以上のもの」と表現し、彼女の研究を気候変動に強い開発に活用させたいと考えている。

ガグリアルディ博士は、EU-ASEAN HPC スクールを、各国が交代でホストとなる恒久的な年次開催イベントにする計画を立てている。 インドネシアはすでに来年のスクールの開催に意欲を示している。

最後に、スリチャイクル博士はEU-ASEAN HPCスクールのような取り組みは、高価なハードウェアやインフラに関するものではないと述べた。彼は 「誰がどのような利益のためにそれを使用しているかが重要です。これらの研究アプリケーションは、現在と将来において、ASEANに価値をもたらすものです」と話している。

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