2023年6月2日 JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 斎藤 至
食料安全保障はグローバルな課題であり、科学技術によるその改善と維持が期待される(写真はイメージ)
食料安全保障が、ロシアのウクライナ侵攻をはじめとする国際情勢の不安定化を契機に、改めて注目を集めている。並行して、これを支える研究開発も世界各地で積極的に進められている。本コラムでは、その概況と特徴的な事例を数回にわたって執筆していく。
食料安全保障の定義は、国連食糧農業機関(FAO)によれば「人々が日々の生活で常に、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的、社会的、経済的に入手できる状態」とされている。グローバルな文脈でみても、国連の「持続可能な開発目標」(SDGs)では目標2「飢餓をゼロに(Zero Hunger)」に直結し、目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう(Industry, Innovation and Infrastructure)」と接点を持つ1。目標2がSDGsの前身であるミレニアム開発目標(MDGs)以来一貫して掲げられていることからも、食料安全保障は人類の生きる基盤を支える要件といえる。
アジア・太平洋の国・地域は、食料安全保障の観点から、世界でどのような位置にあるのか。これを見る1つの手掛かりが、2012年より発表されている「食料安全保障指数(GFSI: Global Food Security Index)」である。
GFSIとは、英国の国際経済紙『The Economist』の調査部門であるエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)が世界113カ国・地域を対象に集計・作成し、下図に掲げた24のサブ指標を用い「手頃な価格」「入手可能性」「品質と安全性」「持続可能性と適応」という4つの観点で定量化したものである2(図)。アジア・太平洋の国・地域では113カ国中23カ国が含まれている。
図 食料安全保障指数(GFSI)の構成
以下では2022年版の報告書からアジア・太平洋の国・地域順位を一覧した(表)。日本を筆頭に、オセアニア諸国、そしてシンガポールが続く。日本は価格の手頃さでは上位5カ国の中で劣るものの、入手可能性や品質・安全性で高い評点を獲得している。総じて「持続可能性と適応」の評点は低めであり、食料の安定供給が世界的な課題とされている背景が伺える。
一方、2022年の世界順位を2017年の世界順位と比べると、中国が大幅に順位を伸ばし、2022年には初めてアジア・太平洋地域トップ5入りした。シンガポールは、2017年時点では世界4位(アジア・太平洋地域1位)であったが、2022年には世界28位と順位を下げつつも、アジア・太平洋地域で5位に位置している3。
表 食料安全保障指数(GFSI)でみるアジア・太平洋上位5カ国・地域
GFSIはグローバルな動向を普遍的な定義に沿って俯瞰する意味では有用である。但し指標の設計上、過去の達成状況に基づいた側面を多分に含み、将来の潜在的リスクに十分目配りしきれていない点には留意したい4。参照にあたっては、現在の具体的な地域動向と共に検討する必要がある。
世界的なコンサルティング企業の1つであるマッキンゼー・アンド・カンパニーは、2017年に発表した調査報告書で「...技術革新がもたらす生産増に加え...投資拡大などを加味すると、潜在的な生産余力は十分ありそうだという結論に達した」と述べ5、この課題に対して科学技術が貢献しうる可能性を指摘している。
食料の生産余力を伸ばす基盤技術は多岐にわたる。基礎研究の面では新品種開発が進められており、国際的な科学技術協力プログラムの一環でも、広汎な事業が展開している。
応用研究から産業化へ視野を広げれば、イノベーションの余地は更に大きい。上記の新品種開発・新技術開発に加えて、食品を安定的に供給する食料生産システムの構築、そのためのフードデータの構築、実体験に代わる新たな食・料理体験の提供、それを支える核心技術の構築などが要点として挙げられよう6。
また科学技術を我々の日常生活に置き換えても、より「美味しい」「栄養価の高い」「鮮度の高い」食品を望むのは、消費者として自然な心理だ。代替タンパク質などの先端技術が社会実装される際には、その心理的受容や倫理的影響も検討されている。
本コラムでは今後、GFSI上位国の特徴的な活動に焦点を当て「食料安全保障」をめぐる具体的な研究開発動向を取り上げる予定。