2023年6月5日 JSTアジア・太平洋総合研究センター
科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターでは、調査報告書『中国、韓国におけるカーボンニュートラル関連の研究開発政策動向』を公開しました。
以下よりダウンロードいただけますので、ご覧ください。
https://spap.jst.go.jp/investigation/report_2022.html#fy22_rr04
第1章では調査の背景と目的を示す。多くの人口を抱え、経済成長のスピードが速いアジア・太平洋地域は、世界最大のエネルギー消費者であると同時に、温室効果ガスの世界最大の排出者でもある。中でも、世界経済において存在感を示す製造業を多数抱える日本・中国・韓国の3カ国は、2020年時点で世界全体のCO2排出量の約20%を占めている。本報告書は、化石エネルギー主体の経済・社会構造からカーボンニュートラル型の構造への社会システム全体の変革(グリーントランスフォーメーション: GX)に向け、中国・韓国の動向を把握し、わが国の「革新的GX 技術を生み出すエコシステムの形成」に貢献するため、国立研究開発法人科学技術振興機構 アジア・太平洋総合研究センターが調査したものである。
第2章では、中国の政策や研究開発に関する状況を整理した。中国はエネルギー資源に比較的恵まれているものの、経済の急成長に伴い、環境汚染といった課題が顕在化している。そのため中国は、2006年以降、電気自動車といった新エネルギー自動車や新素材を重点分野としてイノベーションによるエネルギー革新を行うことにより環境問題に取組んでいる。2021年3月には科学技術政策ともいえる「経済発展」「イノベーション」「民生・福祉」「生態環境」「安全保障」の5つの分野における主要目標を含む第14次5カ年計画1を、同年10月には「新発展コンセプトの完全かつ正確な実施とカーボンピークアウトおよびカーボンニュートラルに関する中国共産党中央委員会および国務院の意見書」を発出し、これに合わせて各地方政府も第14次5カ年計画に準じた政策を発出している。中国における研究開発に対する公的な資金提供は、中央政府や省庁等による資金提供のみならず、地方政府(省や市等) も相当額を負担しており、先の第13次5カ年計画の期間中(2016〜2020年) に科学技術部は約760億元(約1兆4,896億円2) で3,500件以上の研究開発プロジェクトを支援していた。また、ボトムアップ型の国家自然科学基金(NSFC) は、研究全体の7、8割を支援している。また、2022年3月には、「"ダブルカーボン"目標下におけるエネルギー転換と産業構造改革に向けた変革技術の化学と化学基盤」のテーマで公募を発表するなど、カーボンニュートラルに向けた研究開発に余念がない。また、同年3月に中国科学院はカーボンニュートラル戦略行動計画を公表し、産学連携を更に加速させるとしている。ちなみに、中国科学院物理研究所は傘下に科学技術系企業を11社保有している。そのうち中科HiNA科技有限責任公司(HiNa Battery) は、世界で初めて開発した1MWhのナトリウムイオン電池を用いた蓄電システムに関する研究を実施している。また、京衛藍新エネルギー科学技術株式会社(北京卫蓝新能源科技有限公司)や浙江ナトリウム革新エネルギー有限公司(浙江钠创新能源有限公司)は、大学や研究機関の成果を基にした企業であり、研究者が主要な人員や株主として在籍している。そして、2022年10月16日に開幕した中国共産党第20回全国代表大会では、習近平国家主席が15ある目標の中において5番目に"科学教育興国戦略を実施し、人材による現代化建設へのサポートを強化する"とし、10番目に"グリーン発展を推し進め、人と自然の調和的共生を促す"と述べる等、今後も科学教育や人材育成に対する投資やグリーンイノベーションに対する戦略等に励むということが明確になっている。
第3章では、韓国の政策や研究開発に関する状況を整理した。韓国は資源が少ない国であることに加えて、国内の市場規模が限られているため、政府はグローバル志向のもと科学技術・イノベーションに基づく経済成長を重視する傾向が強い。2008年8月に温室効果ガスと環境汚染を削減する持続可能な成長を目指した「低炭素・グリーン成長」を国家戦略として打ち出し、2020年にはパリ協定を受けて策定された「2050年に向けたカーボンニュートラル戦略(2020年)」およびその関連方策と、国の研究開発方針を示した「第4次科学技術基本計画(2018〜2022年)」のそれぞれの概要・重点課題・重点技術について概観した。公的な資金提供では、韓国研究財団(NRF)が主に大学・研究機関向けのファンディングを行っており、NRFの総予算は2022年実績で8.4兆ウォン(約8,820億円 3)、カーボンニュートラルに関連するプロジェクトに対しては約2.0兆ウォン(約2,100億円) を配分している。水素・エネルギー等のみならず、気候変動対策への支援が重点的に実施されている。また、2012年より設立の構想があった韓国エネルギー技術研究所(KENTECH) が、2022年3月に創設された。エネルギーに特化した大学であり、産学連携クラスターを構築し、市場での雇用創出に貢献するといった目標を掲げており、今以上に韓国はエネルギー産業に大きく舵をとっていくと窺える。
第4章・第5章では、中国および韓国における再生可能エネルギー・交通輸送・水素利用・カーボンリサイクル、食料・農林水産、半導体・情報通信といった産業を出口とする技術分野に注目して、水素・バイオ・半導体をキーワードとした論文・特許の調査を実施した。その結果を表A・B・Cに示す。
国名 | 日本 | 中国 | 韓国 |
---|---|---|---|
論文数 (年平均伸び率) |
2,163(2%) | 16,297(17%) | 2,198(13%) |
国際共同研究(%) | 44.8 | 24.7 | 38.5 |
企業共同研究(%) | 3.8 | 1.4 | 3.2 |
論文主要トピックス | 光触媒4 水素化学・貯蔵 触媒 |
光触媒4 電気化学 水素化学・貯蔵 |
光触媒4 触媒 電気化学 |
論文算出主要機関 | 京都大学 東京大学 産業技術総合研究所 |
中国科学院 中国科学院大学 西安交通大学 |
延世大学 高麗大学 韓国科学技術研究所 |
特許出願件数 | 179 | 5,224 | 772 |
特許出願主要機関 | トヨタ自動車株式会社 パナソニック IP マネジメント株式会社 |
浙江大学 中国石油化工 中国華能集団クリーンエネルギー技術研究院有限公司 |
現代自動車 起亜自動車 大宇造船海洋 |
国名 | 日本 | 中国 | 韓国 |
---|---|---|---|
論文数 (年平均伸び率) |
2,941(4%) | 27,819(19%) | 2,993(11%) |
国際共同研究(%) | 63.2 | 38.0 | 51.2 |
企業共同研究(%) | 3.2 | 1.2 | 2.2 |
論文主要トピックス | 紙・木質材料科学 バイオ工学 エネルギー・燃料 |
土壌科学 エネルギー・燃料 紙・木質材料科学 |
エネルギー・燃料 紙・木質材料科学 バイオ工学 |
論文算出主要機関 | 京都大学 東京大学 北海道大学 |
中国科学院 中国科学院大学 浙江大学 |
高麗大学 ソウル大学 漢陽大学 |
特許出願件数 | 395 | 29,345 | 2,094 |
特許出願主要機関 | ― | 江南大学 浙江大学 天津大学 |
高麗大学 韓国生命工学研究院 SNU R & DB Foundation |
国名 | 日本 | 中国 | 韓国 |
---|---|---|---|
論文数 (年平均伸び率) |
1,631(3%) | 5,738(19%) | 1,683(9%) |
国際共同研究(%) | 31.4 | 27.3 | 32.3 |
企業共同研究(%) | 11.2 | 1.6 | 9.4 |
論文主要トピックス | シリコン・システム 半導体物理学 光・エレクトロニクス・工学光触媒 |
二次原材料 光触媒 シリコン・システム |
シリコン・システム 光触媒 二次原材料 |
論文算出主要機関 | 物質・材料研究機構 東京大学 産業技術総合研究所 |
中国科学院 中国科学院大学 清華大学 |
成均館大学 ソウル大学 高麗大学 |
特許出願件数 | 2,277 | 86,339 | 38,047 |
特許出願主要機関 | 東京エレクトロン株式会社 株式会社半導体エネルギー研究所 東芝 |
台湾積体電路製造 サムソン電子 長江メモリ |
サムソン電子 サムソンディスプレイ 東京エレクトロン株式会社 |
第4章の文献調査では、いずれの分野において中国は中国科学院による成果が多く、他には双一流 (世界一流大学・一流学科構築) 大学が名を連ねていた。韓国は国家科学研究会や研究中心大学に属する機関による論文が多かった。いずれの分野でも、中国は国際共同研究および企業共同研究の割合が低く、自国内で研究が完結しているものが多いと推察される。一方で、韓国は国際共同研究と企業共同研究の比率がいずれも中国より高いことが確認された。
第5章の特許出願調査では、水素における出願人上位ランキング世界15機関をみると、韓国の現代自動車や起亜自動車、日本のトヨタ自動車株式会社による出願が多い。バイオにおいては、アメリカのパイオニア社に続き、中国の江南大学・浙江大学・天津大学が続いており、上位15機関のうち10機関が中国である (大学 :9、企業 :1)。半導体においては、台湾の台湾積体電路製造(TSMC)、韓国のサムスン電子、サムスンディスプレイに続き、日本の東京エレクトロン株式会社、アメリカのインテルやIBMなど、企業による出願が多い。中国からの出願が多いものの、大学からの出願と企業からの出願が分野によって顕著に異なることが確認された。
おわりにでは、今後の課題として本調査で注目した3つの技術分野(水素・バイオ・半導体)について、世界・中国・韓国における文献調査・特許調査の結果から判ることを整理した。まず、4章に示す論文被引用上位の研究者に注目して、リーダー的な研究者が何に注目しているのか、当該研究者が現在取り組んでいる研究テーマを整理した。次に、5章に示す出願上位の国際特許分類IPC に注目して、出願上位企業を組み合わせることで、技術開発分野を整理した。
わが国では、2050年カーボンニュートラルに向けて、令和2年度の補正予算において2兆円の「グリーンイノベーション基金」が創設された。産業政策である「グリーン成長戦略」における重点分野のうち、特に政策効果が大きく、社会実装までを見据えて長期間の取組みが必要な領域に対して、企業等を対象とした長期間の研究開発・実証支援がスタートしている。一方、産業界のボトルネック課題の解決のためには、基礎研究によるコア技術の飛躍的な性能向上やゲームチェンジングテクノロジーにつながるアイデアの創出、そして原理究明・メカニズム解明を目指した科学的なアプローチが、アカデミアに求められているのではないか。
本調査研究の結果が、中国・韓国におけるカーボンニュートラル関連の政策動向・研究開発動向および有力企業の事業戦略を読み解く一助となれば幸いである。世界的に共通認識となりつつあるカーボンニュートラルに向けて、健全な技術開発競争が盛んになり、それらを支える科学に基づいた技術革新が、社会のイノベーションに繋がることを願って止まない。