【AsianScientist】生成AIを使い伝統芸術を発展

芸術を取り巻く環境が変化し、著作権が問題となる中、アジアの芸術家、研究者、コンピューター科学者の中には生成AI(人工知能)を使い伝統芸術を保つ方法を模索する者たちがいる。(2023年11月24日公開)

サエダ・サミア・ナスリン (Sayeda Samia Nasrin) さんは、5歳のときに叔母の結婚式で初めてヘナを塗ってもらったときのことを鮮明に覚えている。彼女の小さな手には染料ペーストが丁寧に塗られ、シンプルな模様が描かれた。

ナスリンさんは、年上の女の子や大人の女性をうらやましく思ったことを思い出す。彼女たちの手足はとがった葉や点状の渦巻きといった複雑なヘナタトゥーで飾られ、芸術作品のように見えた。

10代の頃、フリーのヘナアーティスト兼メイクアップ アーティストとして働いていたナスリンさんは、ネットでアイデアや参考になるものを探していた。2020年、バングラデシュのチッタゴン独立大学でコンピュータサイエンスとエンジニアリングの学士号課程に在籍していた頃、ナスリンさんは、AIを利用してヘナとコンピュータサイエンスという2つの好きなことを組み合わせれば、伝統的な芸術様式を発展させることができると気が付いた。

テキストや画像を独自に作り出せる生成AIが出現したものの、注目されているのは主にヨーロッパ、あるいは西洋の芸術形式であった。AI生成アートという新しい分野を発展させて世界中に存在する様々な芸術作品を称え、伝統的な芸術様式を保つために、ナスリン氏やその他アジアを拠点とする研究者たちは、既存の画像生成システムにトレーニングを施し、適応させ、伝統芸術の制作を開始した。

競わせる

現在、画像の生成に使用される最も一般的なニューラルネットワークは、敵対的生成ネットワーク (GAN) と、OpenAI社の人気システムであるDALL-Eなどの拡散モデルである。OpenAI社は非営利のAI研究所でもあり、最近業界を揺るがし話題となっているChatGPTという生成AIも開発したことに注目していただきたい。

2014年、AI開発の転換点となったGANが発表された。このシステムは、入力データからエラーだらけの画像を直接的に生成するのではなく、ジェネレーターとディスクリミネーターという2つの敵対的なネットワーク上で実行される。

ジェネレーターはまず、一連の画像からオブジェクトを識別するようにトレーニングされる。オブジェクトを効果的に識別できるようになると、本物のオブジェクトの偽画像が作成される。次に、偽画像と本物の画像がディスクリミネーターに供給され、ディスクリミネーターはジェネレーターによって生成された画像と元のデータセットから生成された画像を識別しようとする。

ジェネレーターの目的は、ディスクリミネーターをだまして偽物を本物と誤認させることである。ディスクリミネーターの目的は、偽の画像を正確に識別することである。このゲームの各ラウンドで、『敗者』はモデルを更新する。その結果、修正された画像が次々と生成され、入力データとほとんど区別がつかなくなる。しかし最近では、非常にリアルな画像を生成できる拡散モデルがユーザーの最有力候補として浮上している。

とはいえ、このような強力かつアクセス容易なテクノロジーには課題が伴う。誰でも簡単にリアルな映像や画像を作成できるようになるため、多くのアーティストはこのテクノロジーが自分たちのキャリアに影響を与えるのではないかと懸念しており、オリジナルを作ったアーティストのクレジット表記なしで独特のスタイルを模倣するように訓練されたAIモデルへの反発さえも見られるようになった。

中国・広州美術学院のグ・リ (Gu Li) 准教授はAsian Scientist Magazine誌に対し、「AIが伝統様式を使った芸術作品を『作成』する必要がある場合、著作権のない多数の伝統様式の作品がニューラルネットワークのトレーニングに使用されることになります」と語った。「倫理は今でも未解決の問題であり、オンラインで議論されています。AIによって作成された伝統的なスタイルの芸術作品が著作権法の保護の対象となるかどうかは依然として議論の対象です」

ヘナのGANを作る

ナスリンさんはその作品の中で深層畳み込みGAN (DCGAN) を活用して、人間のアーティストが作成したデザインに匹敵するヘナタトゥーを生成した。

ナスリンさんは「最初は(それがどのようなものになるか)まったく分かりませんでした。ですから、生成される画像に非常に大きな期待を抱いていました」とAsian Scientist Magazine誌に話した。「ほぼ完璧な設計をしたと思っていましたが、既存の設計で利用可能なデータは、モデルを完璧にトレーニングするには十分ではありませんでした」

ナスリンさんが最初にすべきことはデータの収集だった。そのため、公開されているヘナタトゥーの画像10,000枚を収集した。

しかし、ヘナタトゥーの形式は平らな表面へのペイントではなく肌を染めるものであるため、ナスリンさんは宝石、彫り物のタトゥー、マニキュアなど、AIを混乱させかねない「ノイズ」のある画像を除去するという面倒な作業も行わなければならなかった。重複した画像や除去できなかった画像を削除した後、1,915枚の画像が残った。

次に、彼女はデータをGANに入力して、画像の学習と生成を開始させた。高品質の画像を生成するには、画像サイズ、更新回数、更新前に生成されるサンプル数などのハイパーパラメータを調整してシステムのチューニングを行わなければならない。何度か実験を繰り返す中で、ナスリンさんはハイパーパラメーターを微調整して、学習効率と画像品質を高めた。

AIはナスリンさんのためにヘナタトゥーを生成したが、中には手が曲がっているものや数本の指が欠けているものもあった。彼女の研究は、DCGANがヘナタトゥーを作成できることを証明したが、本物で高品質のヘナタトゥー作成におけるAIの役割については依然として葛藤を抱いている。AIを使えば伝統芸術は人々にとって身近なものになり、手頃な価格なものになるが、ナスリンさんは「これは素晴らしいことですが、私が懸念しているのは、認識されている価値や信頼性が低下し、伝統芸術の価値が低下するのではないかということです」と述べた。

伝統芸術分野への参入

北京航空航天大学の研究者たちは、伝統的な芸術作品、特に中国の伝統的な山水画の分類・作成のためにAIをどのように使用できるかを調べた。研究者たちが調べた絵画の1つは、王希孟の「千里江山図」である。この絵は、中国の伝統的な青緑山水図技法の最高例とみなされている。このプロジェクトは、2つの部分に分かれていた。AIを使用して伝統的な中国絵画と西洋の油絵を区別する部分と、生成AIを使用して伝統的な中国絵画のスタイルの芸術作品を作成する部分である。

寧波愛学国際学校の研究者であるタン・インシー (Tang Yingxi) 氏は、このプロジェクトの協力者の一人であった。古典的なコンピュータビジョンモデルの経験を活かして、彼とチームメンバーはさまざまなAIモデルのトレーニングを開始した。そのために、チームは西洋の油絵、伝統的な中国の絵画、そして「千里江山図」から切り取った画像という3種類の芸術作品を集めた。

次に、いくつかの分類モデルの実験を行った後で、DALL-EとNight Caféジェネレーターの両方を使用してプロジェクトの作成段階に進んだ。その後、チームはプロの中国伝統画家を招待して作品を評価してもらい、AIモデルが効的に青緑山水図の技法をシミュレートしたかどうかを調べた。

AIモデルはうまくやった。チームのプロジェクトは、AIは伝統的な中国絵画の様式の作品だけでなく、そのジャンルの特定の様式も識別して作成できることを示した。一部の研究者は、AIは人間が作る作品のように深く感動させることはないが、画家の想像力を刺激することで中国絵画の創作を加速する可能性があると指摘した。

AI は人の手によって描かれ歴史的価値を持つ文化的芸術作品に取って代わることはないが、人々が伝統芸術を鑑賞し楽しむ機会を広げることができる。中国甘粛省にある蘭州資源環境職業技術学院の研究者たちが異文化普及におけるAIの影響を評価したところ、観者は個人的な経験を通じて文化について学ぶことを好むことが分かった。これには、生成AIが重要な役割を果たすかもしれない。AIには重要な文化的人工物をリアルに複製することができる能力があるからだ。

観者を魅了する

研究者、エンジニア、アーティストが生成AIを利用してさまざまな作品を制作するにつれ、観者が人間の作品とAIの作品を区別することが難しくなるかもしれない。人々がAIによって生成された芸術作品に対して何らかの偏見を抱いているかどうかを調べるために、広州美術学院のグ・リ (Gu Li) 准教授とヨン・リ (Yong Li) 教授は、美術専門家と非専門家の両方を対象として2つの調査を行った。

最初の調査では、106人の中国人参加者を2つのグループに分けた。1つのグループには、鑑賞したデジタル絵画はAIによって生成されたものであると教え、もう1つのグループには、その絵画は有名な画家の作品であると教えた。しか、西洋画6点と中国画6点のすべての絵画は人間の画家の手による作品だった。次に参加者は、絵画が気に入ったかどうか、また、それらを購入または収集したいと思うかどうかを判断するためにいくつかの質問をされた。

第2の調査は、新しい参加者を使い実施された。これは専門知識による違いを比較するためのもので、143人の専門家と156人の非専門家が組み入れられた。

「この調査は、集団内の好みに関する以前の調査に基づいて行われました。その調査では、鑑賞者が自分の文化の芸術作品を見たときにアイデンティティと帰属意識を感じ、別の文化の芸術作品よりも高い美的評価を与えました」とグ准教授は語った。「私たちは、観者はAI生成の西洋芸術作品よりも、AI生成の中国芸術作品を好むことを示すだろうと予想していました。これは非専門家グループでは当てはまりましたが、専門家グループはどちらにも特に好みを示しませんでした」

AIが生成した作品と画家が作成した作品に関する好みの比較では、専門家はAIが生成した作品について好みも収集価値も低く評価した。一方、非専門家は好みを示さなかった。

「好ましい面として、AIは中国の伝統芸術、特に失われつつある伝統芸術の革新的な発展と文化伝播を強化するでしょう」とグ准教授は述べた。「さらに、生成AIは教育改革を促進すると考えています。AIが様式や芸術作品を簡単に創造するならば、伝統的な中国美術の奥に潜むものやその文化的本質を教えるための効果的な指導を行うことが、美術教師の非常に重要な仕事になるでしょう」

グ准教授とヨン教授はさらに研究を重ね、Frontiers誌2022年8月号に掲載された論文ではツールとしてのAIとクリエイターとしてのAIを区別した。

グ准教授は「最近、ChatGPTやMidjourneyなどのプラットフォームが、美術学校や文学分野で幅広い議論を巻き起こしています。AIを行動主体として考える人は、AIが人間に取って代わるのではないかと心配するかもしれませんが、生成AIの技術的基盤は脳のようなニューラル ネットワークです。この技術は驚くべき進歩を遂げていますが、人間の脳には匹敵しません」と語った。「AIを行動主体ではなくツールとして考えることが重要です。それは私たちに取って代わるものではありません。それは私たちと協働し、共創してくれるものなのです」

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