2024年4月18日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
2024年4月3日に台湾花莲県でマグニチュード7.3の強震が発生し、世界最大のファウンドリー(半導体受託生産)企業である、TSMCの生産ラインの一部の稼働が中断された。
TSMCの生産中断は、台湾のみならず、世界各国の半導体業界に影響を及ぼすため、懸念の声も上がっていたが、TSMCは、一部地域で設備が損傷し、生産に影響が出たのは確かであるが、EUV露光設備等を含む主要設備はダメージを受けていないため、大きな支障はないと明かした。NVIDIAの4ナノ微細工程もTSMCで生産されているが、地震による影響はコントロール可能な範囲であり、心配は不要と市場調査企業であるTrend Forceは明かした。
驚くことに、地震発生後、僅か10時間で、TSMCのウェーハファブ(半導体生産工場)の生産ラインの復旧率は70%を超え、新たに設立したウェーハファブも80%以上復旧できた。
一部のメディアでは、今回の地震の影響で、TSMCの2期分の売上に約6千万ドルのダメージが発生する見込みだと報道したが、こちらも根拠なしだとTSMCは強調した。
TSMCの揺るぎない強みには、確かな技術力、膨大な人材プール、豊かな経営ノウハウが背景にある。
TSMCの大きな強みは何と言っても世界最強のファウンドリー技術力にある。2020年にサムソン電子が5ナノ工程の半導体量産を始めた際にも、性能面ではTSMCに負けると専門家は評価した。なぜなら、TSMCがトランジスターの密度を1.8倍あげ、面積を45%減少させたのに比べ、サムソン電子は密度を1.33倍あげ、面積は25%減少させたからである。
2021年の4ナノ工程も同じである。サムソン電子は収率確保に難航していたが、TSMCの4ナノ工程はiPhone14プロAP「A15 Bionic」等に適用され、好評を受けた。
TSMCは、時代のトレンドを素早く読み取れ、柔軟に対応しているが、それも強みの一つである。例えば、近年モバイル用の半導体のニーズは落ちている反面、高性能コンピューティング(HPC)用の半導体ニーズは日々高まっている。TSMCはこのような状況をうけ、生産体制に変化をもたらした。TSMCの今日のファウンドリー成長はモバイルプロセッサーのおかげであるが、2022年のTSMCの生産割合を見ると、スマートフォン用の半導体と高性能コンピューティング用の半導体が占める割合はそれぞれ40%とほぼ同率になってきた。
高い技術力を支えるのは、やはりハイレベルの人材であるが、TSMCはどこよりも優秀なエンジニア、技術人材、運営スタッフを多く確保している。
また、毎年の離職率は僅か4~5%であり、他国に比べ、エンジニアの離職率が圧倒的に低いことが伺える。
TSMCは、中部、北部、南部にそれぞれ製造センターをもっているが、社員が自由に勤務地を選ぶように配慮しており、他社では派遣業務が多いエンジニアたちも、TSMCでは安定した生活を送れるようになっている。
TSMCは30年以上の経営ノウハウをもっているファウンドリー企業であり、「絶対お客様と競争しない」をモットーに深い信頼関係の構築に注力している。ファウンドリーは顧客の設計図を基盤に半導体を生産しているため、顧客との信頼関係が何より大事である。一度TSMCとやりとりを始めた企業は、その素早い対応と確かなフォロー体制に惚れ、長期間契約関係を構築している。
2022年基準TSMCの顧客企業は535社である。これは、ライバル企業と言われるサムソン電子と比べても5倍多い数字である。
インフレーションによる半導体生産費用の上昇、ライバル企業の追いかけ、減価償却の増加、TSMCの海外投資の拡大等、TSMCの危機を懸念する記事も多い中、今までの歩みに鑑みると、少なくともここ数年はファウンドリー王者としてのTSMCの位置付けには変わりが生じないと予測する。