2024年5月27日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー)
台湾で5月20日、民進党の頼清徳氏が総統に就任した。これで3期連続の民進党政権となった。頼氏は以前「自分は台湾独立を主張する政治実務者」と発言したこともあるほどi、前政権よりも「親米、反中、独立」傾向が強いと言えるが、選挙が始まってからは、対中関係について「現状維持」を強調してきた。副総統の蕭美琴氏は駐米民進党実務室での勤務経験をもち、2020~2023年まで駐米台湾代表処(大使館に相当)の代表を務めるなど、対米関係・対外関係で豊富な経験とネットワークをもっている。
ただ、総統選挙と同時期に行われた立法議員選挙では、議席数113席のうち、国民党が52席、民進党が51席、民衆党が8席を獲得し、野党の力が大きくなったことにつれ、政策の推進力は前政権に比べ、多少落ちると予測する。一方、民衆党がキャスティング・ボートの役割を果たすことになったので、存在感が高まると思われる。
選挙公約から頼政権は下記の政策を展開していくと思われる。ひと言でいうと、「平和4大支柱行動方案」と「創新繁栄台湾」をビジョンに、外交・安全保障および通商・貿易を中心とする政策である。
産業と科学技術のイノベーションのため、政府は、半導体とAI技術の産業化を主導し積極的に推進していくと同時に、技術イノベーションプラットフォームを作り、先端技術産業の発展を促す予定である。
頼氏は、半導体とAI分野を重点的に発展させ、台湾の経済安全保障におけるレバレッジとして活用したいとした。国際的な半導体設計・製造戦略基地を作り、半導体産業をリーダーする存在となり、他産業の発展を導いていきたいと述べた。
AIにおいては、「信頼できるAI」を基盤にAI技術の産業と伝統産業への応用を推進し、台湾をインド太平洋地域のAI技術イノベーションハブ地域として成長させるとした。蔡英文政権が2018年より推進してきた「台湾AI行動計画」に続き、頼政権では「台湾AI行動計画2.0」を推進する予定である。
環境・エネルギー分野においては、前政権の政策を継承する形でNET ZERO・脱原発・再生エネルギー産業の育成を引き続き進める予定である。「2050NET ZERO転換」のため、①スマート・共有グリーンエネルギー戦略を構築、②デジタルとグリーン産業の融合、③継続可能なグリーンライフを実現、④NET ZEROのための政府の役割を強化、⑤NET ZERO社会への転換により疎外される人がいないようにする、との5つの戦略を打ち出した。
頼氏は、原発は核廃棄物と安全問題のため、再生エネルギーとみなすには無理があると主張し、安定的な電力供給のため、風力発電、太陽光発電、バイオマス発電、地熱発電の開発を中心とするエネルギー転換とエネルギーの多元化を主張している。
対外政策の基本である「平和4大支柱行動方案」とは、①台湾の抑止力の構築、②経済安全は国家安全、③全世界の民主主義国家とのパートナシップの構築、④穏健で原則のある両岸関係を築くリーダーシップ能力、を指している。中国との関係については、「平和・対等・民主・会話」に従っての政策展開を主張している。
頼氏は、「安全保障強化なしに平和はない」との認識のもと、米国との軍事協力を強化する一方で、国内では国防改革と「大学3+1」制度を推進している。国防改革は蔡英文政権でも推進してきたが、部隊訓練や民間防衛等において同盟国との交流を強化すべきとの認識である。その理由としては、同盟国との連携を強化すると中国が武力を行使した場合負担すべき費用が増すので、軍事衝突のリスクの軽減につながるとのことである。
「大学3+1」制度とは、台湾では兵役義務期間を4ヶ月から1年に延長(2024年1月より実施)しているが、大学生の場合、3年間で単位を履修して1年間兵役を終わらせることで、通常通り4年で卒業できるように配慮したものである。
また、中国への依存度を減らし安定的なサプライチェーンを構築するため、貿易多辺化を進めていくが、その始まりとして貿易協定の拡大に取り組むとした。
頼氏は、平均経済成長率の目標を3.5%と提示した。これは前政権に比べて高めの目標である。「民主と平和、イノベーションと繫栄、正義と継続可能性」を国政課題として提示し、これを実現するため「国家希望プロジェクト」を公開した。即ち、産業・科学技術・金融分野におけるイノベーションとともに、イノベーション創業を基盤にした経済発展モデルを構築し、イノベーション成長・包括的な成長・グリーン成長を果たすことである。
地政学的変化やリスクに備え、経済・産業分野における国家競争力の向上とともに、6大核心戦略産業(情報・デジタル、情報セキュリティ、国防・宇宙、ヘルスケア、民生・戦略備蓄物資、エコ・新再生エネルギー)と5大信頼産業(半導体、AI、防衛産業、セキュリティ制御、通信)を中心に産業競争力を高めていく方針である。
また、高まっている不動産価格を抑えるため、不動産価格の正常化と住宅供給の安定化を図るとした。若手の住宅問題を解決するため、ローンの限度額を増額し、今後8年に30万戸の住宅を提供するとした。若手の就職難の解決のためには、5年間で2万件の仕事を増やしていくとした。
頼政権は、台湾の半導体産業は現在チャレンジとチャンスを同時に迎えているとした。引き続き半導体産業への注力はもちろん、AI産業にも大々的に投資すると予測される。中国との関係については、現状維持を強調しつつも「台湾は既に主権が独立している国であるため、独立を強調する意味はない」iiと述べていることから、対中関係の改善より国際社会との協力を通じ経済発展を図っていくと思われる。