【AsianScientist】患者をより快適にする義肢技術の進歩

アジアでは、研究者や臨床医が義肢技術を進歩させ、この技術が患者にとって効果的かつ利用しやすいものにしようとしている。(2024年11月25日公開)

シンガポール人のタン・テル・チア (Tan Ter Cheah) 氏は、毎日、家を出る前に、片足ずつ靴を履く。それは他の53歳の女性と同じだが、右足には義足に履くことだけが違う。

タン氏は7歳のとき、滑膜肉腫のため、ふくらはぎの真ん中あたりで足を切断しなければならなかった。滑膜肉腫はまれに見られる軟部組織の癌であり、通常は腕、脚、足に発生する。過去45年間、タン氏は日常で使われる義足技術の進歩を目の当たりにしてきた。子ども時代の最初の義足は、彼女が親しみを込めて「アジュおじさん」と呼んでいた聾唖の技術者によって作られた。義足の上部は硬いソケットであり、タン氏はそこに靴下を履いた切断部分を入れた。タン氏は太もものつけ根に巻き付ける革の輪も持っていた。その輪には、義足の両側にしっかりと固定するための革のストラップが2本ついていた。

「とても嫌でした。義足に引っ掛けるために2つのものがぶら下がっていて、犬の首輪のようでした」とタン氏はAsian Scientist Magazine誌に語った。

しかし現在、タン氏の義足ははるかに快適で機能的なものになっている。彼女は切断部分をシリコン製の靴下で覆い、それを柔らかいプラスチックのソケットに入れる。柔らかいソケットは硬いソケットに滑り込み、硬いソケットは金属棒に取り付けられ、その先端は丈夫な足の形をしており、指もある。子ども時代の義足とは異なり、現在使用しているものは筋肉と肉体をうまく模倣している。また、足首に目立たないノブがあり、ヒールの高さの異なる靴を履くことができるように足首の関節を調整するのに役立っている。

タン氏は数十年にわたってこのような進歩を体験してきたが、近年、この業界では技術の進歩がとりわけ目覚ましい。これらの技術の進歩により、タン氏のような切断患者一人一人に合わせた多様性が進み、利用しやすくなった。アジア太平洋地域では、医療費の支出が増加するにつれて、ロボット義足が特に注目されている。インドに拠点を置く市場調査会社Coherent MIは、ロボット義足市場は2023年から2030年にかけて最も急速に成長し、年平均成長率は9.9%を超えると予想している。

仕組み

シンガポールのタン・トク・セン病院にあるフット・ケア・アンド・リム・デザイン・センターでは、トレバー・ビネデル (Trevor Binedell) 氏をはじめとする義肢装具士が患者と密接に協力して義肢を製作し、合わせている。センターの患者のほとんどは、糖尿病が原因で足や脚を切断した高齢者である。実際、シンガポール保健省によると、2021年に国内で下肢を切断した人の10人中9人近くが糖尿病患者であった。

ビネデル氏は患者に義肢が必要だと判断し、患者の目的を理解した後で義肢の製作に移る。彼は石膏を使って患者の切断部分の型を取り、その後、この型を使ってセンターの作業場でプラスチックまたは複合繊維を使用してソケットを製作する。

この方法では、試行錯誤を繰り返さなければならない。だが、ビネデル氏は最近、デジタル手法を使用して患者の切断部分をスキャンする方法を取るようになった。デジタルスキャンを利用すれば、ビネデル氏はソケットを作成する前に必要な調整を簡単に行うことができる。ビネデル氏は、義肢がぴったり合うように、患者の快適さに細心の注意を払っている。体重移動の方法から切断部分の圧力分布まで、患者のバイオメカニクスはそれぞれ異なるため、それに合わせて調整する必要がある。

今日、多くの患者も義肢のフィット感と外観について真剣に考えている。たとえば、タン氏は近所で義肢のつけ心地を試している。タン氏は「しばらくすると、完全に快適な靴を履くのと似た感じになりました」と教えてくれた。「歩き回ります。階段を少し上ったり下ったりします。坂道を歩いてみて、戻ってきてトレバーにどこが痛いのか伝えます」

この過程は数回繰り返され、ビネデル氏はタン氏のような患者が訪れるたびに、患者が義肢のフィット感に満足し、快適になるまで、細かい変更を加える。

バルカン・オーグメティクスはベトナムに拠点を置く義肢開発会社である。そのCEO兼共同創設者であるラファエル・マスターズ (Rafael Masters) 氏は、義足の設計と比較すると、義手の作成ははるかに複雑であると語る。マスターズ氏はAsian Scientist Magazine誌に対し、義手は、環境と複雑な相互作用を行えるように作る必要があると話した。

長年にわたり、義手の技術も進歩してきた。今日の義手の多くには、切断部からの筋肉信号を使用して手を制御するセンサーが取り付けられている。単純な開閉機能を持つ以前の義手と比較して、今日の義手はいくつかの異なるグリップパターンを実現させるプログラムを搭載することが可能である。

最近の進歩

現在、ビネデル氏はフット・ケア・アンド・リム・デザイン・センターで、特殊かつ高度な義肢を幅広く提供している。その一例として、膝関節を制御するマイクロプロセッサを搭載したロボット脚が挙げられる。歩行時に使用者が違和感を持つことのあるスプリング式の義肢とは異なり、マイクロプロセッサ制御の義肢はリアルタイムデータを収集して、脚の姿勢や動きを調整する。患者データは、患者と臨床医がアクセスできるアプリで保存し、管理される。義肢の交換が必要になったときには、新しい義肢にデータを転送することもできる。

アジアや海外の義肢研究者たちは、義肢の使用をシームレス化するために神経義肢の研究も進めている。米国ミネソタ大学生体医工学部の研究者であるアン・トゥアン・ジュール・グエン (Anh Tuan Jules Nguyen) 氏は「私たちが指を動かそうと思うとき、脳は末梢神経を通じて手の筋肉に制御信号を送り、何をすべきかを指示します」と説明する。「ロボットハンドを同じように機能させるには、このような信号を利用して神経情報を解読する必要があります」

そのようにするために、グエン氏と同じ学部の共同研究者であるヤン・ジー (Zhi Yang) 准教授は人工知能 (AI) を活用した。チームは関連する信号を捕捉するために神経線維に微小電極を埋め込む。次に、これらの信号は、特定の体の動きに一致する必要がある。ヤン准教授とチームは、特定の動きをしたい場合の信号がどのように見えるのか示す複数の例をAIモデルに与え、これらの信号を認識できるようにトレーニングする。すると、モデルは信号を認識し、ロボット肢を操作することを学習する。

「このシステムの主な利点は、利用者が感覚的に分かるということです。切断部を持つ者は、自分自身の手と同じように、対応する手の動きを思い浮かべるだけで義手を制御できます」とグエン氏は語った。

しかし、バルカン・オーグメティクスのCEOであるマスターズ氏は、業界は複雑なバイオニックハンドを過剰に販売すべきではないと語った。彼は、企業は複雑さよりも義肢の使いやすさを優先すべきであり、実用的でない期待を消費者に抱かせることは製品の放棄につながるため、避けるべきであると話した。そして、バルカン社のマルチグリップ筋電義肢は指に6つのメイングリップが備わっているが、患者の切断部分の筋肉によって上腕のセンサーが作動すると、指が収縮すると付け加えた。

筋電義肢にはいくつかのグリップオプションがあり、カードを持つものもハンドルを握るものも選べる。マスターズ氏は「使用者は、物を素早くつかむために使用できるものだけを必要としています」と述べた。「それが、使用者に提供したい第一の機能です」

マスターズ氏は、業界が作る義肢は本物の手足のように見せることに重点が置かれた義肢ではなく、もっと機能的な義肢(中央で割れてグリップが容易になるよう開閉するフック義肢など)の方が望ましいと考えているが、一部の患者は前者を好むようである。

シリコンなどの材料が入手しやすくなるにつれ、皮膚とほとんど同じ見た目と感触の義肢を設計することが可能になっている。シンガポール国立大学の手外科・再建マイクロサージャリー科の主任義肢装具士であるマイケル・レオウ (Michael Leow) 氏は、このような超リアルな義肢を製作している。このような義肢は、指や手の一部を欠損した患者に快適性を与える。

レオウ氏はAsian Scientist Magazine誌に対し「手の機能を維持しながら指や手の一部を欠損するのは、上肢切断の最も一般的なタイプです」と語った。「機能障害は比較的些細なことかもしれませんが、美観の喪失は患者に大きな苦痛を与えることが多いのです」

アジアでは、このような切断の大半は労働災害が原因で起きている。患者の多くは義肢なしで過ごすことを選択するが、義肢を希望するならば、レオウ氏に指を型取りしてもらい本物のような指を持つことができる。レオウ氏は、負傷していない指の型を取り、その寸法と色を正確に再現する。

レオウ氏は、義肢の製造に使用する型を作る成形機を使用するほか、同じ目的のために3Dプリントを使用することも考えている。レオウ氏は、「3Dプリントの義肢は製造コストが低いかもしれませんが、熟練した義肢装具士が製作する義肢に比べると、患者にとって本物らしくなく、見た目も魅力的ではないかもしれません」と話す。

3Dプリントの問題

義足の価格帯は1,500ドルから100,000ドルであり、通常はバイオニックレッグが最も高価である。3Dプリント技術は義肢を手頃な価格にする可能性を持つと宣伝されているが、それに同意しない者もいる。2020年、ビネデル氏とシンガポール工科デザイン大学 (SUTD) の協力チームは、3Dプリントを使い非金属のセルフロック式義手を開発した。これは従来の義肢よりも20%安価にできた。チームはデジタルスキャナーを使用して患者の腕の形状をキャプチャし、フィット感、快適性、機能性を考慮して腕を設計し、3Dプリントを行った。

SUTDのエンジニアリング製品開発部の主任研究者であるスブラジ・カルッパサミ (Subburaj Karupppasamy) 氏は、SUTDの記事の中で、「3Dプリントにより、製造上の制約から解放され、患者のニーズに合わせて設計を最適化することができました。さらに重要なことですが、この研究は、将来、義肢のニーズに対応するための患者固有の最終用途向け3Dプリント部品の基礎となります」と述べた。

このユニークなプロジェクトでは、プリントコストが安く、成果も良好であったが、ビネデル氏は、タン・トク・セン病院での日常診療で3Dプリントがスケーラブルな選択肢となるには、まだ長い道のりがあると考えている。病院の彼のチームは、3Dプリントでソケットと足首ブレースを試作した。しかし、コストに大きな違いはなかった。ビネデル氏は「3Dプリントが現在のプロセスに匹敵する製造プロセスになり得ると実証されていますが、私が見る限り、それが優れていることは示されていません」と述べる。

ビネデル氏によると、3Dプリント特有の課題の1つは、脚のソケットのフィッティングと調整である。ほとんどの場合、ソケットを調整して適切にフィットするように再プリントするのは簡単である。しかし、柔軟性の低いプリント材料では、ソケットを完璧にフィットするように調整するという重要な最後の工程は難しくなる。

「患者が受け入れてくれて、生活の中で確実に使用され、役に立つ脚とするには、最後の5~10パーセントの工程が非常に重要です」とビネデル氏は付け加えた。現時点では、伝統的な職人技と高度な技術を組み合わせることが最善のアプローチかもしれない。

ビネデル氏は「患者は最高のものを求めて来院しますが、必ずしも最先端技術の最高のものを求めているわけではありません」と語る。「患者が必要としているのは自分にとって最高の脚であり、それが何であるか、そしてそれをどのように作るかを考えるのが私たちの仕事です」

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