【AsianScientist】テクノロジーは睡眠の質の向上に役立つのか?

世界のどこよりも深刻な睡眠危機に直面しているアジアでは睡眠用ウェアラブルの市場が成長している。しかし、それらはどの程度役に立つのか? (2024年12月13日公開)

マイケル・チー (Michael Chee) 氏は起きている時間のほとんどを睡眠の研究に費やしている。研究者であるチー氏は、目に見えない、しかしアジア人に大きな影響を与えている健康危機を懸念している。シンガポール国立大学 (NUS) 睡眠・認知センター所長であるチー氏はAsian Scientist Magazine誌に対し「一般的に言って、アジア人はヨーロッパ人やオセアニア人よりも平日の睡眠時間が30分から60分短いのです」と語った。

消費者調査会社であるMilieu Insight社が2023年に実施した調査によると、東南アジア人の46%が週に数回以上さまざまな睡眠障害に悩まされており、最も悩まされているのはベトナム人(80%)とフィリピン人(79%)であることが明らかになった。調査で挙げられた最も一般的な睡眠障害は、入眠障害、頻繁な中途覚醒、睡眠・覚醒リズム障害だった。さらに、東南アジアの人口の59%が7時間未満の睡眠しか取っていないことも調査で指摘された。

多くの東南アジア人はテクノロジーに頼り、この問題を自分自身で解決しようとしている。このテクノロジーは多くの場合、スマートウェアラブル機器の形で提供され、睡眠時間、タイミング、効率性、規則性を測定する。これらのデバイスの中には「睡眠スコア」を表示するアプリにリンクしているものもあり、ユーザーは前夜の睡眠の質を簡単に把握できる。Coherent Market Insights社は、インドを拠点とするグローバルマーケティングの情報コンサルティング会社である。同社によると、このような睡眠モニタリングアプリの市場は、アジア太平洋地域で2024年から2031年の間に13.2%成長すると予想されている。

メトロマニラ(マニラ首都圏)に住む27歳のアンジェリ・レイエス (Angeli Reyes) 氏は、睡眠トラッカーのユーザーの1人である。レイエス氏はAsian Scientist Magazine誌に対し、10代の頃から十分な睡眠をとるのに苦労していることを話してくれた。1日を活発に過ごし疲れ果てている日でも、午前2時までベッドで寝返りを打つことがある。ほとんどの朝、彼女は疲れ果てた状態で目を覚ます。このサイクルが繰り返し続いている。

睡眠ウェアラブルは信頼できるか?

客観的な睡眠データは主に2つの方法で収集される。1つは睡眠研究室の中で、これは睡眠ポリグラフとも呼ばれる。もう1つはアクチグラフを使用する。睡眠ポリグラフは睡眠を測定するためのゴールドスタンダードとみなされており、バイタルサインの中でもとりわけ脳の活動、気流、心拍数、筋肉の活動などを記録するため、人の睡眠構造を客観的に測定できる。一方、アクチグラフは、医療向けのウェアラブルデバイスであり、体の動きを追跡する。

このようなデバイスは睡眠を正確に測定することはできないものの、動いていないことを睡眠として記録する。1970年代に開発されて以来、アクチグラフは長い間、1回の検査に高額な費用がかかる睡眠ポリグラフの代替として考えられてきた。アクチグラフは長期間使用でき、研究や臨床での使用が承認されているため、この技術は睡眠覚醒サイクルの継続的なモニタリングに実行可能なオプションとなっている。

しかし、世界中のデジタルヘルス革命の一環としてレイエス氏が使用しているような消費者向け睡眠ウェアラブルが市場に登場したのは、2010年代初頭のことであった。その起源は、当初は動きと身体活動のみをモニタリングするために作成されたフィットネストラッカーと密接につながっている。

時が経つにつれ、社会が個人の健康トラッキングの利点を受け入れるようになると、スマートフォンから時計まで、消費者向けデバイスに睡眠センサーが組み込まれるようになった。

このような睡眠ウェアラブルデバイスが生成するデータの正確性については議論があるが、チー氏等が2023年にSleep Health Journalに発表した論文によると、繰り返し改良された高品質の消費者向け睡眠ウェアラブルデバイス(Oura Ring Gen3やFitbit Senseバンドなど)は、研究室での睡眠研究に匹敵する正確な睡眠データを生成した。

「これらのツールは、健康であり、睡眠障害が著しくない人の睡眠を対象とした縦断的研究に適しています」とチー氏は述べた。チー氏は、最高の睡眠の質の測定を望む消費者も、これらのツールの使用から恩恵を受けるだろうとも付け加えた。レイエス氏はスマートウォッチに内蔵されたトラッカーから睡眠の質のデータを取得しており、データを見ることで睡眠習慣についてより適切な判断ができると述べた。「午前1~2時を過ぎて寝ると睡眠の質が悪いと表示されることに気づいたので、できる限り早く寝るようにしています」とレイエス氏は述べた。

消費者向けウェアラブルは、レイエス氏の場合のように睡眠障害の兆候を示すことはできる。だがチー氏は、消費者の睡眠障害が継続するならば、そのデータを研究室での睡眠研究の代替になると誤解すべきではないとはっきり述べた。

「はっきりさせたいのですが、睡眠ウェアラブルは人が眠りにつくのを助けるものではありません」とチー氏は述べた。「[トラッカーを]使用していて、[睡眠の]主観的評価と客観的評価に違いが見られる場合は、何か問題があるので睡眠専門医に診てもらいましょう」

睡眠障害

睡眠が人々の体に生まれつき備わっているものならば、なぜ睡眠に苦労するのか?マニラを拠点とする睡眠専門家のリザ・ロミゴ (Liza Lomigo) 氏はAsian Scientist Magazine誌に「よい睡眠をとる能力に大きな影響を与えるのは、睡眠衛生の悪さです」と述べた。ロミゴ氏によると、不規則な睡眠スケジュール、カフェイン入りの飲み物やアルコールの摂取、就寝前のブルーライトを発する機器の使用は、睡眠の質を妨げる可能性がある。そのため、一部の人々は7時間という推奨睡眠時間を取っても十分に休んだと感じられない。

睡眠の問題は年齢層によっても異なる。2019年、オーストラリアのフリンダース大学の研究者たちにより、世界中で16~30歳の青年たちの睡眠時間が数年間にわたり着実に減少していることが示された。この研究によると、ヨーロッパの青年の睡眠時間は7時間をやや上回っていたが、アジアの青年の睡眠時間は6時間30分と最も短かった。

一方、加齢を原因として、高齢者は早朝覚醒や睡眠の断片化を引き起こす睡眠・覚醒相前進障害を発症する傾向がある。また、薬や併存疾患が原因で不眠症になりやすい場合もあるとロミゴ氏は述べた。

文化的要因も、睡眠の量や少なさに影響を及ぼす可能性がある。2023年、Scientific Reportsにある研究が発表された。その研究によると、国内総生産や個人主義などの社会文化的要因が、睡眠の量と質に影響を与える可能性がある。例えば、集団主義(個人よりもグループを優先する習慣)スコアが高く、個人主義スコアが低い国では、夜間の社会的義務が比較的強いため、睡眠時間が短くなるかもしれない。この研究では、スペインと日本の2か国を集団主義スコアが最も高い国としていた。

そのため、そこの住民の就寝時刻は最も遅かった。NUSの睡眠・認知センターおよびフィンランドの睡眠技術の新興企業であるOura Health社の研究チームが実施した別の睡眠研究も、これらの調査結果を裏付けている。チームは、アジア人はヨーロッパ人に比べて週末の睡眠時間が短い傾向があることを発見した。

NUS睡眠・認知センターの上級研究員であるエイドリアン・ウィロビー (Adrian Willoughby) 氏はプレスリリースで「ヨーロッパでは、週末は一般的にリラックスしたり、友人や家族と社交活動をする時間と考えられています。しかし、アジアでは、人々は週末に仕事の遅れを取り戻したり、時間がなかったために平日に行わなかったことをしたり、家族の義務を行う場合があります」と述べた。チー氏はウィロビー氏の発言の補足として、「オフィスや電車などで居眠りするなど、昼寝で[睡眠不足を]補う人もいますが、多くの人が感じるように、これは明らかに良い睡眠ではありません」と話した。

睡眠に関する考え方を変える

チー氏のような睡眠研究者にとって、構造の変化を起こさなければ睡眠危機は解決できない。十分な睡眠を取れない人のほとんどについては、ライフスタイルの選択が原因である。ライフスタイルの選択には自分でコントロールできるものもあるが、社会文化的要因や経済的要因により変えるのが難しいものもある。

たとえば、フィリピンでは、睡眠の健康に関する国民の意識を高めるために多くのことを行う必要があるのだが、ロミゴ氏は「フィリピン人の多くは、積極的に睡眠の健康を求めようとはしません」と語る。

「米国やヨーロッパなどの西洋諸国は、睡眠障害が経済や医療の利用に大きな影響を与えていることを認識しています。しかし、アジアではまだ取り組みの最中なのです」と彼女は付け加えた。

ロミゴ氏が所属するフィリピン睡眠薬学会は、人々に良質な睡眠の重要性を理解させている。2002年の設立以来、同会は睡眠障害の認識と管理について医療従事者を教育するために、いくつものシンポジウム、会議、セミナーを開催してきた。

2023年、フィリピンでは睡眠障害に関する国内データの不足に対処するために、睡眠障害の認識と教育プログラムの確立を目的とする法案が提出された。この法案は、睡眠障害の患者を特定すること、睡眠障害に対する国民の認識を高めること、及びその治療と予防について教育者を訓練するプログラムを実施することを保健省の義務としていた。

2003年、シンガポールのNUS睡眠・認知センターは、研究参加者がOuraリングを装着して得たレディネススコアに基づいた研究を発表した。Ouraリングは人の睡眠、活動、ストレス、心臓の健康に関するデータを収集し、これらのデータをレディネススコアに変換する。基本的に、スコアは人の体がその日の課題に向かい合う準備ができているかどうかを示す。この研究では、学生の睡眠時間が長いほど気分が良くなり、モチベーションが高まり、眠気が減ることが示された。

「社会全体が[睡眠の健康が]非常に重要であることを認識する必要があります。健康、幸福、効率を真剣に改善するためには、睡眠に注意を払わなければなりません」とチー氏は述べた。

消費者向け睡眠トラッカーには改善すべき点が数多くあるものの、新しい手段を提供してくれるので、研究者は睡眠データを収集して研究を進め、一般大衆は情報に基づいた選択を行い、健康を適切に管理することができる。

「睡眠は『健康の新たなフロンティア』と言われています。最近まで睡眠についてはほとんど知られていませんでした」とロミゴ氏は言う。「新しい研究や技術が発見されつつある現代は、睡眠医学にとって非常にエキサイティングな時代です」

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