世界初のアジア免疫多様性アトラス (AIDA) は、アジア系集団のために、より正確な診断と個別化治療への道を切り開くこととなろう。(2025年7月1日公開)
シンガポール、韓国、日本、タイ、インドのアジア5か国の科学者たちは、世界初となるアジア免疫多様性アトラス (AIDA) を作成した。これは、多様なアジア系集団の免疫細胞を網羅した単一細胞解像度の包括的なマップである。
Cell誌に発表されたこの研究により、アジアの人々はより正確な診断と個別化治療を受けられるようになるかもしれない。
シンガポール科学技術研究庁 (A*STAR) 傘下のシンガポールゲノム研究所 (GIS) の副所長であり、本研究の筆頭著者でもあるシャム・プラバカール (Shyam Prabhakar) 氏は「アジア系集団に特化した免疫細胞アトラスを作成することで、世界のゲノム研究における大きな空白を埋めることができます」と語った。
彼は「ヒトの生物学的多様性は年齢、性別、祖先の遺伝子などといった要因の影響を受けるのですが、健康状態に大きく関係するため、正確な臨床的知見を得るには、集団固有の参照アトラスが不可欠なのです」と付け加えた。
医師たちは結核や白血病などの疾患を見つけるにあたり、既に免疫細胞数を用いている。科学者たちは新たな単一細胞ゲノム解析ツールを用いることで、各免疫細胞をかなり詳細に調べることができるようになった。これは、狼瘡などの疾患に関連する免疫パターンを特定したり、免疫療法などの治療に対する反応を予測したりするのに役に立つ。
しかし、これまでの生物医学研究のほとんどはヨーロッパ系の集団に焦点を当ててきた。そこでAIDAの出番である。
プラバカール氏は「既存の細胞アトラスのほとんどはヨーロッパ系の集団を中心としていますが、アジア免疫多様性アトラスは、アジアに居住する健康なアジア系ドナーの細胞プロファイルの特徴を定める取り組みから生まれました」と話した。
彼は「AIDAにより、アジア系集団の健康な免疫ベースラインがこれまでにない解像度で明らかになり、アジア人の血液免疫細胞の詳細な基準範囲が出来上がります」と付け加えた。
このアトラスを作成するにあたり、研究者たちはシンガポール、中国、マレー、インドなどの民族を含むアジア5か国625人の健康なドナーから採取した120万個以上の免疫細胞を解析し、民族、年齢、性別といった要因が免疫細胞の割合や遺伝子発現に与える影響について評価した。
A*STAR GISの科学者であり、本研究の筆頭著者であるコック・キアン・ホン (Kock Kian Hong) 氏は「疾患リスク、病因、診断に関連することが知られている細胞や遺伝子などについて、前例のない解像度と規模で解析することができました」と語る。
この研究から、ドナーたちが自己申告した民族性は、性別とほぼ同程度に血球濃度に影響を与えることが分かった。また、年齢と性別が免疫細胞に与える影響は、アジア系民族の間でも異なることが分かった。ある細胞の種類や特定の遺伝子が他の集団よりも2~8倍の高頻度で見られる例もあった。このような違いは、疾患診断や健康リスク評価の改善に役立つことと思われる。
研究者たちは、アジア系集団に特有の分子的特徴も発見した。この特徴により、特定の感染症や自己免疫疾患にかかりやすい人々がいる理由を説明できるかもしれない。
例えば、タイ人ドナーは単球の値が低かった。これは、医療ベースラインを設定する際に民族性を考慮する必要があることを示唆している。韓国人ドナーは制御性T細胞の値が低く、これは自己免疫疾患のリスクが高いことに関係していると考えられる。狼瘡などの疾患で重要なCD4+ナイーブT細胞の値も、韓国人、シンガポール系中国人、マレー人と言った民族により異なり、年齢によっても異なっていた。FCER1A遺伝子は、中国人に比べてシンガポール系インド人で活性が高く、免疫反応における遺伝的差異が明らかになった。この研究では日本人集団における既知の疾患関連変異体と、HIF1A遺伝子近傍の関節リウマチ関連変異体のような特定の免疫細胞型との関連も明らかになった。
これらの研究結果から、免疫プロファイリングと遺伝子データを組み合わせれば、アジアにおける正確度の高い集団特有の診断と治療への道が開かれることがわかった。
「私の予測ですが、医師たちがAIDAを活用して、次世代の血液検査を開発し、様々な疾患の診断に用いることができるようになるでしょう」とプラバカール氏は語った。