気候変動ストレスが原因となって世界の食生活は混乱し、栄養価の高い食品の入手が難しくなり、そのため、腸内マイクロバイオームの回復力が損なわれている。(2025年7月3日公開)
気候変動が、我々が呼吸する空気や栽培する作物だけでなく、体内に生息する微生物にも影響を与えているとしたらどうするか?The Lancet Planetary Health誌に掲載された新しいレビュー論文は、気温上昇、異常気象、そして食品の品質低下が、人間の腸内マイクロバイオームを静かに変化させていることを取り上げている。
ミシガン州立大学の微生物生態学者であり、このレビュー論文の筆頭著者であるエレナ・リッチマン(Elena Litchman) 氏は、「腸内マイクロバイオームは、気候関連の健康脆弱性を検知する敏感なバイオセンサーとして機能しているかもしれません」と語る。「腸内微生物の構成に変化があれば、それは人類に向けられた気候ストレスの早期警鐘のサインとなり、的を絞った介入の指針とすることができます。しかし、世界のマイクロバイオーム研究は依然として高所得国に大きく偏っています。特にアジア、アフリカ、ラテンアメリカから幅広いデータを得なければ、気候変動が実際に人間の生態を変化させている様子を見逃してしまう可能性があります」気候変動ストレスが原因となって世界の食生活が混乱し、栄養価の高い食品の入手が難しくなるにつれ、腸内微生物の多様性と回復力は損なわれる。特にインド、バングラデシュ、パキスタン、ネパール、インドネシア、フィリピンなどの低・中所得国の地域社会は既に栄養失調や水系感染症に関する深刻な負担を抱えているのに加え、猛暑、不安定な降雨量、食品品質の低下といった新たな負担にも直面している。この研究は、これらの変化が既存の健康格差を悪化させる可能性があり、バランスの崩れたマイクロバイオームは発育不全から代謝性疾患まであらゆる疾患に関連すると警告する。
気候変動と腸の健康の関連性は、食物を通じて最も明白に現れる。大気中の二酸化炭素濃度が上昇すると、米、トウモロコシ、小麦などの主要作物の栄養価が低下することは分かっている。植物を二酸化炭素濃度の高い環境で育てると、亜鉛、鉄、カリウムなどの重要な微量栄養素、そしてたんぱく質の濃度が低下する。こうした影響は微々たるものに見えるかもしれないが、時間の経過とともに蓄積され、すでに栄養不足に陥りやすい集団にとって大きな脅威となる。
腸内マイクロバイオームは食事に対する反応性が高い。食物繊維・微量栄養素・多様性の足りない食事は、腸内マイクロバイオームの豊饒性と回復力を低下させ、感染症、炎症、代謝障害に対する感受性を高めることが知られている。子どもの場合、幼少期の栄養失調は腸内マイクロバイオームの発達を恒久的に阻害し、生涯にわたる健康への影響をもたらす可能性がある。このレビュー論文は、気候ストレスの影響を受ける地域で食料不安が高まるにつれて、これらの影響が深刻化すると指摘している。このような傾向は南アジアにおいて特に大きな問題となっている。南アジアでは気候変動により、2050年までに穀物の収穫量が最大40%減少すると予測されている。このため、食料不安が深刻化し、健康な腸内マイクロバイオームに不可欠な多様で栄養価の高い食事を取るのが難しくなると考えられている。
さらに、伝統的な食生活、特に先住民族や農村の食生活が脅威にさらされている。先住民族や農村の食生活には、通常、腸内マイクロバイオームの善玉菌を自然に補充する発酵食品が含まれている。しかし、気候変動によって農業サイクル、食品の保管環境、採食行動パターンが乱れると、その地域社会は工業的な食品や加工食品に切り替えざるを得なくなってくる。通常、これらの食品は、食物繊維や栄養素が乏しく、糖分や保存料を多く含み、マイクロバイオームのバランスはさらに崩れてくる。
問題は食べるものだけにとどまらない。このレビュー論文によると、気候変動は、人々が毎日接する広範な微生物環境にも変化をもたらしている。土壌、植物、動物、そして空気さえも、特に幼少期にヒトのマイクロバイオームと相互作用する微生物を運んでくる。森林伐採、都市化、生物多様性の喪失によって生態系が破壊されるにつれ、周囲の微生物多様性も減少し、人々が接触する微生物の種類も限られてくる。
汚染はもう一つの問題となる。気候変動ストレスは農業やインフラに影響を与え、農薬使用量、マイクロプラスチックへの曝露、食品や水に含まれる重金属による汚染が増加している。これらの物質が腸内細菌に悪影響を及ぼし、善玉菌を死滅させ、悪玉菌の増殖を促進することは分かっている。清潔な水や医療へのアクセスが限られている国では、これらのリスクは増加する。
アジアには世界で最も気候変動の影響を受けやすい人々が多く居住しており、腸内マイクロバイオームは、気候変動が健康を内側からどのように変えているのかを知る上で、重要でありながら見過ごされがちな視点を提供してくれる。地域特有のデータがなければ、体内に潜む早期警鐘のサインを見落としてしまうかもしれない。