アジア全域で、障害を持つ人々が肉体的・社会的障壁を打ち破ってSTEM分野に入り、他の人々に道を切り開いている。(2025年7月8日公開)
ヴィディヤ・Y (Vidhya Y) 氏がインドのカルナータカ州の小さな村で育ったのは1990年代後半のことだった。ヴィディヤ氏は、科学は自分に向いていないと常に言われていたことを覚えている。何といっても、彼女は教科書の数式を読むことも、先生が教室で描いた図表を勉強することもできなかった。ヴィディヤ氏は生まれつき全盲だったため、聴覚、触覚、そして記憶に頼って学ぶしかなかった。
ヴィディヤ氏はAsian Scientist Magazine誌のインタビューで「当時、視覚障害者で5年生以上の数学や科学を学べる人はほとんどいませんでした」と話してくれた。「そのため、私は一般の学校で10年生まで進んだだけでなく、数学を専攻し、州の試験に最高の成績で合格し、コンピューターサイエンスの学位を取得して卒業した初めての視覚障害者として、メディアで大きく取り上げられました」
ヴィディヤ氏は、表向きは成功した人である。だが、その成功は私生活での苦労の連続の上に成り立っていた。彼女は、優秀な成績にもかかわらず、障害を理由に学校、大学、就職の申請をことごとく却下されたことを覚えている。試験時間の延長や授業支援技術の利用といった配慮を大学当局や州当局に何度も訴えたが、ほとんど無視された。多くの人はこう言った。「なぜ他のことをしないの?本当に他の人についていけるの?」
しかし、ヴィディヤ氏はひとりではなかったし、忍耐強かった。両親や友人がボランティアの家庭教師を何人か紹介してくれた。家庭教師たちは、幼少期から大学進学までの学習の空白を埋める助けをしてくれた。「地域社会のために行った初めての経験」として、ヴィディヤ氏は、いとこと一緒に政治家たちの家のドアを叩き、彼らが歩み寄るまで粘り強く活動したことを覚えている。その努力は報われ、カルナータカ州政府は、ヴィディヤ氏だけでなく、彼女のようなすべての学生のために、公立試験の試験期間を延長することに同意した。
ヴィディヤ氏はその後、インド情報技術大学 (IIIT) バンガロール校でプログラミングの修士号を取得し、マイクロソフト・リサーチ・インディアで1年間のインターンシップを経験した。ヴィディヤ氏は「あのインターンシップを通して、科学分野でのキャリアはやりがいがあるだけでなく、視覚障害者でも成功できるのだと気づきました」と語る。「ただ、他の人たちは視覚障害者には無理だと思っていただけなのです」
世界保健機関 (WHO) の2023年報告書によると、世界中で約13億人が何らかの障害を抱えて生活している。しかし、特にアジアにおいては、科学教育や関連職業に進む障害者の数に関するデータはごく限られている。
シンガポール人材開発省をはじめとする国家規模の広範な人口統計報告書から、その一端を垣間見ることができる。2022年から2023年にかけて、シンガポールでは就労している障害者 (PWD) の87%がサービス業に従事していた。そのうち、STEM(科学、技術、工学、数学)分野と非STEM分野の両方を合わせても、高度専門サービス部門に従事していたのはわずか4.5%であった。
ヴィディヤ氏はインドの詳しい情報を教えてくれた。「現在、世界の視覚障害者の約3分の1がインドに居住しており、そのうち110万人以上が就学年齢です。詳細なデータは入手できませんが、独自の二次資料に基づいて、高等教育レベルでSTEM関連の教育を受けた視覚障害者はインド全土で50人未満と推定しています」
彼女の国内人口推計は、国際失明予防協会 (IAPB) により裏付けされる。IAPBは、眼の健康を支援し、英国に登録している世界的な連合体であり、慈善団体、病院、学術機関、専門団体、企業などから構成されている。IAPBの推計によると、2020年時点で世界の失明者4300万人のうち、約920万人がインドに居住している。
ヴィディヤ氏はSTEM分野で活躍する障害者の能力に対する社会の偏見を変え、「仕事を求めるのではなく、創り出す」ことを決意し、マイクロソフト時代の友人であり研究助手でもあるスプリヤ・デイ (Supriya Dey) 氏と一緒に活動を始めた。また、指導者であり、III-Tバンガロール校のグローバル・サウス・アクセシビリティ・センターの責任者でもあるアミット・プラカシュ (Amit Prakash) 教授にも協力を要請した。そして2017年、ヴィディヤ氏は彼らと共に視覚障害のある子どもたちのために包摂的なSTEM教育の開発を目指すビジョン・エンパワー (VE) という非営利団体を設立した。
現在VEの理事を務めるデイ氏はAsian Scientist Magazine誌に対し「定性調査を行ったところ、注目すべき3つの主な不足分野が明らかになりました。それらは、アクセスしやすい正式なSTEM学習教材、視覚障害者向けSTEM教育における教師の研修、そしてインドの状況に適した手頃な価格の支援技術です」と語った。
障害教育分野では国内外の組織によって既に多くのツールや手法が開発されていたものの、「各組織が独自の取り組みを行っており、教師自身もそれぞれの組織について何を行っているのかはっきりとは理解していませんでした」とデイ氏は語る。「VEは、参加型デザイン形式を用いて皆をまとめ、共同の解決策を生み出せると感じました」
教師、大学、STEM協会、世界的な教育専門家、テクノロジー企業、政府機関との協議に基づき、VEは視覚障害を持つ学生向けの包摂的なSTEM教育プログラムとリソースを開発した。無料で利用できるモジュールは、政府のSTEM教育要件を満たすように設計されており、インドの盲学校139校に導入されているとヴィディヤ氏は述べた。
デイ氏はさらに、「視覚障害のある学習者だけでなく、他の障害を持つ学習者にも適応できる柔軟性の高い物理的リソースとデジタルリソースを作成するために、学習方法としてのユニバーサルデザインを最優先しました」と語った。「私たちのリソースは、教師や学校がデジタルリテラシー、体験型STEM教育法、そして触覚図や模型といった状況に応じた独自の教材を作成する上でも役立ちます」
こうしたリソースには、視覚障害を持つ教師のために設計されたデジタル学習管理システムであるSubodha、子供と大人の両方の読者向けに設計された、地元で生産された低価格の点字表示装置であるHexis、そして生徒向けの読書コンテンツを作成するために教師がHexisシステム上で使用する、クラウド多言語文字点字会話ソフトウェアであるAntaraなどがある。
「全体的に、各州の教師や体験者からのフィードバックは励みになっていますが、私たちの活動が広く影響を与えるかどうか、つまり、視覚障害を持つ子供たちが高等教育を受け、あるいはSTEM分野の職業に就くかどうかといった影響を定量化するには何年もかかるでしょう」とデイ氏は述べた。「まだやるべきことはたくさんあります」
大陸の向こう側にある日本の東京大学では、あるチームが力を合わせ、STEM分野において、研究室を障害者にも開かれたものにするという、これまであまり顧みられていなかった試みを行っている。
東京大学でインクルーシブデザイン・ラボラトリー (IDL) を率いる並木重宏准教授は「日本では、2016年に障害者差別解消法により、教育機関は障害を持つ学生に対して合理的配慮を行うことが義務となりました。それ以来、日本の大学では障害を持つ学生の入学者数は4倍に増加したと言えるでしょう」と述べる。「しかし、教室における『合理的配慮』とは何かは十分に確立されているものの、研究室については必ずしもそうとは言えません」
並木准教授は元々昆虫の生態を調べる生物学者だった。だが、自己免疫性神経疾患を患い、2015年から車椅子生活を送るようになったことをきっかけに、研究分野を変えた。上半身は今でも問題なく動くものの、一般的な研究室では、日常生活で遭遇する障害と同じ障害に悩まされる。研究室の構造や設備の多くは、立ち、歩き回り、安定して物に手を伸ばせるユーザーを想定して設計されているためである。
並木准教授は、自分のような人々が研究室を利用しやすくなるように、2020年にIDLを開始した。物理的アクセシビリティはIDLの重点分野の一つであるため、並木准教授のチームは、高さ調節可能なタッチレス洗面台や、角のない形状で車椅子でも利用できる緊急シャワーなど、研究室の共通設備を設計し直した。
「しかし、これらの設備はかなり高価です。他の研究室、大学、小学校でも広く利用できるよう、費用対効果の高いものにする取り組みを進めています」と並木准教授は語る。「また、現在は車椅子利用者の視点に焦点を当てていますが、私たちの目標は、すべての人々が利用できる研究室を作ることです」
IDLはまた、教師が障害のある生徒を評価し、学校の研究室で自主的な実験を行うにあたり必要となる配慮を具体的に検討するために、ウェブを使った無料の学生向け実験支援ツールを開発している。
「私たちの目標の一つは、日本のすべての障害のある生徒がSTEM分野でのキャリアを追求できるようにすることです」と並木准教授は語る。
日本の障害者差別解消法や韓国の障害者福祉法といった政策措置は、進展は遅いものの、アジア諸国政府の間で雇用や教育における障害者に対する差別防止への関心が高まっていることを反映している。シンガポールの社会・家庭発展省が設立した団体であるSG Enableなどの取り組みにより、職場や社会の他の側面では障害者の包摂性向上に向けた努力の成果が現れ始めている。
SG Enableのサービス開発(雇用)ディレクターであるエドワード・チュー (Edward Chew) 氏はAsian Scientist Magazine誌のインタビューで、「STEM分野には、障害者が持つ多様で革新的な視点と独自の能力により、彼らが活躍できる余地はまだまだあります」と述べた。「STEM分野に限らず、障害者の就労機会に影響を与える主な課題は、雇用主の意識を変え、障害者の長所を評価し、認識できる人々を増やすことです」
SG Enableは、障害者雇用と職場風土について同団体から認定を受けたSTEM分野の企業と提携している。2024年8月、SG Enable、SIM人材開発基金、シンガポール技術教育研究所は、障害のある学生を、陸上輸送工学など、大きな労働力を必要とする高成長分野の技術職と結びつける正式な取り組みであるEnableパスウェイ・プログラム (EPP) を立ち上げた。
「EPPはまた、障害のある学生とその学習過程、そして就職機会とのマッチングを促進し、学校から就職までの流れ全体を通して障害のある学生を支援することを目指しています」とチュー氏は付け加えた。
科学分野の中で障害者が改善された包摂性を体験するにはどうすればよいかという問いに対して、ノライシャ・マイディン・ハジ・アブドゥル・アジズ (Noraishah Mydin Haji Abdul Azi) 氏は個人的に体験した回答を持つ。それは「指導者」である。包摂性の本質は、政治的・技術的な解決策にとどまらず、科学分野に携わる人々が、その分野に参入したい人々を導き、支援することが求められる。
マレーシア・プトラ大学生物医科学部の准研究員であるノライシャ氏は、Asian Scientist Magazine誌のインタビューで「幼稚園であれ大学であれ、あなたのことを気にかけてくれる人、あなたを特別と思う人、あなたのスキルと情熱を生かせる最適な道を見つけようとしてくれる人が必要です」と語った。
ノライシャ氏はマレーシアのセルダンにある窮屈な教員室に、「世界で一番好きな写真」を飾っている。それはマウスの胚の鮮明な電子顕微鏡写真であるが、脊髄は半分閉じている。今日では、脊髄が閉じる過程で生じる欠陥が、ノライシャ氏が生まれつき持っている二分脊椎症などの先天性疾患につながることが分かっている。
彼女は「私は一生涯患者ですが、科学者でもあります。おそらく二分脊椎症を患いながら博士号を取得したのは、世界で私だけでしょう」語ってくれた。
ノライシャ氏にとって、移動補助具の使用と度重なる病院通いは幼少期から日常のことだった。だが、学術機関からの拒絶もまた、ノライシャ氏の生活の一部であった。しかし、彼女は、熱心な教師たちが科学の道に進むという彼女の決意を支えてくれたと話す。ノライシャ氏の言葉によると、1998年、彼女は「マレーシアの公立大学で純粋科学課程を卒業した最初の車椅子の学生」となった。その後、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン (UCL) では、少ないながらも研究室の扉を開いてくれた人々がいた。その中にいたのは発達神経生物学者であるアンドリュー・コップ (Andrew Copp) 氏やニコラス・グリーン (Nicholas Greene) 氏などの指導者たちである。
教員室の顕微鏡写真はノライシャ氏がコップ氏とグリーン氏の研究室で撮影したものであり、長年の努力の集大成となった。研究だけでなく、科学を行う権利のために闘ってきたことの集大成であり、彼女の道を導いてくれた人々のおかげでもあった。
「アンディとニックは私にとってヨーダとオビ=ワンのような存在でした」とノライシャ氏は語る。「コップ研究室はUCLで初めて、私のような障害を持つ学生を受け入れてくれた研究室でした。そしてニックの揺るぎないサポートは、今日に至るまで、私の研究者としてのスキルを磨き、何年にもわたる激務にも負けない原動力となりました」
現在、ノライシャ氏は、障害を持つ学生を含めた自身の学生たちに、自身が受けたのと同じ指導を行っている。
「科学とは、究極的には知性の出会いです」とノライシャ氏は語る。「あなたが知覚のある人間であり、学び、周囲の世界を理解することができる限り、どんな境遇にあろうとも、科学的知識を追求する道を誰も否定すべきではないのです」