【調査報告書】『アジア・太平洋主要国における人工知能(AI)の政策と研究開発動向』

2025年8月12日 JSTアジア・太平洋総合研究センター

科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターでは、調査報告書『アジア・太平洋主要国における人工知能(AI)の政策と研究開発動向』を公開しました。以下よりダウンロードいただけますので、ご覧ください。
https://spap.jst.go.jp/investigation/report_2022.html#fy24_rr06

エグゼクティブ・サマリー

人工知能(AI: Artificial Intelligence)は世界各国の経済発展の基盤であるとともに、安全保障を左右する重要技術と認識され、政策的な振興が強化されている。論文発表数(2023年)は2021年に比べて約2倍に達し、特許登録数(2023年)は2022年比で約30%増えるなど、研究開発競争が激化している。更にAI技術自体の研究開発はもとより「科学のためのAI(AI for Science)」においては、AIの利活用方法が当該科学分野の成否を分けるため、競争に一層の拍車が掛かっている。

2025年に入り、中国企業が低コストの高性能AIモデルを発表したことで、アジア・太平洋地域の研究開発力に対する注目度は一層高まっている。AIモデルはオープンな形で提供される場合も多いため、中国以外のアジア・太平洋諸国も、AI技術を産業に応用することで急速な経済発展が期待されている。

本報告書は、中国、インド、韓国、オーストラリア、シンガポールを対象に、AI技術の政策と研究開発動向を調査し、日本が各国と同技術について推進する科学技術協力の基盤構築に資することを目的とする。特に、AI技術の社会実装の速さと実世界上の倫理的・法的懸念の大きさに鑑みて、「ガバナンス」についても、世界の潮流と各国の動向を含めることとした。

今日のAI技術の発展は、機械学習に支えられた大規模言語モデル(LLM)の隆盛に代表される。本調査では、要素技術として「学習」のほか「自然言語処理」「画像処理」「推論」に注目した。機械学習はパターン処理に強みを発揮する一方で、大量の教師データや計算資源を必要とし、実世界状況への臨機応変な対応や、意味理解・説明等の高次処理を不得意とする。今後の研究開発の方向性として、これらの欠点を克服する次世代AI モデルの開発が積極的に行われると見込まれる。また、LLMと併存する様々な機能別の小規模言語モデル(SLM)や、フィジカルAIもしくはエンボディドAIも注目を集めている。更には、社会領域での利活用を目指したAIの研究開発や科学分野の研究開発を促すAIの利用(AI for Science)も、大きな潮流になると考えられる。こうした中、アジア・太平洋の諸国では、各国の言語文化的多様性に即した機能を備えるLLMの開発が進むとともに、中小国ではSLMの開発も進められている。また、AI技術の適正な利活用を促すべく、各国政府は、OECDの「AI原則」(2019年)や国連の「AI倫理に関するユネスコ勧告」を参照し、独自の基本法や規制ガイドラインを設けている。日本も「広島AIプロセス」(2023 年)を機に国際連携の場を主導し、2025年2月には研究開発や利用を振興するAI法案が閣議決定された。

調査対象とした国の結果概要は以下の通りである。

中国では、「中国製造2025」政策(2015年)における「知能製造」概念の提唱、および国務院の「インターネット+(プラス)行動推進指導意見(2015年)」でAIがインターネット+戦略の1つとして指定されてから、徐々にAIの重要性が高まった。2017年に李克強首相(当時)が政府業務報告でAIに触れたことを起点に、中国政府はAIに関する諸政策を数多く打ち出し始めた。習近平総書記が2023年9月に「新質生産力」を提起して以来、これが経済発展の重要なキーワードとなり、AI+政策がその実現方法の一環として提示された。中央政府はAI実験区の建設を進める一方で、一帯一路構想に根ざす独自のグローバルガバナンス・イニシアチブや安全性の担保に関する枠組みを発表している。こうした支援の下、清華大学およびその卒業生によるスタートアップが特に優れた研究成果を発表するほか、ディープシークなどの新興企業が低コストで高性能なAIモデルを開発し、世界トップ水準の研究開発大国となっている。

インドでは、年平均25~35%と急速に成長するAI市場において、高度な開発スキルと技術者コミュニティへの貢献度を備える豊富なAI人材を蓄積している。こうした市場規模や人的資源の拡大を後押しするかたちで、国家レベルでの研究開発推進が本格化した。2018年に科学技術イノベーション首相諮問委員会が人工知能(AI)国家ミッションを9つの国家ミッションの1つに位置づけ、2023年には「インドAIミッション」として正式に予算化された。20余に及ぶ言語的多様性を反映し、"BharatGen"といったLLMの開発が進んでいる。インド工科大学(IIT)のマドラス校、デリー校といったトップ校のほか、国防関連の研究機関もAI の研究開発を担っている。

韓国では、第4次産業革命の下、半導体・自動車・情報通信(ICT)など主力産業の技術優位性を維持するための基盤技術としてAIを位置付け、国家戦略や基本法の整備を進めている。文在寅政権の発表した「人工知能基本構想」(2019年10月)や「AI戦略」(2019年12月)を経て、尹錫悦政権の発足以降も国家戦略技術として位置付けられ、技術戦略ロードマップ(2023年)やAI・半導体イニシアティブ(2024年)によって強化されている。2024年からは「国家人工知能研究拠点(National AI Research Lab)」の構築が始まった。5年間で総額360億ウォンの政府支援と民間投資をもとに拠点を整備し、国の主力産業である半導体、自動車(自動運転)関連の技術開発が重点的に進められている。人材育成では2019年からAI人材育成を本格的に進め、研究促進のためのAI大学院新設など、高度専門人材の育成と確保を進めている。

オーストラリアでは、安全で責任ある倫理的なAIの使用に向けた産学官の一体的な取り組みが進んでいる。連邦政府では、産業科学資源省(DISR)を中心に産学官連携が進められ、国防省(軍事安全保障)、内務省(リスク管理)、教育省(教育現場での利活用)が広汎な施策を所管している。地方政府と連動した支援の下、国内トップ8大学(Group of eight)やシドニー工科大学、DISR傘下のCSIRO、教育省傘下のARCが連携して、研究開発と人材育成に取り組んでいる。CSIROは「ミッションを可能にするAI 技術(AI technologies enabling Missions)」の推進とともに、科学研究の商業化に対して産業界を積極的に支援しており、ARCは2014年からの10年間で約40の卓越研究拠点(COE)を採択し、「オーストラリア・ロボティクス・ビジョン・センター(ARC Centre of Excellence for Robotic Vision)」などが多数の成果を創出している。国際協力では、広域的な枠組みにも積極的に参加し、運用性や倫理的ガバナンス、セキュリティなど複数の観点で協力関係を構築し、国際協調への貢献と国内での取り組みへの反映を図る傾向がある。

シンガポールでは、大学や国立研究機関における計算機科学の基礎研究を基盤に、2010 年代後半の国家戦略と共同研究プログラムを契機としてAI 研究が組織的に進展した。2024年10月に発表された国家構想「スマート・ネイション2.0(SN2)」ではAI技術が根幹に据えられ、その利用を通じた社会の利便性と国民生活の質の向上が目指されている。コンピュータビジョンの研究では世界トップ水準にあり、自然言語処理の研究でも、汎東南アジアでのLLM 構築を主導している。AIの自由な研究開発や利活用を許容しながら、ガイドラインやツール認証制度を構築しており、AIのガバナンス構築でも世界を先導している。

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