新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で明らかになったのは、急性症状からの回復が疾患の終わりを意味しないということだ。回復後もさまざまな問題が尾を引くのである。
AsianScientis - 誰が見てもS氏は運がよかった―。彼は新型コロナウイルス150感染症に感染したが、その症状はいたって軽く、14日間の強制入院期間中も軽い疲れと息切れを感じるだけで、治療は一切必要なかった。しかし、退院した翌日に彼は奇妙なことに気づく。軽い運動をしただけで、異常なほどの疲労感に襲われたのだ。
「へとへとになって、その後はベッドから起き上がれなかった」と本人は語る。
以前は週に5回のウェイトトレーニングを行っていたマレーシア出身の35歳のS氏によると、新型コロナの診断を受けるまではこのような感覚を覚えたことはなかった。陽性の診断を受けてから数週間経った今も、一日中仕事をしたり、短時間のワークアウトをしたりするには、昼寝やコーヒーを欠かせない状況になっている。
新型コロナは診断が確定した患者のうち、死亡例は2.4%とその致死率はかなり低い。しかし、ウイルスとの闘いから生還した大多数の患者にとって、回復したからといっても必ずしも闘いが終わっていないことが明らかになってきた。S氏のケースは、回復後も数週間から数カ月にわたって症状が続くという不可思議な現象の典型的な例であり、多くの新型コロナのサバイバーに共通してみられる。
現在、世界保健機関(WHO)は、時間ベースでみた回復基準を推奨している。発症から10日後に発熱や呼吸器症状のない患者は回復したとみなされる。
パンデミックが始まり、半年ほど経過した頃、新型コロナの生存者から気になる報告がもたらされた。回復したと思われる時期をかなり過ぎても、筋肉痛、息苦しさ、動悸、胃腸障害、集中力低下などの認知機能障害など、さまざまな症状が繰り返し現れるというものである。生存者の多くは、圧倒的な疲労感に悩まされていた。
新型コロナの症状が持続する現象にはまだ正式名称がなく、「Long-haul COVID-19」(COVID-19後遺症)または、単純に「Long COVID」(COVID後遺症)と呼ばれることが多い。英国サウサンプトン大学の公衆衛生学准教授で、自身も新型コロナの後遺症に長く苦しむニスリーン・アルワン(Nisreen Alwan)博士は、この現象の真の有病率を調査するのは困難かもしれないという。
全世界で確認されている新型コロナの回復例は5,000万例以上あり、診断を受けていない例が多数ある可能性を考えると、少なくとも500万人がCOVID後遺症に悩まされている可能性がある。また、このウイルスは非常に新しいものであるため、新型コロナ後遺症を発症する可能性が高い人のタイプについて判明していることはわずかであり、ましてや治療方法やその期間についてはほとんど分かっていない。
現在、スマートフォンアプリ「COVID Symptom Study」に登録している400万人以上のデータによると、回復後1ヵ月時点で10%以上の人が、また3ヵ月時点で50人に1人が後遺症に苦しんでいるという。しかし、各国が低迷している経済を回復させるため、より多くの産業を再開させようとしている中、新型コロナの後遺症患者にとって、自分自身の身体的な闘いに加えて、職場で求められることについていくことが困難になっている可能性がある。
これまでのところ、新型コロナ後遺症が持続する理由に対し、明確な答えは出ていないが、研究者からは仮説がいくつか立てられている。まず、新型コロナに感染すると肺に瘢痕(はんこん)が残ることが分かっており、回復した患者の中には息切れを訴える人がいることが挙げられる。
また、研究者らは痛みや疲労感の症状がウイルス感染後の疲労症候群に似ていることにも注目している。この症候群は、免疫系によるサイトカインと呼ばれる炎症分子の産生が原因であると考えられており、インフルエンザを含むあらゆるウイルス感染症の後に発症する可能性がある。
ウイルス感染後の疲労はよくあることだが、新型コロナ後遺症に長く苦しんでいる者には、厄介なことが起こっているようだ。S氏が経験したように、身体的にも精神的にもちょっとしたことで疲れてしまうのは、筋痛性脳脊髄炎(ME)や慢性疲労症候群(CFS)と呼ばれる別の病気の特徴である。筋痛性脳脊髄炎(ME)や慢性疲労症候群(CFS)は、原因や治療法が確立されていない複雑で衰弱した疾患であり、まさに医学的なミステリーと言える。
新型コロナ後遺症は、身体的なものにとどまらない可能性がある。2009年に発表された香港での重症急性呼吸器症候群(SARS)生存者233人を対象とした長期研究では、参加者の40.3%が慢性疲労の問題を報告しており、27.1%が感染後3年以上経過した後、慢性疲労症候群の診断基準を満たしていた。同時に、回答者の40%以上が活動性の精神疾患を患っており、SARS感染の心理的代償が浮き彫りになった。
この数字は研究者らにとって憂慮すべきものであり、それには理由がある。彼らのデータによると、SARS生存者の精神疾患や疲労関連の症状は症例の重症度にかかわらず、回復後に増加することがわかった。このような感染後の合併症は、医療従事者や失業者のほか、社会的偏見を恐れ、SARS生存者基金の支援を必要としている人にも見られる傾向にあった。
香港中文大学精神科のマルコ・ラム・ホー・ブン(Marco Lam Ho Bun)博士は、「SARS患者は、長期にわたる呼吸器系や整形外科系の合併症を抱えており、それが精神的な健康に大きな影響を及ぼしていた」と語った。
それにもかかわらず、SARSと新型コロナの重症度や治療法の違いからか、香港では新型コロナの患者が精神科に紹介されるケースはそれほど多くないとラム氏は付け加えた。しかし、新型コロナのサバイバーの多くは自分の症状に対するフラストレーションや不安を訴え、精神的なサポートを必要としている。
これまで、長期化する新型コロナに対する支援や情報はほとんどなかった。後遺症に苦しむ者たちは彼らの状態をより理解するために、自らサポートグループを組織し、経験を共有した。あるイギリスのグループは認知度を高めるためのキャンペーンを行った。また、アルワン氏のように自身が新型コロナを発症したことのある医療関係者らも自らの手で問題を解決すべく、後遺症に取り組むためのマニフェストを発表した。
ありがたいことに、彼らの努力は実を結んだ。現在、医療機関では長期コロナウイルス感染症への対応の必要性が認識され始めている。例えば、英国の国民保健サービス(NHS)は新型コロナ後遺症を抱える患者をサポートし、治療するためのオンラインプラットフォームと専門センターを設立した。また、英国の研究者らは1万人の新型コロナのサバイバーを対象に、この疾患の長期的な影響を理解するため、最長25年間の観察研究を開始した。
NHSに勤務するマレーシア人医師のラフィーク・ルスラン(Rafeeq Ruslan)博士は、このようなサポートの効果を実感し、アジアでも同様の対策が必要だと考えている。
「アジアにおける新型コロナ後遺症の有病率に関する観察研究を読んだことはないが、後遺症は、人口の10~20%が罹患する可能性のある、明確な疾患であるという証拠が増えてきている」と述べた。
アジアでは約1,300万人の回復が確認されているため、この地域では少なくとも100万人のサバイバーが新型コロナ後遺症に直面している可能性がある。
「現在、公衆衛生上の対策や病院での新型コロナの管理に多くの注意が払われているが、エビデンスに基づく研究に裏打ちされた明確な管理戦略、新しい臨床指針、地域のプロトコルを用いて、後遺症の治療も配慮する必要がある」とラスラン博士は述べている。
実際に、2009年に行われたSARS生存者の調査で、ラム氏とその共同研究者らは、次の世界的なパンデミックとその潜在的な心理的被害に対して、世界はより良い準備をする必要があると警告し、不気味なほど予見的な動きを見せていた。
彼らは、患者、医療従事者、一般市民が感染症のピーク時だけでなく、その余波を受けたときにもメンタルヘルスのサービスを受けられるようにすべきだと記述している。新型コロナの発生時にこれらの設備やサービスは整備されていなかったかもしれないが、パンデミックという過酷な記憶を経て、ようやく世界中の政府がラム氏らの言葉に耳を傾けるようになるかもしれない。
長期的な影響についてはほとんど知られていないが、新型コロナ後遺症による衰弱とほぼ不可視である身体的・認知的障害が、生産性の低下や職場の混乱を招くことは容易に想像できる。例えば、ラム氏の研究によると、SARS感染後の精神的合併症により、就労能力や正規雇用を維持する能力が損なわれたという。
症状の不安に加えて、これらの症状に耐えている人にとって、その代償ははるかに個人的なものである。
「(退院後)仕事をしたり娘と遊んだりして過ごしていますが、疲れを感じないことはない。この状態がいつまで続くのか、誰にもわからない。このまま治らなかったらどうしよう」とS氏は述べている。
時が経てばわかるだろう。新型コロナの秘密を解き明かすために科学は大きく前進したが、まだ理解できていない部分も多く残っている。新型コロナ後遺症の問題は最も差し迫った謎の一つとなりつつある。