新型コロナ変異株にはどう対処したらいいのか Asian Scientist誌が解説

新たな新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)変異株が次々に出現している。十分に実証された解決策が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を根絶させるための鍵となるかもしれない。

※編集部注:以下の記事における数値等は5月24日時点のものである。

AsianScientist - 2020年の5月ごろ、世界は今とまったく異なる様相を呈していた。COVID-19の影響を受け、シンガポールや米国などの国々は前例のないロックダウンを実施し、イタリアなどでは医療従事者らが犠牲者を増やさぬよう果敢に立ち向かっていた。 それ以来、ほとんどの地域で状況が大きく改善したが、これはワクチンが利用可能になったことによるところが大きく、既に16億3000万回以上もの接種が行われている。しかし、COVID-19のワクチンが電光石火のごとく開発されたにもかかわらず、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)変異株の出現は、何もしなければ私たちのパンデミック対策を頓挫させてしまう恐れがある。本稿では、Asian Scientist誌が現在流行している変異株について解説し、その起源と公衆衛生への影響を明らかにする。

変異株とは?

奇妙なウイルスの世界では、突然変異は珍しいことではない。季節性インフルエンザ流行の原因となるインフルエンザ・ウイルスを例に考えてみたい。これらのウイルスは毎年著しく変異するため、最新の予防接種を受けることが多くの人にとって毎年の行事となっている。

実際、インフルエンザやエイズウイルス(HIV)などのウイルスに比べると、コロナウイルスは不活発に思える。3万塩基からなるゲノムを持つコロナウイルスではこれまで、1文字変わる変異が1カ月に2回程度しか発生していないが、これはインフルエンザの半分程度、HIVの4分の1の頻度でしかない。

「SARS-CoV-2のようなウイルスは、自然な進化の一環で常に変異しています」

フィリピン・ゲノムセンターのエグゼクティブ・ディレクターを務めるシンシア・サロマ (Cynthia Saloma) 博士はこう説明する。今年初め、サロマ博士らは調査研究に取り組み、フィリピンで新たな変異株を発見した。「SARS-CoV-2は1本鎖のRNAウイルスで、その複製過程において、ゲノムをコピーする途中でエラーが発生するのです」(サロマ博士)。

これらのエラーは「突然変異」と呼ばれ、たった1文字でも変化があれば、フラグメント全体が削除されてしまう場合もある。サロマ博士によると、これらの突然変異は一見すると警戒しなければいけないように見えるものの、通常は取るに足らないものである。しかし、突然変異により、ウイルスによる感染、疾患の発症、免疫系の回避に対する能力が強化されてしまうことがある。

ワクチン接種の進行ペースが世界中で不均等であることを踏まえると、今後もこのような突然変異が発生する可能性は高い。コロナウイルスが集団内で広く流行している限りは、新たな感染のたびにSARS-CoV-2に新たな変異の機会を与えるため、ワクチン接種は時間との戦いなのである。

大きな影響をもたらす小さな突然変異

世界保健機関(WHO)によると、ウイルスの変異株は、「懸念される変異株」(variants of concern)と「注目すべき変異株」(variants of interest)に分類され、2021年5月31日時点では、ギリシャ文字に基づいてラベルを付与している(下記、参考情報)。

B.1.1.7、B.1.351、P.1などの懸念される変異株については、それらの変異がウイルスの感染力や疾患の重症度を高めていることを示す確固たる証拠がある。対照的に、B.1.427、B.1.429、B.1.617、B.1.617.2などの注目すべき変異株に対する証拠はより予備的なものであり、さらなる監視と追跡調査が必要である。

下図の変異株のうち、英国(UK)で出現したB.1.1.7は110カ国以上で見つかっており、最も広く蔓延していると思われる。野生型のSARS-CoV-2ウイルスよりも感染力が最大50%増加していると考えられているB.1.1.7は、ヒト細胞の感染につながるいくつかの突然変異を特徴としている。

例えば、N501Y変異株では、スパイクタンパク質の501番目のアミノ酸アスパラギン(N)がチロシン(Y)に置換されており、それによってスパイクタンパク質の形状が変わり、ヒト細胞に対してより強力に結合できるようになる可能性がある。それに伴い、N501Yは、南アフリカで最初に検出されたB.1.351やブラジルで最初に検出されたP.1などの他の懸念される変異株でも独自に現れている。その一方で、現在ではすべての懸念される変異株で見つかっている早期の突然変異であるD614Gはスパイクタンパク質を安定化させ、P681Hはウイルスをヒト細胞へ結合させやすくしている可能性がある。

B.1.1.7と比べると、これら2種類の懸念される変異株はより密接に関係しており、さらに2つの注目すべき突然変異を共有している。科学的な評価はまだ定まっていないものの、それぞれB.1.351とP.1で見つかっている変異であるK417NとK417Tも、スパイクタンパク質がヒト細胞にしっかりと結合する一助となっている可能性がある。しかし、それよりも多くの注目を集めているのが「Eek」とも呼ばれる変異E484Kである。

SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の先頭付近で発生することから、科学者らは、Eekがタンパク質の形状を変え、抗体を回避するのに役立っているのではないかと考えている。事実、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のワクチンによる中程度から重度のCOVID-19症例に対する有効性が米国では72%であったが、南アフリカではたった57%でしかなく、B.1.351の免疫系を回避する能力が高いことを示している。同様の突然変異であるE484Qも、注目すべき変異株としてインドで最初に検出されたB.1.617やB.1.617.2で確認されている。

「私たちはEekが世界各地で別々に出現するのを目の当たりにしてきました。この変異は、免疫不全のCOVID-19患者から生じた可能性と、地域の集団における連続的なウイルス感染によるものである可能性が考えられます」とサロマ博士は語る。

最近になり出現したその他の注目すべき変異株としては、米国のカリフォルニア州で最初に見つかったB.1.427とB.1.429が挙げられる。これらの変異株にはEekがないものの、インドで検出されたL452R変異と同じ系統を有している。B.1.427とB.1.429は両方とも野生型のウイルスと比べて感染力が20%増加していることから、科学者らは、D614Gと同様に、L452Rもスパイクタンパク質を安定化させてヒト細胞との結合性を高めているのではないかと考えている。

新しい変異株のための十分に実証された解決策

南アフリカでジョンソン&ジョンソン(J&J)製ワクチンの有効性が下がったことは憂慮すべきことのように思われるが、J&Jの医薬品研究開発のグローバル最高責任者であるマサイ・マメン (Mathai Mammen) 博士によると、予防接種を済ませた後で病にかかった者で入院することになった者はいない。同様に、ファイザー・バイオンテックによる試験では、同社のワクチンが、B.1.1.7とB.1.351が優勢である地域において重症化や死亡に対する有効性はそれぞれ97%と100%であった。

ワクチンがもたらす広範な予防効果は、新たな変異株の出現にもかかわらず、T細胞と呼ばれる免疫系の細胞のおかげでもある。T細胞は、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質以外の複数の部分を認識できる能力により、変異したウイルスを引き続き中和化できる。

しかし、毎年行われる季節性インフルエンザのワクチンのように、それぞれの変異株に対してカスタマイズしたCOVID-19の予防接種がもうすぐ現実のものとなるかもしれない。ファイザー・バイオンテックやモデルナが製造しているmRNA型ワクチンについては、単に遺伝子配列を変更するだけで済むが、その場合はもう一度臨床試験を行う必要がある。モデルナは、B.1.351に基づいたブースター投与の第II相試験結果が良好であったことを先日発表したばかりである。

研究者らが独自のワクチンを開発するだけでなく、既存のワクチンの製造規模を拡大し、迅速かつ広範囲な展開を保証することも重要な優先事項として取り組むべきことである。同時に、マスク着用、ソーシャルディスタンスを取って人混みや密閉された環境を回避するといった公衆衛生上の対策の維持も大切だ。効果が十分に実証されているこのような対策を併せて実施することで、ウイルス感染の可能性を下げ、そもそも新種の変異株が出現することを防ぐことができる。

参考情報―WHOは2021年5月31日の時点で、SARS-CoV-2の懸念される変異株と注目すべき変異株を対象に、ギリシャ文字を用いた新たなラベルを付与している。研究では引き続き学名が用いられるものの、WHOは、パブリックコミュニケーションを簡素化するために、メディアや一般市民にはこれらのラベルを採用することを推奨している。

ラベルは以下の通りである-アルファ(B.1.1.7)、ベータ(B.1.351)、ガンマ(P.1)、デルタ(1.617.2)、イプシロン(B.1.427/B.1.429)。

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