台湾の陽明交通大学(NYCU)は10月27日、台湾の衛生研究所(NHRI)、林口長庚記念病院と共同で、抗がん剤ドキソルビシンの副作用である心臓への毒性を抑えつつ、抗腫瘍効果を維持できる天然化合物ヘスペレチンを特定したと発表した。研究成果は学術誌Redox Biologyに掲載された。

シュウリン ・フ―(Shu-Ling Fu)教授(前列左)、ティンフェン・ツァイ(Ting-Fen Tsai)特別教授(前列右)とチームメンバーら
ドキソルビシンは50年以上にわたり、乳がん、リンパ腫、白血病、卵巣がんなどの治療に使われてきた主要な抗がん剤である。しかし、治療後に心不全を発症する患者が多く、世界では約30万~120万人のがんサバイバーが慢性的な心機能低下に苦しむと推定されている。既存の心臓保護薬は抗がん作用を弱めるため、安全で効果的な代替手段の開発が課題となっていた。
NYCUの研究チームは、ドキソルビシンが心筋細胞で長寿関連遺伝子CISD2の発現を抑制し、ミトコンドリアの働きやカルシウム調節を乱すことを発見した。一方、柑橘類の皮に含まれる天然フラボノイドの一種ヘスペレチンがCISD2を再活性化し、心筋細胞の損傷を防ぐことを明らかにした。
動物実験では、ヘスペレチンがドキソルビシンを投与した腫瘍モデルマウスの心機能を改善し、腫瘍の縮小も確認された。米国のスタンフォード大学から提供されたヒト人工多能性幹細胞(iPSC)由来の心筋細胞でも同様の保護効果が検証された。
本研究は、伝統医学研究所のシュウリン ・フ―(Shu-Ling Fu)教授と、生命科学・ゲノム科学研究所のティンフェン・ツァイ(Ting-Fen Tsai)特別教授の会話をきっかけに始まった。ツァイ教授は「ヘスペレチンは、同じく柑橘類に含まれるヘスペリジンとは異なり、腸内プロバイオティクスによって活性化されて初めて有効になる物質です」と説明している。
共同筆頭著者には、NHRIのイージュ・チョウ(Yi-Ju Chou)博士と、林口長庚記念病院副院長のチーシャオ・イェー(Chi-Hsiao Yeh)博士が名を連ねた。イェー博士は「ドキソルビシンによる心不全は最も難しい副作用の一つです。ヘスペレチンが抗腫瘍作用を保ちながら心臓を守るなら、化学療法のあり方を大きく変えるでしょう」と述べた。

(出典:いずれもNYCU)
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部