2021年4月1日 JSTシンガポール事務所
首都バンコク中心部には高層ビルが建ち並び、至る所で新しいビルやインフラの工事が進む発展めざましいタイですが、「中所得国の罠」と呼ばれる、1人当たりGDPが中程度の水準(中所得)に達した後、発展パターンや戦略を転換できず、成長率が低下、あるいは低迷し、先進国入りが出来ない、という状況に直面しています。タイは、日本や各国からの企業投資により発展したものの、外資系企業におけるタイ人労働者の役割が低付加価値の製造や技術にとどまっており、高付加価値を生み出す研究開発イノベーション人材が育っていないことや、低付加価値の農業人口が就労人口の4割を占めることなどが原因と考えられています。そこで2015年にタイ政府は、農業や製造を中心とした経済構造から技術・イノベーション志向の構造に変革し、既存産業の強化、未来産業の育成を通じて、2036年までに高所得国入りすることを目標とした「Thailand4.0」というビジョンを掲げました。
Thailand4.0の実現に向け、東部3県(チョンブリー、ラヨーン、チャチュンサオ)の東部経済回廊の再開発(EEC)をはじめとする様々な開発が進められる中ですが、昨年からのCOVID-19のパンデミックによりタイ経済は大きな打撃を受けました。今そのタイ経済を後押しすると期待されている施策が、Bio-Circular-Green(BCG)経済モデルです。本記事ではそのBCG経済モデルを紹介します。
BCG経済モデルは、「バイオ経済」、「循環経済」、「グリーン経済」の考えを統合したものです。「バイオ経済」は、生物資源の活用を通じた経済活動、「循環経済」は、資源の再利用とリサイクルを通じた経済活動、「グリーン経済」は、経済、社会、環境のバランスを保ち、持続可能な開発につながる経済活動を意味しています。スウィット元高等教育科学イノベーション大臣により2019年に提唱され、タイの包括的で持続可能な成長のための新しい経済モデルとしてタイ政府により推進されてきました。生物多様性と文化的豊かさといった、タイの強みのある分野に焦点を当て、科学技術イノベーションを通じて、上流から下流まで全てのバリューチェーンにおける能力・競争力強化を包括的にはかり、タイ独自の高付加価値でイノベーション主導の経済に変革することをめざすものです。このモデルは、国連が進めている持続可能な開発目標(SDGs)や、また前プミポン国王が40年以上前より提唱してきたタイの社会経済開発の根本思想でもある「足るを知る経済」(Sufficient Economy Philosophy: SEP)とも符合するものです。
1月にはプラユット首相が議長を務めるBCG委員会が初開催され、2021年から2026年までの5年間のBCG経済モデルの戦略計画が承認されました。開発を加速するためBCG経済モデルを国家戦略にすえる事も合意されています。
COVID-19のパンデミックによりタイ経済が大きな打撃を受けた理由の一つは、これまでタイ経済が外部の推進力に依存しすぎたためであり、BCG経済モデルを通じて、農業分野を中心に低所得層の底上げをはかり、国内の推進力によって経済成長を促す事がベストな策であると考えられています。
BCG経済モデルでは、特にThailand4.0において推進すべきとされた10の産業分野のうち、4つの産業分野、「農業と食品」「ヘルスケアと医療サービス」「バイオエネルギーとバイオケミカル」そして「観光と創造経済」の促進に焦点を当てています。
現在、これら4つの産業の経済価値は合計で3.4兆バーツ(約12兆円)であり、GDPの21%を占めています。 BCGモデルは、今後5年間でこの数値を4.4兆バーツ(またはGDPの24%)に引き上げることができると期待されています。 各産業における具体的な方策は以下の通りです。
「農業と食品」分野の価値は、製品の多様化、差別化、高付加価値・高品質の製品・サービスの開発、廃棄物削減、資源と土地利用の効率化で倍増することができると考えられています。米、さとうきび、ゴム、キャッサバ、パーム、野菜、果物、エビ、乳牛など主要製品の生産性や水準の工場、ハーブなどの高付加価値商品の促進、スマートファーマー開発、安全性の研究開発、患者や高齢者などの人々のグループ向けの新しい食品や、機能性食品開発によって実現を目指します。
「ヘルスケアおよび医療サービス」分野では、医薬品およびワクチンの輸入額を年間1,000億バーツ以上削減することを目標としています。この戦略には、ワクチン、バイオ医薬品、医療機器の研究開発と生産技術における技術と人的資本の集中的な能力開発、ならびに医薬品と医療機器の臨床研究と製品登録が含まれます。これらは予防医療・個別化医療を促進するというタイの医療政策とも合致するものです。研究者、業界、規制機関の間での臨床研究や、遺伝子データの利用を促進するためのプラットフォームの開発も行われます。
「バイオエネルギーとバイオケミカル」分野については、政府の代替エネルギー開発計画により2036年までに総最終エネルギー消費量の30%を再生可能エネルギー由来とする目標が掲げられており、高い潜在的成長が期待されています。バイオエネルギー分野については、ゴミ由来燃料(RDF)などの再生可能エネルギーからのエネルギー生産に関する最先端技術の活用、エネルギー貯蔵システムの開発、バイオマス・バイオマスなどの再生可能エネルギーを使用し、ブロックチェーン対応のスマートマイクログリッドで接続された分散型エネルギー資源(DER)システムを備えたコミュニティーベースの発電所設置が含まれます。バイオケミカル分野については、バイオマスや農業副産物をバイオプラスチック、繊維、医薬品などの高価値商品に転換するための最先端技術の開発が行われます。
「観光と創造経済」分野における政府の目標は、タイを質の高い観光地にアップグレードすることです。
技術とイノベーションによりインフラをアップデートし、デジタルプラットフォームを作成して、観光客の利便性と体験を向上させます。科学技術は、環境収容力、持続可能な観光基準、環境の保全と修復など、観光に関する国のガイドラインを定義するのに役立つと期待されています。創造経済に関しては、観光は他のサービス業とリンクして、健康、料理、エコツーリズム、文化、スポーツなどのニッチ市場をターゲットとする質の高いツーリズムを開発します。