コロナ後にらみ文理統合の新機関 シンガポールの有名2大学が創設

2021年4月15日 小岩井忠道(科学記者)

英教育誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」は4月6日、国際的な評価が高いシンガポールの2大学が、理系と文系を一緒に教える学際性を重視した機関を創設したことを伝えるアジア編集者の論説記事をウェブサイトに掲載した。アフターコロナの社会が必要とする新しい知識と技能を学生に与えることを狙った大きな変化だ、と記事は伝えている。

狙いは多様な知識、技能持つ人材育成

ジョイス・ラウ(Joyce Lau)編集者の記事によると、シンガポール国立大学(National University of Singapore)は、17ある学部のうちでも実績、規模が大きい芸術・社会科学部(the Faculty of Arts and Social Sciences)と理学部(the Faculty of Science)を、新しい人文科学部(College of Humanities and Sciences)に統合した。今年入学する学生は、旧両学部の科目から主専攻(メジャー)、第2主専攻(セカンドメジャー)、副専攻(マイナー)、専門分野(スペシャリティ)を自由に組み合わせて選ぶことができる。

シンガポール国立大学

新しい機関の長は、芸術・社会科学部長と理学部長が共同で務める。スン・イエネン(Sun Yeneng)理学部長は「これからの世界でますます必要とされる統合的思考力を学生たちが身に着けることを期待している」、ロビー・ゴー(Robbie Goh)芸術・社会科学部長は「大きな社会的課題の解決策を開発するには、STEM(科学・技術・工学・数学)分野と人文・社会科学(humanities and social sciences)分野両方の知識と技能を習得する必要がある、というのが産学官共通の認識」とそれぞれ表明した。

シンガポールのもう一つの有力大学である、南洋理工大学(Nanyang Technological University)は、すでに工学、理学、人文・社会科学の3学部が参加する新しい標準教育課程(common core curriculum)の試験運用が始まっている。今年から来年にかけて本格的に導入される予定で、国際的な連携が必要とされる気候変動や健康課題などに焦点を当てた教育が行われるという。スブラ・シュレス(Subra Suresh)同大学学長が明らかにしている新しい標準教育課程の狙いは「急速に変化するグローバルな環境で活躍するには、専門分野以外の幅広い関心と知識を持ち、同時に深い分野の専門知識も持つ必要がある」という。

南洋理工大学

テクノロジー重視教育の弊害も考慮

こうした学際化の推進は、シンガポール国立大学ではすでに昨年から始まっている。「人類のためのAI技術センター」(Centre on AI Technology for Humankind)の開設だ。ラウ編集者の記事は、同センター長であるデイビット・デ・クレマー(David De Cremer)教授の次のような言葉も紹介している。

「社会として、社会科学よりもテクノロジー教育の重要性を強調しすぎないように注意する必要がある」

クレマー教授はさらに次のような警告も発している。

「急速なテクノロジーの発展と、『十分にテクノロジーに精通しないと取り残される』というメッセージによって、ある種の恐怖心が人々の間に植え付けられている。しかし、教育において社会科学を疎かにしてしまうと、機械のように考え、行動し、推論する未来の世代を生み出すことになる。他の人間との付き合い方を知らない、『中途半端な機械』になることに何の意味があるか」

日本の大学上回る評価

シンガポール国立大学と南洋理工大学は、研究、教育、国際性など多くの指標によって評価される「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」の大学ランキングでも毎年、上位に選ばれている。昨年6月に公表された「アジア大学ランキング2020」でシンガポール国立大学は、中国の清華大学、北京大学に次ぐ3位。南洋理工大学も6位で、いずれも東京大学の7位が最高の日本の大学より上位にある。昨年9月に公表の「世界大学ランキング2021」でも、シンガポール国立大学は世界で25位、南洋理工大学は47位という高い評価だ。

「アジア大学ランキング 2020」トップ10

アジア順位 世界順位 大学名 国・地域
1 20 清華大学 中国
2 23 北京大学 中国
3 25 シンガポール国立大学 シンガポール
4 39 香港大学 香港
5 56 香港科技大学 香港
6 47 南洋理工大学 シンガポール
7 36 東京大学 日本
8 56 香港中文大学 香港
9 60 ソウル大学 韓国
10 87 中国科学技術大学 中国

(タイムズ・ハイヤー・エデュケーション「Asia University Rankings2020」、
「World UniversityRankings2021から作成)

日本でも国際基督教大学が早くから

では、日本の現状はどうか。先駆的取り組みを早くから実行している大学がないわけではない。人文科学・社会科学・自然科学の基礎分野を横断的に教育する「リベラルアーツ」を早くから実践している国際基督教大学は2008年にさらに思い切った教学改革を実施済みだ。同大学は教養学部という一学部制だが、それまで受験生は入学試験出願時に六つの学科(人文科学科・社会科学科・理学科・語学科・教育学科・国際関係学科)のうち第1志望、第2志望の学科をあらかじめ選択させられていた。これは入学時に理系か文系が決まっている日本のほとんどの大学と変わらない。しかし、2008年以降は、学科ごとの入学試験は無くなり、全入学生は教養学部に入学することになる。

入学後は、特定領域の専修を早期に固定せず、2年生の終わりまでさまざまな分野の基礎科目を履修したうえで、専修分野(メジャーと呼ばれる)を決めることができる。改革の特徴は、専修分野は一つとは限らないとしたことだ。あらかじめ学びたいことがはっきり決まっている学生は早い時期から専攻科目に進んでいくことも可能。しかし、2つの分野を同等に組み合わせて専門として学ぶダブルメジャー、組み合わせる際に単位数の比率を変えたメジャー、マイナーという履修方法に挑戦する道も用意されている。2つの分野を選択する場合は、経済学と文学、宗教学と数学といった分野を組み合わせることが可能だ。シンガポールの有力大学が始めようとしている取り組みを早くから実行していたことになる。

ただし、こうした大学は日本ではまだまれ。4月1日に施行された科学技術・イノベーション基本法には、旧科学技術基本法から除外されていた人文科学がはじめて対象に加えられ、人文科学を含む科学技術の振興とイノベーション創出の振興を一体的に図っていく方向が明確に打ち出された。人間や社会の在り方と科学技術・イノベーションとの関係が密接不可分となっている現状を認めた法改正だ。3月26に日閣議決定された第6期科学技術・イノベーション基本計画にも、次のような文言が盛り込まれている。「人文・社会科学と自然科学の融合による『総合知』を活用しつつ...略...未来の産業構造や経済成長と社会課題の解決が両立する社会を目指す」

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