AsianScientist 2021年4月21日
シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)のバイオイメージング・コンソーシアム(SBIC)代表理事、パトリック・コツォーネ(Patrick Cozzone)教授が生物学的プロセスを理解するうえで中心に据えるのはバイオイメージングだという。後半にインタビューの詳報。
パトリック・コツォーネ氏
AsianScientist 20世紀に入ってすぐ、驚くべき発見をした無名の物理学者に物理学部門で初となるノーベル賞が授与された。その6年前の1895年にヴィルヘルム・レントゲン(Wilhelm Roentgen、1845~1923年)というこの物理学者は、陰極管から放射された光線が重厚な黒い段ボールの障壁の存在に関係なく付近のスクリーンを光らせることを発見していた。実験では、この奇妙な光線は身体の柔らかい組織を通過し、協力を依頼した妻の手の画像にも見られるように、骨だけでなく、結婚指輪などの金属物質を含め、すべてを映し出していた。
後にエックス線(X線)と呼ぶことになるこの光線がそれまで隠れていたものを可視化したことをきっかけに、バイオイメージングの時代が到来した。その後のバイオイメージングは、骨折から悪性腫瘍などを診ることも可能にし、医療現場で不可欠なものとなった。画像化技術が精巧化し、この分野は一般的な用途の解剖学的構造の画像化の枠を超え、生物学的プロセスを分子レベルで観察することにも応用されている。
コツォーネ教授はSBICなどで、がんや循環器系疾患、新型コロナウィルス感染症を含む世界で喫緊の公衆衛生上の問題に取り組み、革新的なイメージング戦略事業の先頭に立つ。昨年、SBICからのスピンオフとして、臨床的な悪化を早期に予測するウェアラブルセンサーを手がけるレスピリー社(Respiree)を共同設立した。バイオイメージングへのパイオニア的な貢献により、2013年にはフランス名誉勲章を授与された。
Asian Scientist Magazineとのインタビューで、コツォーネ教授はバイオイメージング分野の研究者らしからぬスタート地点のエピソードを語った。また、SBICで取り組んでいる革新的な研究の一部についても説明した。一問一答は以下の通り。
私はバイオイメージングを専門にすると最初から決めていたわけではないのです。大学での専攻は数学、物理学、化学であり、その後の博士課程は生化学と分子生物学専攻でした。
1970年代、米国のスタンフォード大学の科学研究員として勤務した際、核磁気共鳴分光法(NMR)を使って生物分子を研究し、サイドプロジェクトとして、いくつかの生体物質の画像をNMRで得ようとしました。複数の他の研究チームが同じことをやっていましたが、それがMRI(磁気共鳴画像装置)の基盤を築いていたとは当時の私たちは気づいていませんでした。
今では立派に確立された科学分野となったバイオメディカルイメージングですが、この世界には以上のような流れで足を踏み入れました。なぜ科学者たちがこの分野から去ろうとしないのか。それは、バイオイメージングの多様性とダイナミズム、発展し続ける医療への応用、越えなければならないたくさんの技術的課題や限りない進歩への可能性があることで説明がつくでしょう。かく言う私もその一人です。
SBICはバイオイメージングセンサーとその分析の先端に立ち、国家優先課題を扱うシンガポールのさまざまな研究開発エコシステムのサポートをしています。これらを成し遂げるために、SBICは多岐にわたる専門的技術、高度なバイオイメージング能力と広範囲にわたる医療と企業ネットワークを活用しています。
SBICはさまざまなプロジェクトに参加しており、その中には公共の病院において皮膚病の特徴を明らかにするため非侵襲的な光学イメージング技術の開発もあれば、ハチミツやフルーツジュースなどの食品中の不純物を研究する場合に磁界共鳴(MR)技術を適切に利用できるようにすることもあります。
私たちの研究開発活動は5本の柱で構成されています。具体的には、①バイオフォトニクス、②人体構成物のMRI、③アイソトープのイメージング、および新規のスマートイメージングプローブ、④イメージングへの人工知能(AI)の応用、⑤バイオイメージング技術の食品分析への利用-です。
SBICのラボでパトリック・コツォーネ教授
写真提供:シンガポール科学技術研究庁
一つは、AIと機械学習アルゴリズムが入ってきたことです。これには興奮を禁じ得ません。これにより能率と処理能力が上がり、不安定性が下がり、イメージ解釈の質が向上しました。
もう一つ、発展している分野として、拡張された情報を得るために2つのイメージング診断法を併用することが挙げられます。この中でMR-PETシステムは、MRの高画質・多能性と、PET(陽電子放出断層)放射性マーカーの高感度・特異性を兼ね備えています。これは、医薬品開発や標的治療の評価を含むがん研究に特に有用です。SBICでは前臨床の段階の研究に積極的に取り組んでいます。
2018年には、SBICのフーユー(Fu Yu)博士が、光遺伝子学的な方法と超高磁場fMRIを併用することにより、マウス脳内の食欲と食物摂取をコントロールする新しい種類の神経細胞を明らかにすることに成功しました。これらの発見は摂食障害や肥満治療おいてゲームチェンジャーになるかもしれません。ユー博士と私は、フランスのHuman Imaging Center of Excellenceと共同で、人間の脳も同様の特徴を示すかどうか調べているところです。
このほか、光学バイオイメージング分野もかなりの速度で発展しています。マリニ・オリボ(Malini Olivo)教授が率いるSBICのバイオフォトニクス・プラットフォームはこの分野で世界をリードしています。
そのチームに化学者、物理学者、コンピュータ科学者もぜひ加えてていただきたいです。SBICには、「バイオイメージング」という共通言語のもとに、シンガポールを含む19か国から研究者が集まっています。そのような多様な才能が一堂に会することは貴重です。この事実こそ、SBICに、組織内の能力による効率向上や質の管理など、プロジェクトを推進するための際立った力を与えています。
SBICは、主にマルチモーダルMRイメージングと分光学により、全国規模のコホート研究をサポートしています。例えば、センディル・ベラン(Sendhil Velan)教授が率いるSBICのメタボリックイメージンググループがあります。同グループは、GUSTOとシンガポール成人メタボリズム研究(SAMS)において、体脂肪分解、腎臓発達や心血菅代謝状態に注目した人体構成物のイメージングを実施しています。
SAMSのコホートでは、インド人は高レベルの腹部脂肪と筋細胞内脂質を有するという人種差が発見され、GUSTOコホートでは、このような脂肪分布の人種差は幼少期の早い段階で現れていることが分かりました。ゲノムワイド関連解析では、インド人は脂肪蓄積の人種差に関係するアレル(対立遺伝子)のリスクが高く出現していると示唆されています。
MRIの横でパトリック・コツォーネ氏
写真提供:本人
医療の未来はプレシジョン・ヘルス(精密な健康・医療)にあり、バイオイメージングはそこで重要な役割を担うでしょう。PET-CT(コンピューター断層撮影)とMRIはすでにがんの精密な診断、患者のグループ化や個別化医療にも広く使われています。がん研究では、正常の状態から病期初期への進行を把握するうえで、生体内の分子的、細胞的事象を非侵襲的に調べることができるバイオイメージングが役立ちます。
2019年には、呼吸パターンを測定するためのウェアラブルセンサーの特許をSBICが取得し、そのライセンスをSBICからスピンオフしたレスピリー社に提供しました。同社の設立には主任研究員であるガープリート・シン(Gurpreet Singh)博士も関わっています。レスピリー社の中核技術はSBICで開発されたセンサープラットフォームを基にしています。このプラットフォームでは、患者の呼吸速度、呼吸パターン、血中酸素濃度などの測定と人工知能分析処理を併せて行います。
その結果はワイヤレスでモニタリングプラットフォームへと送られます。その後、これらのバイタルサインを分析し、人工知能が悪化状態を予測する際に役立てられ、結果的に、臨床的な悪化の早期の効果的な管理が可能となります。現在までに、レスピリー社の装置は、新型コロナウィルス感染症の対策に追われるシンガポールの特定の病院で試験的に使用され、医療従事者の負担を軽減しています。この装置はまず、シンガポールの厚生科学当局の承認を取得。これを受けて欧州連合(EU)のCE審査を通過し、米国のFDA(食品医薬品局)の認可を申請しているところです。
現在、レスピリー社はシンガポール国立大学病院や同ヨン・ルー・リン(Yong Loo Lin)医学学校と共同で、急性呼吸不全患者や肺炎患者の臨床悪化を早期に正確に検出する予測モデルを開発している。最終的には、隔離されたコロナ患者の状態悪化を予測するような革新的な呼吸器バイオマーカーを発見し、活用することを目指しています。