アジアのチェンジメーカー:モカヌ博士の挑戦 投資でだれもがアクセス可能な医療促す

ジョセフ・モカヌ(Joseph Mocanu)博士は、ヘルステック・イノベーションに投資することで、アジアにおいてだれもがアクセスできる医療を現実のものとしている。

ジョセフ・モカヌ博士

AsianScientist1948年の国連総会にて、健康と医療は、尊厳、自由、宗教の権利とともに基本的人権であると宣言された。

それから70年余りが経過したが、発達した医療インフラとアクセシブルな医療サービスの恩恵を受けているのはごく一部の恵まれた人だけであるという現実は変わっていない。アジア・太平洋地域の低所得国では医療費総額の半分近くを家計から捻出しており、ただでさえ困窮している家庭に、さらなる負担を強いている。

一般的な検査を受ける場合では、状況は一層厳しい。例えば、腫瘍や体内の損傷を検査するCT(コンピュータ断層撮影)は、日本では人口100万人あたり110台以上あるが、ラオスやミャンマーなどのアジア新興国では、人口100万人あたり1台にも満たないのが現状だ。

医療経営コンサルタントの経験のあるモカヌ博士は、アジアでは全般的に手頃な価格での質の高い医療アクセスが確保されていないことを痛感していた。モカヌ氏はエンジェル投資家としての経験を活かし、2018年にVerge HealthTech Fundをシンガポールに設立した。これは、アジア新興国での効率的で公平な医療を目指す、初のシードステージのベンチャーキャピタルファンドだ。

「アジアの深刻な医療問題の解決に焦点を当てた初期の技術に投資するファンドが見つからず、自分で始めなければならないと思いました」とモカヌ氏は振り返る。このファンドの特徴は、初期段階にある企業にも投資を行う点にある。一般的に、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルは、初期段階にある企業への投資について、技術や規制の不確実性、実績のないビジネスモデル、開発期間の長さなどを理由に躊躇する。しかし、モカヌ氏は、創業者を初期段階から指導するハンズオンアプローチがプロセスを容易にし、リスクを軽減すると考えている。

その一例がスタイリッシュなメガネ型のデジタル補聴器を設計・製造するAKUOSだ。同社の製品は、目立たないデバイスで周囲の音を物理的な振動に変換して頭蓋骨に直接伝導させる、非侵襲的な補聴器だ。AKUOSがモカヌ氏を惹きつけたのは、そこで働く人たちの意欲や、技術的専門知識、新しい考えなどを受け入れる姿勢だったという。

「私たちが付加価値を高め、価値観を共有し、社員たちになじむ必要があり、これを達成するまでの長い道のりは、そこまでに要する時間を考えると、まるで結婚のようです」とモカヌ氏は語る。

Verge HealthTech Fundでは、スマート機能搭載のBluetooth対応の体温計から、排卵のモニタリング、血糖値検査、AI型デジタル聴診器に至るまで、アジアの新興市場でのアンメットニーズを解消する製品を擁するスタートアップ企業を探している。

同社が資金を提供した中で、reach52は、設立から間もないにもかかわらず、既に多大な影響力を発揮するスタートアップ企業に成長した。reach52は、その名の通り、いまだに医療を受ける機会に恵まれていない52%の人々に医療を提供することを目標に掲げている。

reach52にタブレットや携帯電話などを提供することを通じて、南アジア、東南アジアの農村部で働く人々に健康診断、遠隔医療、薬剤を提供し、さらに低コストの医療保険の普及を促している。

「reach52は文字通り、医療システムが存在しなかった地域にそのシステムを構築しています。これ以上の影響力はないでしょう」とモカヌ氏は力をこめる。

実際、reach52は、わずか3年の間にフィリピンとカンボジアの5万5千人に医療を提供している。とはいえ、アクセシブルな医療の実現を目標に掲げたVerge HealthTech Fund の躍進は始まったばかりだ。

新型コロナウイルス(COVID-19)は世界に壊滅的な影響を及ぼしたが、同時にイノベーションの機会も数多く生み出した。対面式の診察や検診で対応できない部分を遠隔医療アプリや在宅医療モニタリング機器などの新しい医療技術が補っている。

モカヌ氏は、「COVIDの収束後には新たな常識が生まれる。パンドラの箱は開けられた。遠隔医療を一斉に行うことは困難だと言っていた否定派は、今ではそれを後悔していることだろう。遠隔医療の技術的なサポートに必要な資金調達モデルやデータシステムは、急速に進歩している」と話している。