2021年6月16日 小岩井忠道(科学記者)
ベトナムの大手電力事業者「第1送電線建設株式会社(Power Construction Joint Stock Company No.1:PCC1)」は、クワンチ省で建設が進む陸上風力発電設備に対し総額1億7,300万ドル(約189億円)の融資を受けるグリーンローンが締結されたことを明らかにした。5月27日に締結された契約によると、融資はアジア開発銀行(ADB)による直接融資3,500万ドルと、ADBが主幹事となった市場型間接金融協調融資(シンジケートBローン)8,100万ドルなどで構成されている。PCC1にとっては、風力発電プロジェクトに対する初めてのグリーンローン。ADBは「ベトナムだけでなく、アジア・太平洋地域の風力発電事業に対する支援のモデルとなる」と融資が実現した意義を強調している。
ベトナム・クワンチ省で建設が進む総発電容量14万4,000キロワットの風力発電設備
写真提供 株式会社レノバ
グリーンローンとは、環境負荷を低減する投資目的で借り入れる資金で、調達資金の使途が地球温暖化をはじめとする環境問題の解決に貢献する事業(グリーンプロジェクト)に限定される。今回の市場型間接金融協調融資には、開発金融機関による協調融資(パラレルローン)に日本の国際協力機構(JICA)とオーストラリア輸出金融公社(Export Finance Australia)などが、民間金融機関による協調融資(Bローン)に中国銀行(香港)有限公司、中国銀行マカオ支店、ソシエテジェネラル・シンガポール支店などが加わっている。
融資先は、リエンラップ(Lien Lap Wind Power Joint Stock Company)、フォンフイ(Phong Huy Wind Power Joint Stock Company)、フォングエン(Phong Nguyen Wind Power Joint Stock Company)というベトナムの3事業会社。いずれも「第1送電線建設株式会社(PCC1)」と、日本の再生可能エネルギー発電開発・運営企業「レノバ」が出資してつくられた企業だ。融資の対象となるのは、ベトナム中部のクワンチ省で昨年5月から3社がそれぞれ建設を始め、今年10月末までに運転開始を目指す発電容量4万8,000キロワット、3基合わせた総発電容量14万4,000キロワットの風力発電設備。現地では現在、タワー(柱)の設置が終わり、ナセル(プロペラ部)などの取り付け工事が進む。
PCC1は、送電網や変電所の建設を中心にベトナムの電力インフラ分野で60年近くの経験を持つ。ベトナム国内最大級の水力発電事業者として現在、総発電容量10万キロワットの水力発電設備も運転中で、数万キロワットの水力発電設備を建設中。再生可能エネルギープラントの建設工事請負契約社としても、高度な技術を蓄積している。同時に国際的な社会・環境基準に準拠した多くの再生可能エネルギープラントの投資家でもある。2025年までに70万キロワットの電力供給を目標とし、ベトナムのエネルギー安全保障とクリーン電力の確保にも積極的だ。融資対象となった3基の風力発電設備が運転を開始すると年間16万2,430トンの二酸化炭素(CO2)排出量削減に貢献し、現在、PCC1が保有する七つの再生可能エネルギー発電所と合わせて、年間50万トン以上のCO2排出削減が可能になるとしている。
PCC1にとっての大きなメリットは、今回の支援が再生可能エネルギー投資の分野で、国際的な金融機関や商業銀行のグループと結んだ初のリミテッド・コース・プロジェクト・ファイナンス・ローンであること。政府保証がなくても貸し手側の償還請求権を限定してもらえる。チン・ヴァン・トゥアン(Trinh Van Tuan)PCC1取締役会長は、「ADB、JICA、オーストラリア輸出金融公社、さらに国際的な金融機関との協力関係が成功したことで、国内外の市場におけるPCC1の地位、名声、財務能力が確認された」と語った。「この取引を成功させるためにADBのリーダーシップが極めて重要だった」と、ADBに感謝の言葉を寄せている。
PCC1とともに3風力発電事業会社に出資している日本企業「レノバ」は、日本国内で2012 年から再生可能エネルギー発電事業を進めている。太陽光、バイオマス、風力、地熱などの再生可能エネルギー発電施設を開発・運営し、電力会社を通じて電力を提供している。風力発電については、複数の地点で陸上あるいは海上発電設備の開発を進めている。ベトナムの風力発電設備の建設は、同社として初めて海外で行う再生可能エネルギープロジェクト。同社が掲げる「日本とアジアにおけるエネルギー変革のリーディングカンパニーとなる」というビジョンを実現するため、日本国内の再生可能エネルギー発電事業の開発において培った強みを活かしたい、とベトナムでの風力発電事業に強い意欲を明らかにしている。
一方、ADBも「新しい3基の運転が始まるとベトナムの風力発電容量を30%増加させる」と、ベトナムのクリーンエネルギー開発を支援できることに大きな意義を見ている。さらに「アジア・太平洋地域の風力発電事業開発への民間資金の効果的な動員が可能であることを示した」と今後の展開にも期待している。
最大2,500万ドルを供与する融資契約に調印したJICAにとっても、プロジェクトファイナンス方式によりベトナムの風力発電事業を支援するのは初めての事業。ベトナムの再生可能エネルギー分野で日本企業が加わる民間主体の風力発電事業のモデルケースとして、後に続く案件の呼び水効果が期待できる、と期待する。
JICAによると、ベトナムの電力需要は2021年から2025年にかけて年間8~8.5%増加すると予測されている。一方、ベトナムは2030年に9%の温室効果ガス削減を目標に掲げ、2030年に1億2,500万~1億3,000万キロワットの発電容量のうち約15~20%を再生エネルギー電源とするという目標を掲げている。このうち約5%分に相当する600万キロワット分は風力発電を見込んでいる。ベトナム総合情報サイト「VIETJO」によると、2018年10月、ベトナム政府は再生エネルギー電源導入促進策として、風力発電の固定価格買取制度(FIT)価格を従来の1キロワット時当たり7.8セントから、陸上風力は8.5セント、洋上風力は9.8セントに引き上げる首相決定を公布した。この決定により2021年10月末までに国家送電網に接続し、商業運転を開始する風力発電所に対してこの新規FIT価格が適用されることになった。クワンチ省の風力発電設備は10月末までに運転開始を予定していることからこの適用対象になる。
ASEAN諸国に対する支援としては、2019年11月にタイで開かれた第22回日ASEAN首脳会議で、安倍晋三首相(当時)が「ASEAN海外投融資イニシアティブ」の立ち上げを表明している。ASEAN地域を中心に質の高いインフラ、金融アクセス・女性等支援、グリーン投資の分野について民間を含む資金の動員を目指した政策だ。
PCC1は、クワンチ省での風力発電プロジェクトが国際的な環境・社会基準に準拠しており、生活の向上や男女平等、地域の社会経済の発展に積極的に貢献するとしている。ADBもこのプロジェクトには、地元コミュニティの女性に、風力発電に係る運用と管理に関する研修を提供する計画が含まれていることを重視している。JICAは今回の融資が「ASEAN海外投融資イニシアティブ」にも資する支援であることも強調している。