2021年7月2日AsianScientist
イヴォンヌ・ガオ (Yvonne Gao)准教授 は、極小粒子の奇異な物理を利用して量子コンピューティング技術を開発しようと、世界で最も複雑な問題に取り組んでいる。
AsianScientist - 「金槌しか持っていないと、あらゆるものが釘に見える(When all you have is a hammer, everything looks like a nail)」という格言がある。これはアメリカの著名な心理学者アブラハム・マズローが初めて口にした言葉であり、人が使い慣れている道具に頼る傾向があることを指摘したことを表現している。しかし、最も複雑で不可解な謎を解くために科学者がますます計算機に頼るようになっているとおり、従来の古典的なコンピュータでは対応しきれない可能性がある。
そこに量子コンピュータの出番がある。従来の同等のものよりも指数的に迅速に計算を実行する機能を備えた量子コンピュータは、研究者が化学物質の複雑な相互作用をシミュレーションし、予測が非常に難しい気象状況の予測を行い、極めて複雑な物流最適化問題の解読を行うために役立つ。シンガポール国立大学のイヴォンヌ・ガオ (Yvonne Gao) 准教授は、量子コンピュータの可能性を最大限に引き出す新たな方法を積極的に研究している。
量子コンピュータの基本は量子によるビット、すなわち量子ビットである。ガオ氏の説明によると、量子ビットは、「0」と「1」のバイナリ値に限定される古典コンピュータとは違い、同時に複数の状態を表現できる。これは、猫が死んでいる可能性も生きている可能性もあるというエルヴィン・シュレーディンガーの古典的な思考実験に似た概念である。
ただし、個々の量子ビットは不十分であり、量子計算では各々と相互作用する必要がある。孤立した粒子間でそのような相互作用を可能にするため、ガオ氏はそれらを一緒に「もつれさせる」。
ガオ氏は「それは、運命が互いに絡み合っている2匹の双子の猫を飼うようなもので、両方とも死亡するか、あるいは両方とも生存しているのです」と説明する。
世界中の科学者が長年積み重ねてきた研究を経て、量子コンピューティングは早くも有望な兆しを見せている。2019年10月にNature誌で発表された論文によると、グーグルの量子コンピュータ「Sycamore」は、ついに量子超越性を達成したという。つまり、古典的なコンピュータではできない計算タスクを遂行できるというのである。最新式の古典的スーパーコンピュータであれば約10,000年かかるタスクをわずか200秒で解決できる。
それにもかかわらず、Sycamoreによって遂行されるタスクは主にその可能性を実証する実験室でのテストに過ぎず、実際の現実世界の問題を解くためのものとしての展開は遠い先のことで、取り組むべき課題がまだ多く残っている。
ガオ氏は「現在、(量子コンピュータだけ)が10~100の量子ビットをもち、潜在的な影響力を発揮し始めるには十分なレベルで機能しています。意義のある成果を得るには、量子ビット数が数百からおそらく数百万に拡大し、そのような量子ビットの性能を1000回に1回のエラー率から100万回に1回に抑える必要があります」と説明する。 しかし、これを達成することは、更に多くの量子ビットを一緒に詰め込むというような単純なことではない。一緒に詰め込むことによって、不要な相互作用が生じ、プロセスの中でエラー率が高くなってしまう。そこでガオ氏は、一度にすべてを一緒に積み重ねるのではなく、レゴブロックのように、それらをつなぎ合わせる前に、まずは個々のコンポーネントを構築することを目指す。
「モジュラー式の量子ハードウェア、つまり最終的に量子コンピュータに入ることのできる小さな構造のブロックをつくるという新たな研究グループを発足させる予定です。そうすることで、必要とされるスケールはそのままに、クロストークの問題を回避できるような小さな孤立したデバイス(量子コミュニケーションチャンネルによりまとめて結合)が実現するでしょう」とガオ氏は期待する。
同氏によるモジュール的アプローチが持つもう一つの強みは、不完全なデバイスをチェーンから簡単に取り除き、切り離して固定できる点にある。
「ローカルの不具合があれば、接続されているリンクをオフにして、個々のパーツを交換できますし、当該のところ以外は問題なく機能している多くのコンポーネント全体を交換せずに再始動できます」とガオ氏は言う。
量子コンピューティングの世界はまだ幕を開けたばかりであるが、ガオ氏は慎重な姿勢をとりながらも楽観的にみている。
「ゼロから始まった最初のステップが1量子ビットに進み、やがて1量子ビットが数十もの量子ビットになることは実に大変なことです。しかし、考えるべき問題点や対応できるかのトリックが分かれば、100から100万(量子ビット)への道のりをもう少し早く進めることでしょう」。