2021年8月17日 AsianScientist
薬剤耐性から新型コロナウイルス感染症(COVID-19)まで、感染症内科医であるシンガポールのシュー・リー・ヤン博士は、コミックを通じて世界で緊迫する公衆衛生上の問題に取り組んでいる。
AsianScientist - 今でこそ指などを紙で切ったくらいでひるむ人はめったにいないが、かつては一度傷口ができると、肉が腐ったり、敗血症になったり、最悪の場合、死に至ることはよくあった。このような悲惨な結果は、1928年に最初の抗生物質であるペニシリンが発見されるまでは日常茶飯事だった。現在、抗生物質は、重篤な細菌感染症の治療、家畜の成長促進、さらには養殖魚の健康維持にも使用されている。
しかし、抗生物質に関しては、良いことでも度が過ぎると毒になるということが明らかになっている。何十年にもわたって抗生物質を使いすぎると、薬剤耐性 (AMR) という現象が生じる。ほとんどの細菌は抗生物質にさらされると死滅するが、中には抵抗するものもある。処置を克服する能力を身につけるように進化したのだ。このような微生物が他の抗生物質に耐性を持つようになると、治療が極めて困難な"スーパーバグ"(従来の薬剤では死滅しないスーパー耐性菌)に変貌する可能性がある。
シンガポール国立大学 (NUS) Saw Swee Hock公衆衛生校のグローバルヘルス部門副学部長であるシュー・リー・ヤン博士 (Dr. Hsu Li Yang) は、スーパーバグと戦うことを生涯の使命としている。感染症プログラムのリーダーであるシュー博士は、薬剤耐性の蔓延時に医療システムが果たす役割や、異なる環境が薬剤耐性菌の蔓延をいかに促しあるいは妨げるのかについての研究を主導している。
博士の研究活動は、シンガポールだけにとどまらない。現在、博士のチームは、カンボジアの病院と協力して「抗生物質スチュワードシップチーム」の設置を支援している。そこでは、病院内での抗生物質の処方を、医療スタッフが監査し助言する。このような取り組みは、とりわけ、耐性菌による感染症を診断することができない低リソース環境において、不必要または不適切な抗生物質の使用を防ぐことを可能にする。
シュー博士は昨年、薬剤耐性への認識を高めるために、受賞歴のある漫画作家のソニー・リュウ (Sonny Liew)氏 と共同で、薬物投与に関する一般的な疑問や、薬の使いすぎがもたらす深刻な影響を描いたコミック「抗生物質の物語(The Antibiotic Tales)」を制作した。シュー博士にとって、コミックは、薬剤耐性のような問題に関する情報や知識を共有する新たな手段となった。
「既存のメディアにあまり関心を示さない人たちにも届く可能性があります。絵と短いテキストは、長い文章よりも注意を引きやすい方法でコンセプトやメッセージを伝えることができます」と、博士は期待する。
COVID-19とそれに伴うインフォデミックの発生をふまえ、シュー博士とリュウ氏は再び手を組み、世界の喫緊の課題に取り組んでいる。彼らのコミックシリーズ「途方にくれたウサギと好奇心旺盛なネコ(Baffled Bunny and Curious Cat)」は、擬人化されたウサギとネコが、数ある問題の中でもとりわけ、インフルエンザウイルスと新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の違いや、マスクの正しい使い方などに取り組む様子を描く。
「何が起き、世界がどう変わったのかを漫画ででも多角的な視点から捉えることが重要です。これまでに取り組んできたことに加え、何がウイルスの感染を抑えるのかを伝え、COVID-19に関する作り話を打ち消し、ワクチンにどんな作用があるのか、あるいはないのかを説明するのはよいことです」(シュー博士)
現在はCOVID-19に注目が集まっているが、シュー博士は、パンデミックから得られた教訓を、薬剤耐性をはじめとする他の公衆衛生問題にも応用していくことを望んでいる。
「COVID-19は、地球規模の保健の重要性を示しました。世界のすべての国でウイルスが制圧されるまで、どの国も真の意味で危機を脱したということはできません」シュー博士はこのように締めくくった。