アジアの新鋭科学者たち:ホログラフィック画像の技術開発に取り組むクズネツォフ博士

2021年8月20日 AsianScientist

アルセニー・クズネツォフ(Arseniy Kuznetsov)博士は、SFの世界を現実のものにしようとナノスケールで光を操作し、高品質のホログラフィック画像の技術開発に取り組んでいる。

クズネツォフ博士

AsianScientist - スター・ウォーズ旧三部作で助けを求めるレイア姫のプロジェクションから、アイアンマンの宙に浮くディスプレイまで、ホログラムは長らくSFにとって重要な要素であった。このような高性能ホログラムにはまだ遠く及ばないが、シンガポール科学技術研究庁 (A*STAR) のアルセニー・クズネツォフ博士のような科学者たちは、技術を日常的なものにし、経済や社会に役立てるために日々研究に取り組んでいる。

ホログラムは、物体によって散乱された光を記録することで作成され、3次元(3D)画像を再現する。クズネツォフ氏は、A*STARの材料研究・工学研究所 (Institute of Materials Research and Engineering:IMRE) で、「ナノフォトニクス」と呼ばれる研究分野で、ナノスケールでの光の挙動について研究している。同氏の研究チームは2012年、シリコンのナノ粒子が光を制御できる極小アンテナとして機能していることを明らかにした。この誘電体ナノアンテナに光を当てると、高分解能3Dホログラムを作成するために必要な光情報をまとめて提供できる。

ナノフォトニクスの分野では先駆的な研究を行っていることが認められ、クズネツォフ氏は、最近になりアメリカ光学会 (The Optical Society) のメンバーに選出された。Asian Scientist Magazineの取材に応じたクズネツォフ氏は、自身のエキサイティングな研究を紹介し、今後のナノフォトニクスに対する期待について語った。

1. ご自身の研究内容を簡単に要約すると?

共鳴に基づきナノスケールの構造を利用し、通常とは異なる方法で光を形作ることです。

2. 最も誇りに思う、完遂した研究プロジェクトは?

2012~2013年に、A*STAR内で、私の研究グループが誘電体ナノアンテナに関連したナノフォトニクスの支流となる新たな分野を開拓したことです。そのシステムの基本的な特性を実証した後、実用的なアプリケーションの開発に着手しました。現在、誘電体ナノアンテナの分野は、世界中で活発に行われており、毎年数百本の論文が発表されています。さらに重要なのが、産業界への応用について計り知れない可能性を秘めているという点です。企業のエンゲージメント(進出)はすでに始まっており、数年以内に最初の製品が市場に登場することでしょう。

A*STARの光物性研究室内でクズネツォフ氏(写真提供:本人)

3. 今後10年間で、どのようなことを研究で成し遂げたいか?

誘電体ナノアンテナの概念を、今後数年以内に市場に投入したいと思っています。応用の可能性としては、

  • (1)従来の光学部品よりもコンパクト・軽量・安価でありつつ機能が強化された、モバイルデバイス用の新しいタイプの平面光学部品
  • (2)自動走行車両、ロボット、ドローン用のLiDAR (光検出と測距) リモートセンシングシステム
  • (3)完全3Dホログラフィックディスプレイ

-などが挙げられます。

4. この研究分野に進んだきっかけは?

好奇心です。光・物質相互作用に始まり、その後にナノフォトニクスへと移りましたが、私は、科学と技術に多大な影響を与える可能性のある領域に常に目を向けてきました。実用的なインパクトのある科学的な新規性に対する私の情熱に火をつけてくださった研究上の恩師の方々に感謝しています。また、研究に励む私を支えてくれ、世界のどこへでも付いてきてくれる家族にも感謝しています。家族の支援がなければ今はなかったと思います。

5. これまで研究を行ってきた中で、最も困難だったことは?

失望することです。過去に自分が力を注いでいた構想で特にそういうことがありました。時に科学では、自分が思い描いた最高の夢が新しいエビデンスによって打ち砕かれることがあります。これは研究をしている以上避けられない部分ではあるのですが、それにより知識やスキルが前進し形となっていきます。失敗を認めてきちんと理解し、そこから学んでいくことこそ、実際にインパクトのある方向へとつながる最善の道なのです。 ドイツにいたときには、さまざまな素材でできている球状のナノ粒子を基質の上に製作して配置する方法に取り組んでいました。それによりナノフォトニクスを一変させられると確信していたのです。しかし、シンガポールに移ってさらに研究を進めた後、その方法はほぼ無駄であり、従来の方法の方がはるかに優れていることに気が付いたのです。これには失望しました。しかし、シリコンのナノ粒子の珍しい光学的性質を発見したのは、このような取り組みを進めていた間のことでした。このことは、後に私が誘電体のナノアンテナの現在の分野に関心を持つきっかけとなりました。私の方法で直ちにインパクトを生み出すことはできませんでしたが、それによってシリコンのナノ粒子の特性を発見し、自分のキャリアにおける次のステージに進むことができました。

6. 現在、学術コミュニティが直面する最大の課題とは?また、その解決方法は?

ナノフォトニクスの分野における主な課題は、実際の技術や産業上のインパクトにつながる可能性があることを示すことです。それが現在、私たちの目指している方向性です。

7. 研究者になっていなかったら、何をしていたか?

私の答えは最初の条件によって変わるでしょう。私の現在の知識と経験のすべてを携えたまま、限りない可能性を持つ別の何かを選べと言われたら、おそらく産業系の研究開発か、シリコンバレーのどこかでベンチャー企業を立ち上げることを選んでいるでしょう。しかし、20年前のロシアで私が置かれていた状況を鑑みれば、科学的な研究こそ、自分が人生において何かを成し遂げるための最良の方法だと感じていました。私の両親は共に科学研究所で働いていましたから、このような選択は自然なことでした。

8. 仕事以外でリラックスするためにしていることは? 興味のあることや趣味は?

自由な時間のほとんどは自宅で家族と一緒に過ごしていますが、だからといって常に遊んだりコミュニケーションを取ったりしているわけではありません。時には、一緒にいても、別々のiPadで別々の映画を観ていることもあります。私は、シンガポールの自然リゾートを散歩して、鳥やセミの鳴き声を聞いてリラックスすることが好きですし、ギターやピアノを弾くことも好きです。休暇には、夏なら海に出かけて旅行を楽しんだり、親族を訪ねたり、冬はスキーをしたりします。私にとって重要なことは、さまざまな活動を進めながら、健康的なワークライフバランスを維持してエネルギーを高く保つことです。

かつての研究メンバーらとクズネツォフ氏(左端)。A*STARのナノファブリケーション施設内にて(写真提供:本人)

9. 自身の研究に、何か世界の問題を根絶する力があるとしたら、何を解決したい?

自動運転やロボット工学に向けて、費用効果的でコンパクトなLiDARのソリューションを発展させるでしょう。LiDARは、モバイルデバイス内に内蔵できるほど小さく安価にできる可能性があります。我々の技術は3Dホログラフィックディスプレイを実現するうえで役立つものであり、それにより映画「アイアンマン」のように、別途眼鏡を使用しなくても、完全な3D画像を投影できます。これらの技術には、我々の移動方法や情報との相互作用の方法に変化をもたらす可能性があります。

10. アジアで研究者を目指す方にアドバイスするとしたら

好奇心を強くもち、自ら考えて行動すること。このような姿勢は、行く手に立ち現れる障害物を取り除き、自分の夢に向かって進んでいくうえで役立ちます。また、自分が楽しめて、その先も情熱を注げるようなテーマを見つけることも大切です。夢は大きく持ち、失敗を恐れないこと。転ぶたびにその経験から学び、立ち上がって、目標に向かって走るのです!

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