2021年8月24日 AsianScientist
スマートマスクから革新的な眼科ポリマーまで、ロー・シェンジュン(Loh Xian Jun)教授は、シンガポール科学技術研究庁(A * STAR)の材料研究工学研究所で材料科学に革命をもたらしている。
AsianScientist ― 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンが記録的な速さで次々と登場する中、免疫学や創薬分野の科学者らは、パンデミックの速度を落とした努力により、広く称賛されている。
しかし、決してこれら2つの分野だけが、コロナ禍の中で限界を押し広げたというわけではない。生物医学との直接の関係はないものの、材料科学などの分野も流れを大きく変え、医療従事者たちのために問題を解決してきた。 菌類を基にした建築材料から、次世代センサーや電子機器で使用されるグラフェンのようなスーパーマテリアルまで、材料科学はさまざまな分野の中に確実に溶け込んでいる。
COVID-19がシンガポールの水際に達したとき、A * STARの材料研究工学研究所(IMRE)の所長であるロー・シェンジュン教授をはじめとする科学者が、公衆衛生と生物医学のアプリケーションを目的として迅速に動いたことは驚くべきことではない。
ロー教授は、シンガポール南洋理工大学(NTU)の研究者らと協力して、患者のバイタルパラメータをリモートで監視するスマートマスクを作成した。スマートマスクは、心拍数、血圧、血中酸素飽和度、体温の変化を正確に数時間検出して測定できるため、医療従事者と患者との直接の接触を減らし、感染リスクを効果的に下げることができる。
研究者らがそのようなマスクを開発するにあたり、電極の布地への固定の他に克服すべき障害がいくつもあった。
「直面した大きな課題の1つは、快適さを維持し、センサーを確実に保護しつつ、親指サイズのセンサーをマスクの内側に埋め込む方法でした」とロー教授は説明する。
ロー教授と彼のチームはこれらの要件を満たすために、耐水性、柔軟性、耐久性を持ち、肌のような質感のポリマーを利用した。快適で効果的なスマートマスクの作成に成功した研究者らは今後、抗ウイルスコーティングとセンサーを加えることで、さらに一歩前進することを計画している。
スマートマスクの他に、ロー教授は彼の専門知識を生かして外科的ソリューションを開発した。先駆的な高分子化学者であるロー教授は、ウレタンを基にした新しい種類の眼科手術用の熱ゲル化ポリマーを作った。このポリマーは人間の体温でゲル状となり、眼球の硝子体液の性質にとてもよく似せている。
目の後ろの網膜が怪我や老化によって損傷すると、硝子体と呼ばれる眼球のゼリー状の物質が壊れて視力を損なうことがある。
これが発生した場合、従来の治療方法は、液体を気体または他の液体に置き換えることだった。しかし、これらの治療方法では、患者は長い治癒期間中に不自然な座り方をせざるを得ないことが多く、ライフスタイルの制限やフォローアップ手術も伴っていた。
このような従来の方法とは異なり、ロー教授の代替ポリマーは眼球内ですばやくゲル化し、術後のケアを減少させる。硝子体と似た屈折率を持ち、術後まもなく患者の視力は回復する。ポリマーは生分解性であり、硝子体の再生を可能にするため、フォローアップ手術の必要はなくなる。眼科分野への応用の他に、ゲルは薬物送達に利用可能であり、また、上皮移植手術の足場として使用できる可能性を持つ。
スマートマスクと熱ゲル化ポリマーは、材料科学と臨床応用との統合というロー教授の計画を示すものであるが、彼は分野を超えることを目指している。IMREの所長としてロー教授は、シンガポールの科学の未来に大きな期待を寄せつつ、「私は主に、持続可能性とエネルギー関連のアプリケーション、医療技術、農業技術、水産養殖で利用できる新しく革新的な材料の開発に焦点を当てています」と語る。
彼の野心は世界の持続可能性を進めるために材料科学を利用することである。その野心を実現するにあたり、ロー教授はコラボに力を入れ、はっきりと分かる「シンガポール製(Created in Singapore)」という研究ブランドを作り上げる。シンガポールの研究所や研究機関では強力な目的と刺激的な開発が途切れることなく出現しており、ロー教授のビジョンは遅かれ早かれ実現するであろう。