2021年9月2日 AsianScientist
マオイ・アロヨ(Maoi Arroyo)氏は生物学者としての教育を受けたが、起業家精神を持つ。そしてフィリピンにバイオテクノロジー分野の確固たるエコシステムを構築しようという野望を抱く。
マオイ・アロヨ氏
AsianScientist -- 子供に科学者の絵を描いてごらんと言うと、子供はおそらく白衣を着て顕微鏡や並べられた試験管をのぞき込んでいる人物を想像するだろう。しかし、それは絵の半分にすぎない。多くの科学者は次々に研究室から飛び出し、研究を実用化させている。それと同時に新しい産業を開拓し、人々の生活に影響を与えている。
実際のところ、研究室から実社会にどうやって移動するのだろうか? それは、フィリピンで最初のバイオテクノロジー・コンサルティング会社である「ハイブリディグム(Hybridigm)」を設立したとき、マオイ・アロヨ氏の頭の中にあった疑問だった。ハイブリディグム社は、科学者と破壊的技術であるバイオテクノロジーを、起業家や企業と結び付けるマッチメイキング・プラットフォームとして、また研修サービスとしての機能を持つ。
今日まで、ハイブリディグム社はフィリピンでトップクラスの大学を卒業した17,000人を超える研究者や起業家に対し研修を行い、フィリピンで最も恵まれないコミュニティで仕事と富に変えてきた。ハイブリディグム社はまた、フィリピン政府と提携して「2009年技術移転法(Technology Transfer Act of 2009)」を策定し、それ以来、350万米ドル(約3億8000万円)のバイオテクノロジー投資を促進してきた。
2018年、アロヨ氏は「イグナイト・インパクト・ファンド(Ignite Impact Fund)」を設立した。これは社会に影響を与える新興企業に投資することにより、フィリピンにおける 貧困とアクセスの貧弱性を根絶することを目指すファンドである。ファンドの理念は、最も貧しい人々に利益をもたらす包括的で持続可能なビジネスモデルへの支援を中心としている。
そうした功績により、アロヨ氏は世界的な注目を集めている。2020年、彼女はダボスで開催された世界経済フォーラムでただ一人のフィリピン代表であった。アロヨ氏はAsian Scientist Magazineに対し、フィリピンでのバイオテクノロジー分野で起業家精神を強化してきた彼女のこれまでの道のりと動機について語る。
必然性による部分もありましたが、私の大きな夢の一つでもありました。自然界を本当に理解したかったのですが、同時に、大学時代に、大学の図書館に所蔵された文献にのみイノベーションが見られるのは面白くないと気付きました。私は実際にフィリピンの人々を助けたかったのです。なぜなら、そうすれば、世界を助けているような気がするからです。卒業後、私は一生実験室で過ごしたかったわけではないことに気づきました。私が本当に好きな2つものを組み合わることができるものを探そうとしました。お金と生物学です。それで、ハイブリディグム社を開始しました。科学者を起業家にするためにハイブリディグム社を始めたというのはよく聞く誤解です。私が望んでいるのは、科学者たちが科学リテラシーのバトンを起業家に渡し、研究に集中できるようにすることだけです。
私たちが行った最も重要なことは、ライフサイエンスを基盤とする新興企業が繁栄できる環境の構築を支援したことです。私たちは、「2009年技術移転法」の作成を手伝いました。この法律は、フィリピンの国立大の科学者たちが事業にかかわることを容認します。これにより、ライフサイエンスを基盤とする既存の事業の見通しは高くなり、ライフサイエンスを学ぶ学生は医学の他に別の道に進む選択肢を持てるようになりました。ハイブリディグム社で研修を受けた人々により構成されるエコシステムができたことを非常に誇りに思っています。私たちは、彼らが大企業の中で方針に基づき働くようになり、そして独自の起業家になるのを見てきました。
医療バイオテクノロジーへの関心は浮き沈みがあります。緊急事態が終わると、人はすぐにそれを忘れがちです。しかし、ワクチンへの投資はどのようなタイミングであっても良い考えです。危機の中で私たちのコミュニティに回復力を発揮させるものは何かというと、それは予防医療です。人々が病院に行かなくても済むようにするには、どのようなイノベーションを作り上げればいいでしょうか? 産業面では、ウイルスを追い払う生体材料があれば素晴らしいと思いませんか? または、何かがバクテリアで覆われている場合に点灯するバイオセンサーはどうでしょう?
私たちの生物多様性を適切に活用することで、私たちは回復力(レジリエンス)をさらに高めることができると思います。ココナッツの殻から1グラムあたり200ドルするグラフェンを作ることができ、1日1ドルで暮らす最も貧しいココナッツ農家の利益となります。説明すると、ココナッツオイルからはグリセロール、藻類からはバイオエタノールなど、より価値の高い材料の処理に投資することができます。そのためには、 寛容資本とそれを見抜くビジョンを持った人々がいるかどうかの問題だけだと思います。それが、私がイグナイト・インパクト・ファンドを立ち上げ、その主宰者として働いている理由の一つです。
2020年1月、ダボスでの世界経済フォーラムにてマオイ・アロヨ氏(写真提供:本人)
最大の問題は考え方です。フィリピン人はフィリピンにもっと投資する必要があります。私が話しているのは、小規模農家への投資、または精米所のような魅惑的でないものへの投資についてです。ライフサイエンスを基盤とする主要な新興企業に投資する必要があります。実際のところ、私は、フィリピンで革新的な新興企業に投資すれば、フィリピンへの投資が外国人投資家だけでなく私たち自身にとっても良い考えであることを証明すると強く考えています。 多くの人が「他の場所の芝生の方が青い。そこに仕事があるから移住する」と言いますが、私に言わせれば、芝生に水をやれば、青くなるのです。
私たちは、いくつかの技術を再利用して、より安いものを作りたいと思っています。たとえば、生分解性プラスチックはありますが、フィリピンは依然として世界で3番目のプラスチック汚染国です。生分解性プラスチックが通常のプラスチックよりも安くなると、誰もが通常のプラスチックの使用をやめます。私たちはそのようになることを望みます。
イノベーションとは、変化をもたらそうとすることです。世界を変えたいのなら、科学は大学の象牙の塔の中にとどまってはなりません。ノーベル賞は受賞できないでしょうが、変化をもたらし、自分の国や他の人々の生活に具体的で測定可能な影響を与えることが何であるかを経験できます。リスクが高すぎるために起業家になりたくない場合は、投資家になって、リスクを恐れない熱心な人々に投資してください。そして、投資家にもなりたくない場合は、大企業で働き、後で新興企業の株式を購入してください。そのようなエコシステムの一部になりましょう。