アジアの科学の先駆者たち:がん抑制遺伝子研究で貢献するヴェンキタラマン教授

2021年11月16日 AsianScientist

遺伝的安定性におけるBRCA2の重要な役割を発見したアショク・ヴェンキタラマン (Ashok Venkitaraman) 教授は、シンガポールがん科学研究所 (CSI)とシンガポール科学技術研究庁(A*STAR )でがんの検出と治療に関する研究を今も進めている。

アショク・ヴェンキタラマン 教授

AsianScientist -女優のアンジェリーナ・ジョリー氏は8年前、乳房の予防切除術を受けるという選択を公表し、世界に衝撃を与えた。ジョリー氏は、乳がんと卵巣がんを発症するリスクを高める「欠陥のある」遺伝子を先天的に持っており、その発症前に手術を受けることにした。その 遺伝子の名前は BRCAである。

BRCAにはBRCA 1とBRCA2がある。これらの遺伝子は通常、DNA損傷の修復や腫瘍の発生の抑制を行う。しかし、遺伝子に異常が発生すると、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がんのリスクを高める変異につながることもある。

幸いなことに、病気に対する遺伝的素因を理解することで、そのような病気を診断し治療する可能性を大幅に高めることができる。ヴェンキタラマン 教授はじめとする研究者の努力により、注意すべき遺伝子と変異体、そしてそれらの影響に対処すべき方法は分かっている。

英ケンブリッジ大学のヴェンキタラマン教授と彼のチームは1998年、BRCA2の欠陥コピーを持つ細胞は培養分裂するときに大きなDNA再編成が起こり、遺伝的不安定性を引き起こすことを発見した。

彼らの発見により、BRCA2変異を持つ人々が、がんを発症するリスクが高い理由が分かり、これらの変異を検出して乳がんのリスクを示す診断キットが現れ、その後、効果的な新しい治療法が登場した。

現在、ヴェンキタラマン教授は、シンガポールがん科学研究所所長やA * STAR の疾病介入技術研究所のプログラム部長など複数の職に就いている。ヴェンキタラマン教授は Asian Scientist Magazine 誌のインタビューで、最近の研究の取り組みと、シンガポールその他の地域におけるがん研究の将来にの展望について教えてくれた。

1.あなたはゲノムを観察し、BRCA2の役割を最初に発見した人の一人です。そもそも、なぜ遺伝的不安定性ががんの発生に及ぼす影響を研究しようと思ったのですか?

私はがん研究者になるつもりは全くありませんでした。ポスドク研究では、抗体分泌Bリンパ球の抗原受容体の分子成分を明らかにしました。自分の研究室を立ち上げたときの話になりますが、免疫グロブリン遺伝子のプログラムされたDNA再編成により、なぜ免疫系の中で多様な抗原受容体が生まれるのか知りたいと思いました。

研究室が乳がん遺伝子BRCA2がゲノムの安定性に不可欠であることを最初に発見したとき、私の研究が進むべき道は根本的に変わりました。長年にわたり、私たちの研究結果は、このような遺伝子が不活性化するとどのようにしてヒトのがんを引き起こすのかつきとめただけでなく、標的療法の道を示すことにも役立ってきました。

2.BRCA2に関する研究室での新しい知見を教えてください。その知見は、がんの理解をどのように進めるのでしょうか?

最近、研究室は、BRCA2が転写機構を調節し、不活性化という働きがクロマチン構造と遺伝子発現を変化させることを発見しました。また、BRCA2を欠く細胞において、ヌクレアーゼやヘリカーゼなどRNA代謝を調節する酵素の局在と機能の変化を確認しました。けれど、これらの新たに見つかった働きが、BRCA2突然変異キャリアにおける腫瘍抑制またはがんの発現に関連しているかどうかはまだわかりません。

しかし、それらは新たに分かったRNA代謝、ゲノム安定性、クロマチン構造の間の興味深いつながりをはっきりと示すものであり、将来、がんを検出、治療、さらには予防する新しい方法につながる可能性があります。

3.PhoreMost社の設立者兼主席科学顧問であるあなたにとって、研究を研究室から臨床の場へと移す際の課題とチャンスは何でしょうか?

私たちは過去10年か20年の間に、人間の病気の底に潜むメカニズムについて大きく理解を深めましたが、私たちの能力はこの知識を次世代の医薬品に利用できるほど進んではいません。新しい治療標的を特定し、以前は薬物療法を受けていなかった標的に薬物を投与し、新薬の効果が最も大きい患者を選択することに関しては、大きな課題が残っています。

私の研究室は、これらの課題それぞれについて道を開きました。一例を挙げると、「タンパク質相互作用」または「タンパク質-i」と呼ばれるアプローチを考案しました。これは表現型スクリーニングにおけるタンパク質形状の進化多様性を利用して、新しい治療標的の疾患経路を迅速かつ効率的にスキャンするものです。

この技術は私の研究所からPhoreMost社に委譲され、現在、ノバルティス、ベーリンガーインゲルハイム、大塚製薬などの多くの大手製薬会社と提携して次世代医薬品を開発するために使用されています。

RNAワクチンや治療法に関する興味をそそられるニュースなど、最近は多くの新しいモダリティが急速に出現していますが、これらの新しいアプローチの実現を保証する前に多くの基本的な課題を克服する必要があります。今後数年間でやることが多くあるのは確かです!

4.今後、数年間のシンガポールがん科学研究所 (CSI) に対するあなたの見通しについて教えてください。

私たちの使命は複雑なものではありません。私たちはアジア人全体のがんの原因をさらに理解し、それによってがんの検出、治療、予防を改善することを目指しています。私たちは、実質的な進歩を遂げるために、今だかつてなかった有利な立場にいます。

がん細胞に関する基本的な生態について最近は理解が変わっているので、私たちは、基礎的、応用的、そして臨床的な理解において、変革の時期を迎えています。これは、私ががん研究の「始まりの終わり」と呼ぶものを意味しているかもしれません。

私も同僚も、現在の取り組みを超えて注意を払い、世界のがん研究の最先端で重要かつ新たな機会を捉えることを決意しています。その認識により、戦略的な統合を行い、プログラムを更新することができました。このプログラムはシンガポールと世界を背景として、強力な相乗効果を捉える新しい研究の機会を生み出します。

このプログラムの重要な方法として、現在の教員を拡大して既存の長所を補完し、新しい戦略的研究の方向性のきっかけとすることが挙げられます。私たちの野心は、アジアと世界の主要な課題に取り組んでいるがん研究という独特な分野の中で国際的なリーダーになることです。

5.最近、あなたは疾病介入技術研究所のプログラム部長としてA * STARに参加しました。あなたが関わっている研究プロジェクトについて詳しく教えてください。

2021年4月、私は以前はp53Labと呼ばれていたラボをデビッド・レーン (David Lane) 教授から引き継ぎ、率いるという栄誉に浴しました。疾病介入技術研究所 (DITL) では、私の研究室が行っていた治療標的の発見および構造に基づく主要開発に関する新しい技術と、ペプチド治療に関するデビッド教授たちの研究を統合します。

DITLは、新しい標的の特定・検証を行い、その標的の構造を特徴づけ、生物学的に利用可能にし、ペプチド、大環状分子、または小分子によるそれらの「リガンド結合性」を評価する新しいアプローチを考案することにより、研究で発見したことを治療や診断に応用できることを目指しています。

また、私たちが持つ専門知識をまとめて核酸医薬品などの新興分野で有意義な貢献をする方法についても真剣に考えています。私たちの目的は、人間の病気に対する革新的な介入の開発と関係する分野で、常に最前線にいたいということです。

6.アジアでがん研究を志す人たちにアドバイスをお願いします。

私は科学的に物事の仕組みを理解することに情熱を注いできました。単なる説明ではありません。ですから、私から意欲的ながん研究者たちに向けての最初のアドバイスは、病気の根底にあるメカニズムについて深い知識を与えてくれるかもしれない重要な課題を見つけ、取り組むということです。

第二に、リスクをすべて回避するのではなく、いくつかのリスクを注意深く選び、受け入れることです。これは口で言うほど簡単ではありません。しかし、実際には、大きな科学的進歩は、選ばれたリスクを受け入れることから生じることがよく見られます。

最後に、発見したことと社会に与える影響を結びつけることの重要性を軽んじないでください。私は医師として訓練を受けましたが、科学者としての仕事中に、研究を臨床に応用すると、新鮮でやりがいのある新しい経験、学習、協働につながることに気づきました

今はアジアでがん研究を志す人たちにとって、とても刺激的な時代です。若かったならなあ、と思います。