AsianScientist-シンガポールのジェフリー・セング (Jeffrey Seng) 博士は、魚に1、2回注射を打てば病気を防ぎ、水門を開いてアジアで持続可能性の高い養殖を行えるようになると強調した。
毎年、何百万もの死んだ魚が、尾や腹を見せて世界中の海岸や川岸に打ち上げられる。魚の死は不吉な問題、つまり有毒な水の存在を明らかにする。
魚の大量死が起こった場合、化学毒性や水中の酸素不足などの環境ストレス、または細菌やウイルスなどの病原体が魚群に入り込んだと指摘される。
これらの病気の原因となる病原体は、口のびらんや欠鱗から、水面であえぐなどの異様な行動まで、無数の症状を引き起こす。世界的にこのような症状の発生は、養殖業にとって年間60億米ドル(約7,300億円)の損失となっていると推定されている。 海産物を最も多く生産し消費するのはアジアであるため、この地域にとって特に重要な問題である。
病気が際限なく蔓延すると、生物多様性が失われるだけでなく、水産業および消費者への食糧供給に脅威をもたらす。水産微生物学者であり シンガポールの南洋理工学院 (Nanyang Polytechnic:NYP) の上級講師であるジェフリー・セング (Jeffrey Seng) 博士にとって、解決策の1つは、現在、誰もが頭に浮かぶ技術であるワクチンであるのかもしれない。
感染に対処するために魚へのワクチン接種は、まったく新しいことではない。セング博士によると、ノルウェーの海岸で捕獲されるサケには通常、少なくとも7種類のワクチンが接種される。対照的に、アジアでは水産業が繁栄しているにもかかわらず、魚用ワクチン会社は非常に少ない。
魚のウイルス学を学んだセング博士は「ノルウェーや他のスカンジナビアの会社は、温帯水病原体のワクチンを専門としていますが、必ずしも熱帯気候で見られる病原体に特化しているわけではありません」とし、「アジアでは、私たちはさまざまな種類の魚を食べますが、それらはすべて異なるワクチン接種が必要かもしれません」と話す。
このアンメットニーズがあることから、セング博士は、カスタマイズ・ワクチンの開発推進の最前線にいる。カスタマイズ・ワクチンは自家ワクチンとも呼ばれ、アジアの多様な種類の魚に適している。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンがmRNA(メッセンジャーRNA)から不活化ウイルスまでさまざまな形で提供されるように、魚用ワクチンもウイルスタンパク質の産生を模倣する発現システムなどといったさまざまな要素を使用して作ることができる。
セング博士のチームは、感染した魚から病原体を抽出し、次に微生物の生存と病気の原因となる行動に関連する遺伝子データや表面タンパク質などといった病原体の特徴を分析する。
チームは病原体の分子の状況を分析し、免疫応答を誘発するように特別に設計されたワクチンを処方する。魚は効果的に病原体を認識して攻撃できる。
セング博士の最大の功績の1つは、魚の皮膚感染症を引き起こす細菌株であるTenacibaculum maritimumに対するワクチンを作成したことである。この株はシンガポールの水産養殖会社であるBarramundi Asiaの養殖場で急速に広がり、アジアのスズキの90%までをだめにした。
セング博士とNYPの同僚らはBarramundi Asia社の支援を受け、バクテリアの分子の世界を詳しく調べた。セング博士らは新しいバイオテクノロジーを活用して、菌株の特徴を明らかにし、微生物が病気を引き起こして蔓延するのを防ぐ方法を発見した。
広範な試験を行い有効性と安全性を確認した後、チームはBarramundi Asia社の養殖場にワクチンを提供し、魚の死亡率が最終的にわずか5~10%に低下したことを確認した。大成功である。
市販のワクチンのほとんどは、市場に参入するのに何年もかかる。しかしセング博士は、自家ワクチンの開発をわずか12カ月に加速させたいと考えている。何と言っても、病原体を寄せ付けず、重大な経済的損失を防ぐには、スピードが最も重要である。
「症状を見つけて遺伝子配列を確認すると、手遅れになる可能性があります。 病気はすでにかなり進行しており、病原体は他の魚にも感染している可能性があります」(セング博士)
病気の蔓延は環境と大きく関係するため、ワクチン接種を効果的にするためには、良い水産管理が大きく関係する。セング博士は養殖場に行くと、養殖業の現在の慣行にも注目する。
「一般的な養殖方法の中には、実際には養殖場の病原体を増殖させるものもあります。感染して死んだ魚は細かく刻まれて他の魚に与えられます」(同博士)
また、気候変動によりアジアの海域は暖められ、事態は悪化している。バクテリアが繁殖し、魚への感染が起こりやすくなっている。 セング博士は、アジアの水産業の未来の確保のために、何種類かのカスタマイズ・ワクチンが緊急に必要であることを強調した。
ワクチンから診断ツールまで、技術革新と教育イニシアチブを組み合わせることは、安全で持続可能な水産養殖産業を構築するための鍵となり、アジアで衰えることのない水産物への欲求を満してくれるかもしれない。
「すべての魚のワクチン接種を確保し、フォローアップを行うには、非常に優れた管理システムが必要です。病気の根絶は不可能かもしれませんが、ワクチン接種を行い制御可能な病気による損失を最小限に抑えれば、水産業の生産性を最大化することができます」 セング博士はこのように締めくくった。
(2022年04月01日公開)