医療の自立と健康の安全保障から新規産業の原動力へ:タイのライフサイエンス(上)

2022年04月27日

ナレス・ダムロンチャイ(Dr. Nares Damrongchai)

ナレス・ダムロンチャイ(Dr. Nares Damrongchai):
バイオ産業アドバイザー

1995年 東京工業大学 生命理工学部 博士課程修了。2005年英国ケンブリッジ大学Master of Philosophy(工学部経営工学)修了。
1995年 タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)研究員。APEC技術予測センター センター長、タイ国ライフサイエンス中心(TCELS)所長などを経て2021年、Genepeutic Bio社 最高経営責任者(CEO)に就任。

はじめに

2018年のタムルアン洞窟の遭難事故で世界を騒がせて以来、かつて高い経済成長を遂げたタイは世界に対して沈黙を守り続けたように見える。日本や諸外国の投資がベトナムをはじめ近隣諸国に移り、国際貿易や高度な技術を要求する製造業においてはシンガポールが引き続いて東南アジア地域の中心的な役割を果たしている。

この状況の中で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が蔓延した2020年から2022年初頭までの間、実はタイがライフサイエンス分野において活発な動きを見せている。

昨年、タイ王立企業の「Siam Biosciences」が国内で製造するアストラゼネカのワクチンをもって大規模なワクチン接種を開始した。このタイ産のワクチンが台湾、マレーシア、フィリピンにも輸出されている。別のタイ企業「BioNet Group」はCOVID-19に対する効果が期待できるDNAワクチンを、タイのチュラーロンコーン大学発バイオベンチャーは植物由来タンパク質サブユニットワクチンやmRNAワクチンをそれぞれ開発中である。一方では新規モダリティの細胞・遺伝子治療、CAR-T細胞療法とゲノム編集の技術も次々と研究開発され、新しい世代のバイオベチャーへの誕生を促進しようとしている。

世界規模パンデミックのなかで医療・医薬産業への関心が高まり、果たしてタイは研究ベースのライフサイエンス産業を振興し、いつか地域の主要プレイヤーに躍り出ることができるか。そして日タイ両国の科学技術の協力の行方はどのような方向に発展していくか。簡略ではあるが以下まとめてみたい。

国内の科学技術とライフサイエンス発展の成り立ち

タイの医薬・医療の研究は他の分野に先駆けて始まったと言って良い。特に公衆衛生研究に関しては国内での西洋医学教育の広まりにさかのぼり、その歴史は長い。米国ロックフェラー財団が100年以上前にタイ北部都市のチェンマイで実施した公衆衛生キャンペーンが始まりで、後にタイ近代医学教育に大いに貢献した。

米国ロックフェラー財団のDr. Victor Heiserと Dr. Milford E. Barnes が1921年に鉤虫(hookworm)撲滅キャンペーンをチェンマイで開始し、後にタイ各地方に広めた (写真提供:ロックフェラー財団)

タイでの一般科学技術の研究開発は従来、政府・大学におけるアカデミック志向の研究が主導的な立場にあった。1959年に設立された国立研究評議会(NRCT)とともに正式な研究資金調達システムができた。社会経済の開発原動力になるように科学技術の開発が進められ、主に農業、エネルギー、そしてやはり国内の公衆衛生の向上を目的とする医薬・医療研究が振興された。

第二次世界大戦中に感染症に悩まされた米軍が戦後、タイを含む東南アジアへこの分野の研究を支援し始めた。研究拠点としてバンコク市内においてタイ政府と共同で陸軍医科学研究所(AFRIMS)が設立されたのは1959年だった。近代的な設備と熟練した研究員を動員し、当時から現在までマラリアやデング熱など感染症研究を活発に行ってきた。

特筆すべきは、国際協力機構(JICA)を通じた日本政府の支援によりタイ国立衛生研究所が1997年タイ厚生省医科学局の下で設立された。医科学の分野の研究開発、各種ラボ検査サービス及び人材育成を義務とし、研究開発に関して現在では完全に現地スタッフにより行われている。最近の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の研究、特に流行防止に功績を上げている。

このように日本も科学技術な面でタイとの関わりが深い(事例は後述する)が、そのなかで日本学術振興会(JSPS)の役割が従来から重要だった。バンコク研究連絡センターを通して、1989年から各分野学術研究の助成や研究者の養成のための資金の提供してきた。あるいは日本の科学技術振興機構(JST)などが実施する地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)の研究プロジェクトもタイでは多数存在する。

近年では純粋な政府系のそれに加えて グローバルヘルス技術振興基金(GHIT)など官民共同の研究資金提供・協力支援機関がタイの科学技術、ライフサイエンスの発展に貢献してきた。

こうした国際的な援助・支援を受けながら、同時期にタイの政府系研究機関や国立大学(最近は私立大学の役割も台頭してきたが)において研究が徐々に質・量的にも向上してきた。1963年に国営企業として応用科学研究院が設立され、それが後1979年に科学技術環境省(当時の名称)の創立とともにタイ国科学技術研究院(TISTR)に改められた。科学技術研究開発とともに、産業との連携や国の技術を民間へ移転すること、各種実験や検査も行うことが使命である。

続いて1991年にタイ国立科学技術開発庁(NSTDA)が設立されてからタイの科学技術が成長期に入った。タイ初の研究開発クラスターであるタイランド・サイエンス・パークがNSTDAによって2002年に操業を開始した。海外に留学していた若い世代が次々と帰国して研究員になり、これまで問題だった研究者の給料や社会的地位が改善されたとともに、研究インフラ整備が整い始めた。

バンコク郊外にあるタイ最大の研究開発クラスターであるタイランド・サイエンス・パーク (写真提供: Thai Business Incubators and Science Parks Association / Thai-BISPA)

タイランド・サイエンス・パークの主な使命は、イノベーションを促進し、民間部門の研究開発を支援することである。科学技術インフラストラクチャを提供することによって国のイノベーションシステムを強化する。包括的なテクノロジービジネスニーズが高まっている近年、100社以上の民間企業が研究開発のためのスペースを借りています。隣接するアジア工科大学院(AIT)とタンマサート大学に加えて、5つの国立研究センターを内包している。

このように科学技術全般を振興する行政や研究支援団体が次々と設立される中で、2004年にライフサイエンスに特化したタイ国ライフサイエンス中心(TCELS)が創立され、今日まで重要な役割を果たしてきた。その役割は研究費の支援・充填、大型プロジェクトの運営、商業化、技術移転、国際協力、ビジネス・マッチング、そしてクラスター・マネージメントだった。その範囲は創薬、天然物、医療機器の研究開発および商業化にわたるものだった。