新型コロナ・気候変動の脅威...スパコンによる対策を強化 シンガポール

AsianScientist - シンガポールは高性能コンピューティングツールを使用して、感染症や気候変動などの新たな脅威に対する策を強化している。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックは3年目に突入したが、その他にコロナ以外の感染症の脅威や気候変動が引き起こす多くの危機も世界中で続いている。これら2つは重要な問題であるものの、異なる問題のように見える。しかし詳しく調べてみると、人間の健康と環境の健康は大きく絡み合っていることがますます明らかになってくる。

たとえば、A型肝炎や寄生虫感染症などのいくつかの伝染病は、衛生状態の悪い地域で蔓延しやすい。大気汚染への曝露は肺や心臓血管の障害につながる。一方、生態系が破壊され生息地が失われると、伝染病を抑える環境の能力は低下し、動物から人間への病原体の移動が容易になりやすい。

これらの迫り来る脅威に目を向けなければ、地域でも世界でも大きな災厄が引き起こされる可能性がある。新たに現れるこれらの災厄の複雑性を理解するにあたり、スーパーコンピューターは、シンガポールや世界におけるこの不吉な物語を覆し、大きな変化をもたらすことができる重要なツールとなる。

感染症との戦い

シンガポールでは今回、COVID-19が急増し、熱帯国における感染症の危険性がはっきり示された。現在今のパンデミックと将来の発生に対する国の戦いの一助となろうと、科学者たちは病気の特徴を解読し、医療介入を改善するために高性能コンピューティング (HPC) の力を利用した。

これらの新たな脅威に注意を払いながら、シンガポール科学技術研究庁 ( A* STAR) の高性能コンピューティング研究所 (IHPC) と、ペタスケールASPIRE 1 HPCシステムなどのリソースを有するシンガポール国立スーパーコンピューティングセンター(NSCC) は、緊密な協力を進めている。ASPIRE 1は、1,288個の中央処理装置 (CPU) ノードとNVIDIA K40グラフィカル処理装置 (GPU) を備えたアクセラレータノードを搭載しており、コロナウイルスの拡散のモデル化に欠かせない高速かつ複雑な計算を実行できる。

飛沫の挙動は気候条件によって変化するため、IHPCの研究者チームは、COVID-19感染における咳の役割を調べ、ウイルスを含む飛沫が熱帯の屋外環境での移動距離をモデル化した。チームは小さな飛沫の分散が湿度に対して「比較的感度が低い」ことを発見し、Physicsof Fluids 誌に発表した。

対照的に、大きな飛沫については十分に注意しなければならない。小さな飛沫よりも遠くまで移動するので、感染の深刻な脅威となる。チームはスーパーコンピューターを使うことで感染経路を十分に調べ、ウイルス感染のリスクを軽減するデータドリブン・ソリューションを開発し、政府機関を支援している。

HPCソリューションは感染経路のシミュレーションを行うだけでなく、COVID-19の診断にも革命を起こした。IHPCは、シンガポールの大規模な公立病院であるタントックセン病院と提携し、HPCを利用した人工知能 (AI) を使い、胸部X線スキャンから肺炎の兆候を検出した。AIを使う画像分析は病院のスクリーニングプロセスを加速させることができるので、医師は緊急の症例を特定し、ごく早い段階で介入を行うことができる。今後、IHPCは地元の他の病院と協力して他の病気の検出にAI技術を適用し、デジタルヘルスケアの新たな夜明けを告げようとしている。

HPCソリューションは感染経路のシミュレーションを行うだけでなく、COVID-19の診断にも革命を起こした。IHPCは、シンガポールの大規模な公立病院であるタントックセン病院と提携し、HPCを利用した人工知能 (AI) を使い、胸部X線スキャンから肺炎の兆候を検出した。AIを使う画像分析は病院のスクリーニングプロセスを加速させることができるので、医師は緊急の症例を特定し、ごく早い段階で介入を行うことができる。今後、IHPCは地元の他の病院と協力して他の病気の検出にAI技術を適用し、デジタルヘルスケアの新たな夜明けを告げようとしている。

IHPCの常任理事であるリム・ケン・フ (Lim Keng Hu) 博士は Supercomputing Asia 誌とのインタビューで「デジタル化が進み、世界が繋がり合う中、HPCは、社会を強化して脅威を克服し、機会を創出するにあたり重要な役割を果たす」とし、次のように述べた。

「HPCを使えば高度モデルとAIソリューションの開発が可能です。それにより、医療分野だけでなく、食料、安全保障、都市ソリューション、気候変動などのさまざまな分野にもよい影響を与えることができる」

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は様々な変異体に進化することが知られているが、デング熱ウイルスもさまざまな形態に進化することが知られており、蔓延が懸念される病原体である。その中で目立つのはシンガポール環境衛生研究所 (EHI)、南洋理工大学(NTU)、シンガポール国立大学、(NUS) の研究者チームである。このチームは、デングウイルス2型のインド亜大陸系統が新しい遺伝子型に成長しつつあることを発見した。

チームはスタンドアロンの高性能デスクトップとNSCC HPCリソースを使用して、ウイルス拡散と遺伝的特性を素早く分析し、デング熱ウイルスの進化に関する詳しい結果を Scientific Reports 誌で発表した。この貴重な情報により、デング熱、さらには他の感染症の緩和も改善することができるかもしれない。

研究の共同執筆者でありEHIの研究主幹でもあるハプアラチゲ・チャンディタ・ハプアラチ (Hapuarachchige Chanditha Hapuarachchi) 氏は「従来のアプローチとは異なり、現在の疫学研究ではHPCを利用して、遺伝的危険因子や環境的危険因子の寄与の可能性など、疾患パターンについてさらに詳しく知ることができまる。ゲノミクスのモデリングではビッグデータ分析が一般的な手法になりつつあるため、この分野にはスーパーコンピューターが不可欠だ」と指摘する。

気候変動との戦い

パンデミックの展開状況にかかわらず、気候問題は途方もなく持続的な危険として差し迫っている。シンガポール政府は、これを「人類存亡リスク」と呼んでいる。まさにその通りである。大気、海洋、陸域が相互に作用し合うこのシステムは、非常に複雑かつ巨大であり、早急に対策を講じなければ、甚大な影響を及ぼす可能性がある。

シンガポール気候研究センター (CCRS) の研究者チームは、国家環境庁のシンガポール気象庁 (MSS) の下で、気候変動に立ち向かうために2つのスーパーコンピューティングリソースを利用した。チームは NSCCのスーパーコンピューティングシステムだけでなく、天気予報、運用、研究開発 (R&D) のためにAthenaという名の内部CrayXC-40システムも使用している。

CCRSのセンター長であるデール・バーカー (Dale Barker) 氏は Supercomputing Asia 誌とのインタビューで「海面上昇、降雨量、気温の変化など、温室効果ガス濃度の変化が気候全体に与える影響を予測するために必要な数兆の計算を実行するには、HPCが不可欠だ」と語った。

高精度のシミュレーション実施は大きな進歩を遂げた。だが現在の気候モデルは完全ではない。将来のシナリオを予測する場合、多くの不確実性に対処するために、気候科学では、複数のモデルの「アンサンブル」を一度に実行し、さまざまな環境要因の物理的相互作用を記述する方程式を解くスーパーコンピュータを必要とする。

バーカー氏は「これらのモデルは、不確実性の定量的評価を行うために、さまざまなパラメーターと強制法(結果の無矛盾性と独立性を証明するための手法)で実行される。このような取り組みを通じて『非常に可能性が高い』『明白である』などの可能性レベルを出し、意思決定者によるリスク評価に役立てることができる」と説明する。

シンガポールの土地の約3分の1は海抜5メートル未満であるため、洪水はこの国が直面する可能性が高い脅威の一つである。MSSによると、シンガポールの現在の海面は1970年以前の海面よりも約14センチ高く、CCRSは2100年までに平均海面が1メートル上昇すると予測している。

この迫り来る危機に対する最善の防御策を作り出そうと、国の水道事業を行う公益事業庁 (PUB) 、NUS、および水管理会社であるHydroinformatics Instituteは沿岸内陸洪水モデルを開発中である。このモデルは国の沿岸と内陸地域の洪水をシミュレートし、さまざまな気象シナリオと気候シナリオを使い、正確度の高いリスク予測を作り上げる。

NUSの土木環境工学科のプロジェクトチームリーダーであるフィリップ・リウ (Philip Liu) 教授は、プレスリリースで「継続的な気候変動を予測する上で、このようなモデルの開発は、厳しい気象現象や海面上昇から海岸線と私たちの未来を守るために非常に重要だ」と述べている。

しかし、このような増大する気候危機に対する積極的な戦いは、起こりうる災害を予測するだけではない。シンガポールの研究者たちは、リスク軽減や持続可能性戦略にも取り組んでいる。

たとえば、IHPCは、シンガポールの公営住宅を担当する国家開発省の法定委員会である住宅開発委員会 (HDB) と協力して、風向や日光などの都市条件をシミュレートする統合環境モデラーを開発した。

モデルは街路センサーが捉えた環境データを分析して建物の構造、都市の熱、島全体の空気の流れの相互作用を再現し、持続可能性の高い都市環境の計画に使用される。

リム博士は「この手法により、熱的快適性に優れ、緑豊かで住みやすい都市の新しい住宅街を設計して、エネルギーの効率的な利用を促進することができる」と強調する。

武器となる新しいツール

現在のスーパーコンピューターはすでに気候モデリングの手法を変えている一方、新たな脅威との戦いに備え、新しいHPC技術とハードウェアが絶えず生まれている。GPUは本来ビデオゲームのグラフィックアクセラレーション用に設計されたものだが、GPUの重要性が高まる中、気候科学者はHPC戦略を最新のものにし、洗練させる必要性を認識している。

「多くのモデルは、もともとCPUアーキテクチャを基にして開発され、最適化されている。 しかし最近はHPCセンターはCPUリソースだけでなく、ますます多くのGPUリソースも提供するようになっている」と、Supercomputing Asia 誌のインタビューで語られている。これは地球環境の持続可能性に役に立つ。「汎用プロセッサであるCPUとは異なり、GPUの強みは高度に特殊化されている」

既存の気候モデルのコードをGPUと互換性を持つように変えることは容易ではない。けれど、正しく実行すれば、コンピューティングの性能を大きく向上させることができる。バーカー氏は、革新的な気候研究のためにはGPUも重要であると強調し、気候モデルは現在、CPU-GPU共同クラスターや、分散型クラウドコンピューティング技術に移植されていると付け加えた。分散型クラウドコンピューティング技術を使うと幅広いユーザーがHPCリソースを利用できるようになる。サービスはインターネットを介して提供され、データアクセスが可能となり、オンデマンドでプログラムを実行できるようになる。

戦いを進める

NSCCは現在、シンガポールの災害に対する回復力と新たな脅威への対応力を強化するために、ASPIRE 1の後継となる強力な新しいツールを構築中である。4,000万シンガポールドル(約37億円)をかけて構築されるシステムは、最大10ペタフロップスのコンピューティング能力を備える。これはASPIRE1の8倍となる。2022年の稼働開始を予定している次世代スーパーコンピューターは、ヒューレット・パッカード・エンタープライズのスーパーコンピューターコンポーネントであるCray EXで構築され、900近いCPUとGPUの演算ノードと10万を超える演算コアを搭載する予定である。

CCRSの研究者チームは、このマシンを使用して降雨パターンの変化や海面上昇の範囲および影響を推定できると期待している。また、新しいリソースは、国土が狭いために世界の気候モデルに登録されることがほとんどないシンガポールの気候予測を改善するのにも役立つであろう。 CCRSのチームによると、このシステムは、アジア全体の大規模な気候変動の予測を強化するのに役立つ、いわゆる地域気候モデルを実行するように設定されている。バーカー氏は、大型のスーパーコンピューターは、空気中に漂う微粒子のクラウドエアロゾルモデルなど、より高度なパラメーターに対応できると付け加えた。また、より高い解像度で分析を行うことができ、局所的な背景を持たせ、細部に至るまでズームアップすることができる。

天気予報であれ、過去のデータに基づくパンデミック予測であれ、HPCアプリケーションは新たな脅威に対抗し、不確実性を排除する準備を進めている。スーパーコンピューターは、詳細なリスク予測を行い正確な評価を提供することのできる適切な立場にある。被害を軽減し、リアルタイムで危機に対応する適切な介入を指示し、安全性が高く回復力のあるシンガポールを実現することができる。

(2022年05月13日公開)

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