【アジアの科学の先駆者たち】マイクロRNAで早期疾患診断ツールの開発に取り組むチェン教授

AsianScientist - マイクロRNA(miRNA)は、いくつかの疾患において重要なバイオマーカーである。チェン・ヘ (Cheng He) 教授はこのことを頭に入れ、シンガポールのMiRXES社が早期疾患診断ツールの開発という重大な課題に取り組むことに期待をかけている。

チェン・ヘ (Cheng He) 教授 (MiRXES社研究開発副社長)

32億塩基対という膨大な数の配列が決定されヒトゲノムプロジェクトが2003年に完了したが、配列の約24%は重要でないと考えられていた。科学者たちはそれらをジャンクDNAと名づけたが、この見解はここにきて急激に変わりつつある。

その理由はmiRNA にある。時間が経つにつれ、miRNAはヒト遺伝子の最大3分の1を調節することが分かってきた。miRNAは細部を管理し、癌細胞の発現をマクロレベルでダウンレギュレーションする。miRNAは、がん細胞の過剰発現を防ぐがん遺伝子として、または悪性腫瘍の形成を防ぐ腫瘍抑制因子として機能する。また、研究からmiRNAがいくつもの疾患の存在と重症度を示すバイオマーカーであり、あらゆるところに存在することが分かった。

この小分子は、分子生物学の新時代への道を切り開いた。シンガポールをはじめ、多くの国が予防医療に注目しつつある中、チェン・ヘ博士は新しい診断法を開発することがとても重要であると考えている。

チェン教授は元々、材料科学を学んでいたため、正確な特定を行うためには、初期発見が可能な診断ツールは精度の高い生物学的指標が必要であることに気づいた。現在、チェン教授はバイオテクノロジー企業であり、RNAを利用した疾患予防診断の開発を主に行うMiRXES社の研究開発部門の副社長である。チェン教授はAsian Scientist誌のインタビューの中で、予防診断の将来に関する知見を教えてくれた。

1. チェン教授は、MiRXES社に入社する前は、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR) の研究科学者でした。研究室から産業界に飛び込み、リーダーシップを取るというのはいかがでしたか?

すべての会社はそれぞれの特徴があるので、勤務する会社により、経験は大きく異なってきます。私は、早期診断を通じて命を救い、改善させようとするMiRXES社の目的は正しいと信じています。

MiRXES社での勤務により、私の研究は強い力を注入された気がします。何と言っても、私たちが研究で発見したことが、多くの人々が実生活で使用する実際の製品に形を変えることがあるのです。研究開発は製品ライフサイクルのあらゆる段階で行われるため、製品を市場に投入するときはいつも充実感と達成感を感じます。それと同時に、製品の長所も短所も私が作ったものであり、責任感があると感じています。

私はチームリーダーとして、ビジョンの実現は努力の集まりだと考えています。私は同僚たちと緊密に協力し、チームメンバーを指導して、チームメンバーができる限りのことを達成できるように支援します。これにより、まとまって協力し、努力し、さらなる高みへとスケールアップします。

2. 分子診断とRNA技術に興味を持ったきっかけは何でしたか?

私は材料科学を勉強しました。そして、病気の特定を改善するために、常にナノテクノロジーを使用したツールの開発に努めてきました。RNAは独特な種類の分子です。RNAは転写後情報を保持しており、タンパク質に比べて配列情報の読み取りが容易です。また、RNAは分泌され、血流を循環します。これらすべてのことがあるため、RNAは新しい診断のために使用する理想的なタイプの分子になります。

3. 昨年(2021年)達成したものの中で、特に誇りに思うものはありますか?

MiRXES社は協力者と共に、数年間、呼吸器疾患の診断に循環miRNAを使用するという大規模な研究に取り組んできました。しかし、昨年は実際に研究が探索から臨床に移行したときでした。私たちは研究の発見から試作品を作り、製品化しました。

私たちはmiRNAが肺高血圧症で果たす役割を解明するにあたり多くの課題に直面し、チームはその謎を解決するために昼夜を問わず研究を続けてきました。世界中のパートナーたちとのコラボレーションは素晴らしいものでした。最も感動的だったのは、コロナ禍にもかかわらず、チームと協力者が、開発プロセス全体で非常に厳しいスケジュールを守り抜いたことです。チームの楽観主義、敏捷性、献身性を本当に誇りに思います。

4. アジアで診断技術を開発し、大規模に導入する際の課題は何ですか?

診断と治療に見られるイノベーションの多くは米国と欧州で始まりました。それらをアジアで使う場合、技術は問題ないかもしれませんが、ソリューションのスケーラビリティと製品の位置付けは、臨床現場と社会経済基準が異なるため、大きく変わる可能性があります。

アジアで革新的な診断検査を行うためには、地元の背景の中で人々が必要とするものを理解する必要があります。アジア諸国は多様性があるため、市場に参入するのは、最初は確かに難しいでしょうが、適応できる企業にとってはチャンスとなるでしょう。

治療法の開発と診断法の開発には相乗効果があるので、アジアではこれらのコラボを奨励する必要があり、そのエコシステム構築にもっと取り組まなければなりません。本当の予防医療システムを構築するには、複数の関係者がかかわるエコシステムを作り調和を実現する必要があります。そのエコシステムには学者、臨床医、政策立案者、保険会社、そして最も重要なことですが、一般市民が関与します。

MiRXES社は、予防は治療よりも優れていると考えています。そして、エコシステム全体が連携し、真の予防医療システムの実現に向けて成長できるプラットフォームになることを目指しています。

5. 解決しようとする分野の中で、最大の問題は何ですか?

私は主に、病気の早期発見を目的として循環無細胞核酸を研究しています。生物学的には、これは興味深い課題を提起してくれます。たとえば、病気の初期に放出された微量の物質をどのように検出するのか?大きな生物学的背景からもたらされる介入を最小限に抑えるにはどうするのか?これらはすべて、手頃な価格の実用的なソリューションで解決する必要があります。

このような課題に対処するために、私たちは機械学習と人工知能(AI)を頻繁に使用して新しい診断法を開発します。すると多くの情報を組み込むことができるので、病気の早期検出に役立ちます。しかし、これらのツールはさらに複雑な階層を作り出し、予想だにしなかった交絡因子を原因として簡単に歪んでしまう可能性があります。AIを利用した新しい診断方法は十分に堅牢なものでなければなりませんし、検証と妥当性確認を何度も行い証明済でなければなりません。

6. これらの問題に対処可能であり、近いうちに登場しそうなイノベーションについて教えてください。

これらの問題に対処するには、生化学から機器類、臨床試験の設計に至るまで、イノベーションが登場するべきです。たとえば、病気の初期信号をノイズからうまく分離するために、血液中のさまざまな成分を調べる技術を開発しました。生物学的信号は、特定の成分に集中し、他の成分にはあまり見られないことがあるのです。その他、これらの分子が体液中で見せる分泌から分解までの動きを詳しく調べ、疾患の初期マーカーの適切な保存に関する研究を行いました。

より信頼性の高いAIを構築するために、複数の種類の分析物も使用しています。これらは疾患に関連する生物学的変化をさまざまな視点で反映してくれます。これらの分析物をまとめてモデル化することにより、生物学的信号はさらに堅牢になります。また、変異やバイアスの補足をさらに確実なものにするために、データを異なる方法で設計する方法にも取り組んでいます。トレーニングデータのソースを拡大して、シンガポールだけでなく海外の病院も含めるようにしました。これは重要なことです。

私たちは、アジアで最大の多施設共同がん早期発見臨床試験の一つに参加しようとしています。この試験にはさまざまな民族、年齢層、ライフスタイル、リスク要因が含まれるので、構築するAIはこれらの多様性に耐えることができるようにします。

イノベーションの最終目標は、MiRXES社が早期かつ実用的で個別化された診断と、正確で利用しやすい予防医療ソリューションを提供し、医療全体で人々の命を救い、改善することです。

7. アジアのバイオテック研究者の卵たちにアドバイスをお願いします

科学を実際の製品に進化させることに興味を集中させてください。これはワクワクする探求になります!

(2022年8月16日公開)

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