「ヤング・サイエンティスト・バッジ」プログラム40周年と科学教育の将来 シンガポール

2022年10月19日 アジア・太平洋総合研究センター フェロー 斎藤 至

サイエンス・センター・シンガポール(SSC)の小学生むけ科学教育事業、「ヤング・サイエンティスト・バッジ(YSB)」プログラムが本年、開始から40周年を迎えた。シンガポールでは、これを記念した式典の開催と共に、新しいヤング・サイエンティスト・バッジが発売された。9月22日付け発表。

SSCが発売する25種のバッジ一覧。右上にマリー・キュリー、中ほどにヤング・ファブリケーター、左下にマーガレット・ファウンテンの各バッジが見える
© Science Centre Singapore)

SSCは青少年の科学教育を振興する国立の機関。ヤング・サイエンティスト・バッジ(YSB)は1982年に創始され、最も長い歴史を持つ事業である。生徒たちは科学に関する特定の課題やアクティビティを行い、その達成に応じてバッジを獲得していく。その目的は、

  1. (1) 青少年の科学に対する好奇心を喚起し、
  2. (2) 科学の諸分野について生徒が自律学習を行えるようにし、
  3. (3) 学生に主体性と創造性を伸ばす機会を与える、
  4. とされている(SSC公式サイト、YSBスキーム概要より)。

同センターでは延べ100万個以上のバッジを小学生たちに授与してきた。当初は4つのバッジで開始し、プログラムの改善や見直しで現在22のバッジを設けているが、40周年を記念して、新たに3つのバッジが加わることになった。9月21日にマリー・キュリー・バッジとマーガレット・ファウンテン・バッジが発売され、2023年にはテマセク財団の支援を得て、ヤング・ファブリケーター・バッジが発売される予定である。

9月21日に執り行われた記念式典では、同国のチャン・チュンシン(Chan Chun Sing)教育相が主賓として登壇し、YSBプログラムが国民をひきつけた理由を3点に集約した。

  1. (1) 科学を身近な営みとして社会に浸透させた
  2. (2) 親が子と共に絆を深め、発見と創造のチャンスをもたらしている
  3. (3) 継続学習の導入的役割を果たしている

将来の方向性としてチャン教育相は、「世界が直面する本質的な社会課題に取り組むためには、若い世代が、諸分野をまたぎ斬新で変革力ある解決策を提供できるような STEM 教育(Science, Technology, Engineering, and Mathematicsの諸分野を跨いだ教育)が不可欠」とした。そして学生が異分野・領域にまたがる理解力・応用能力を磨くうえで、STEM 教育は、将来の課題がより複雑で多面的となるにつれて、さらに重要性を増すだろう」と述べた。

チャン教育相が触れた、学際性の強化、パートナーシップの強化という指針は、時宜にかなったものだ。1903年に物理学、1911年に化学という2つの科学分野でノーベル賞を受賞したキュリー、また昆虫学者、博物図鑑のイラストレーターという2つの顔を持つファウンテンを新たなアイコンに置いたことは象徴的である。また、STEMにアート思考(Art)を加えた「STEAM教育」も提唱される近年では、アカデミアのみならずビジネスセクターとの実践知を交えた協働の必要性も増している。

多様性を重んじる観点からは、特別な支援を必要とする生徒の学習を支援する取り組みが注目に値する。同国最大手の新聞メディアであるストレーツ・タイムズ(海峡時報)では、脳性麻痺を持ち天文学のバッジを取得したハビエル・ヨウ君の事例が紹介されている。

ハビエル・ヨウ君(中央下)と談笑するチャン教育相(右)
© Science Centre Singapore)

幼少期からの科学教育は世界的に注目されており、特にノベルティグッズを通じた顕彰の実践は他にも多い。しかしYSBプログラムのように、多世代に跨る長期にわたり、科学の各分野を網羅的に対象とし、青少年の探求学習を顕彰・支援し好奇心を育む取り組みは希少と思われる。ひいてはチャン教育相のスピーチにあるような、科学への国民的な共通記憶・認識の醸成にもつながる。シンガポールの実践は科学教育の今後を考えるうえで示唆を与えるだろう。

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