シンガポール政府のサービスのデジタル化に寄与...GovTechとは

2022年12月05日 科学技術振興機構(JST)シンガポール事務所所長 金子恵美

日本でデジタル庁が2021年9月1日に発足してから1年余りが経過した。日本のデジタル庁は「デジタル社会形成の司令塔となる」ことが期待されている。シンガポールでは類似の組織としてGovernment Technology Agency of Singapore(略称:GovTech、ガブテック)が稼働している。コロナ対策においても大きな役割を果たしたとされるGovTechの役割をみていきたい。

GovTechは2016年に発足し、シンガポール政府全体のサービスのデジタル化を一手に引き受けている。シンガポールでは、2015年に発表された「デジタル・ガバメント・ブループリント(DGB)」というデジタル化促進のための国家計画が存在し、シンガポールのスマート・ネーション化を目指している。それに向け、データや新技術の活用促進及びデジタル経済・社会の構築といった幅広い取り組みを推進しているが、GovTechはまさにその計画の実施主体となっている。

GovTechのビジョンとミッションは以下のとおり。

ビジョン:
情報通信技術および関連する工学技術を通じて、わが国の可能性を高める。

ミッション:
デジタル政府のエンジニアリングを通じて国民生活をより良くする。

GovTechの主な業務として、

  • (1) アプリケーション設計・開発・展開
  • (2) サイバーセキュリティ
  • (3) データサイエンス・人工知能(AI)
  • (4) 政府ICTインフラ
  • (5) センサー・IoT(モノのインターネット)

―という分野でそれぞれ人材育成センターを設立し、政府全体のニーズを把握した技術チームを組むことだ。また、共通の政府技術群、主要な政府ICTインフラ、ICT調達、データ保護、サイバーセキュリティの開発を監督している。

さらにGovTechは幾つかの国家プロジェクトの推進主体となっている。その中でコロナ対策に非常に大きな役割を果たしたものとして、「National Digital Identity(NDI)」というプロジェクトがある。

日本では個人の身分証明証として運転免許証、パスポート、マイナンバーカードなど様々なものが使われているのが実態であるが、シンガポールにおいてはあらゆる場面で「National Digital Identity」が使われている。これは、日本のマイナンバーに相当すると言えるかもしれないが、日本のマイナンバーが(現時点においては)社会保障、税及び災害対策の3分野に限定して利用されているのに対し、シンガポールにおいては生活のあらゆる場面で必要となっているのが特徴である(例:携帯電話やアパート入居、子どもの習い事の申込みなど、何かしらの契約締結時の契約当事者情報の一環として記入が必要となるほか、ビルの入館許可申請等に記入を要請されることも多い)。

National Digital Identityを示したカード(Identity Card:略称IC)は日本の運転免許証サイズのカードとして作成され配布されている(下記の写真参考)。また、GovTechが開発・配布している「Singpass」というアプリが、政府の様々なデジタルサービスへのポータルサイトとなっているが、そのアプリ上でICと同じ情報が電子情報として提示できるようにもなっている。

National Digital Identity Cardの見本

National Digital Identityが国民に広く普及していることの利点は、政府のサービス提供が迅速かつ簡便になされることである。例えばシンガポールにおいては、コロナワクチン接種にあたり、日本のように接種券を受領し接種当日にそれを提示するといった必要が一切なく、オンラインで氏名とNational Digital Identityを記入することで接種予約、当日はIC(またはSingpass上の電子情報)を示すことですぐワクチンを受けることができる。また、ワクチン接種証明書も、オンラインで氏名とNational Digital Identityを記入することにより即時に発行を受けることが可能だ。その意味では、「マイナンバーカードが普及した社会」を既に実現しているのがシンガポールであり、GovTechはその中心に位置していると言える。

GovTechが実施したコロナ対策のもう1つの例として、4足歩行ロボットSPOT の活用が挙げられる。シンガポールは元々遵法精神が強く求められる国であり、罰則等が厳しいことでも知られている。コロナ渦においてもシンガポール政府が策定した様々な規制の遵守が求められたが、そのうち「社会的距離の確保」にはSPOTが活用された。SPOTはBoston Dynamics社が開発したロボットだが、シンガポールでは公園などでSPOTを展開し、あらかじめ録音された警告メッセージを発することで、道行く人に社会的距離を取るよう促すほか、カメラを使って、公園にどの程度人が集まっているか分析するためのデータを集積する役割を果たしていた。

このように、パンデミック発生時にしっかりとした対策を迅速に打てることが政府全体のサービスのデジタル化を集約していることのメリットと言えるだろう。

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