G20における科学技術・研究・イノベーションに関連する議論①―議長国インドネシアの科学技術外交

2022年12月06日

樋口義広(ひぐち・よしひろ):
科学技術振興機構(JST)参事役(国際戦略担当)

1987年外務省入省、フランス国立行政学院(ENA)留学。本省にてOECD、国連、APEC、大洋州、EU等を担当、アフリカ第一課長、貿易審査課長(経済産業省)。海外ではOECD代表部、エジプト大使館、ユネスコ本部事務局、カンボジア大使館、フランス大使館(次席公使)に在勤。2020年1月から駐マダガスカル特命全権大使(コモロ連合兼轄)。2022年10月から現職

東南アジアが一連の重要国際会議の舞台に:G20概観

東アジア首脳会議(EAS)(11月13日、カンボジア)、G20(金融・世界経済に関する首脳会合)(11月15~16日、インドネシア)、そしてAPEC首脳会議(11月18~19日、タイ)と、11月半ばにかけて東南アジアは続けざまに国際外交の大きな舞台となった。

バリ島で開催された今年のG20のメインテーマは「共に回復し、より強く回復する(Recover Together, Recover Stronger)」。ポスト・コロナを見据えて世界経済の回復に向けた取り組みを中心に議論が交わされた。

G20の食料及びエネルギー安全保障を議題としたセッション
(出典:首相官邸ホームページ)

世界的な金融・経済危機に対応すべく2008年に首脳会合が始まったG20は、「国際経済協調の第一のフォーラム」とされ、世界の総GDPの約8割を占める世界の主要20国・地域の首脳が会して経済・金融やグローバル・イシューについて協議する場である。メンバー国には先進国と新興国が含まれるのが特徴である1。G20議長国は持ち回りで、アジアのメンバー国のうち、日本(2019年)、韓国(2010年)、中国(2016年)はすでに議長国を務めた。東南アジアで唯一のG20メンバーであるインドネシアは、今回初めてこの大きな外交舞台で議長国という大役を務めた。2023年にはインドが議長国を引き継ぎ、その後、議長国はブラジル、南アと続き、EUを除くすべてのG20メンバーについて議長国が一巡することになる。

G20は、毎年11月頃に開催される首脳会合に向けて約1年間を通じてメンバー国間で様々な議論や会合が行われる文字通り「プロセス」である。首脳会合誕生の下地を作った財務大臣・中央銀行総裁会議(1999年開始)の他、様々な個別テーマに関する閣僚会合が開催される。どのテーマについて閣僚会議を開催するかについては、議長国の裁量が働く部分もあり、そのラインナップにその年の議長国のプライオリティが透けて見える。

他方、G20は多国間の協議・調整プロセスであり、当然のことながら継続性も重視される。議長国は、前年と次年の議長国と共に「トロイカ」として連携する。また、その時々の国際的な新たな重要問題もG20プロセスに影響を与える。ここ2年はグローバルな挑戦として新型コロナ問題が様々な形でハイライトされてきた。

インドネシアは昨年12月にイタリアから議長国を引き継いで、今年初めにG20のメインテーマ(共に回復し、より強く回復する)と3つの優先事項(グローバルな保健体制、持続可能なエネルギー移行、デジタル・トランスフォーメーション)を発表した。2年以上に亘って続いているコロナ禍の出口を見据えて、世界経済の本格的な回復に向けた国際的な取り組みを中心テーマに据えた形である。

今年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まったことで、地政学的な問題が経済やグローバル・イシューに大きな影響を与え、エネルギー・食料価格の高騰等が生じ、エネルギーや農業・食料等のテーマの重要性が一層高まることになった。他のグローバル・イシューとしては、気候変動や生物多様性の問題があるが、G20バリ・サミットが、相互に関連するこの2つのテーマに関する重要な国際会議(気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国会議(COP27)と生物多様性条約(CBD)締約国会議(COP15))に挟まれるタイミングとなったことも象徴的であった2

議長国インドネシアが、首脳会合と共にG20プロセスの中心をなす財務大臣・中央銀行総裁会合の他に今年の関連閣僚会合のテーマとして選んだのは、デジタル経済、農業(財務大臣との共同会合)、貿易・投資・産業、エネルギー移行、教育、環境・気候、保健(財務大臣との共同会合を含む)、研究イノベーションであった。

G20議長国は、前議長国の下での前年までの枠組みと議論を踏まえた上で、その時々の時事テーマにも対応しつつ、その中で自分自身のプライオリティを反映させていく。もちろんG20はあくまでもメンバー国間の議論の調整プロセスであり、必ずしも議長国が独自に物事を動かせる余地が大きいわけではない。しかし、議長国という立場で一年間のプロセスを通じてある程度の「方向づけ」ないし「味付け」をすることはできる。もちろんそのような「役得」は、議長国としてメンバー国間の議論をきちんと纏め上げるという役割と責任に裏打ちされるものである。

今年のG20プロセスは、政治的にはウクライナ紛争の評価の問題が大きく影を落とすことになった。首脳会合に先立つ一連の閣僚会合では、本来であれば「コミュニケ」や「共同声明」等の形でコンセンサス採択されるべき成果文書が、メンバー国間の意見の相違があったことを踏まえて、議長の責任の下で「議長総括」として発出されることが半ば常態化していた。多国間協議の場では、コンセンサスのない事項については成果文書で言及しないという解決方法もあり得るが、ウクライナ紛争のような重要問題について、メンバー国がそれぞれの立場を表明したにも関わらず、成果文書で一切言及しないということは不適当だと考えられたであろう。

サミット本番でのバリ首脳宣言3についても、その発出を危ぶむ声が少なからずあった。しかし、ジョコ大統領は、ウクライナ紛争についてメンバー国間に見られた異なる立場を書き分けて盛り込む形によって何とか共同声明の発出にこぎ着けた。いみじくも首脳宣言が吐露しているように(「G20が安全保障問題を解決するためのフォーラムでないことを認識しつつ」(パラ3))、異なる地域の先進国と新興国から成るG20のような多国間協議の場で、ウクライナ紛争のような高度に政治的な問題に関する立場を収斂させることがいかに困難であるかということが改めて明らかになった。

科学技術・研究・イノベーションから見たG20プロセス

コロナ後の経済回復やその他の様々な課題への対応においては、デジタル化を含め技術とイノベーション、そしてそれを導くための研究開発の重要性が益々高まっている。現代社会は様々な課題にあふれているが、そうした課題への対応において科学技術やイノベーションが果たす役割は大きく、その活用なくして我々が直面する諸課題に対応していくことは困難になっている。科学技術と研究、イノベーションは、それ自体をテーマとして国際的に議論されて然るべきであると同時に、経済、エネルギー、保健、農業・食料等の様々な個別テーマに関しても横串として関わってくる。

本稿では、公開情報に基づいて、(科学)技術、研究、イノベーションというキーワードを切り口として議長国インドネシアの下でのG20プロセスを概観しつつ、その狙いと成果を読み解いてみたい 4

=つづく

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