パンデミック以降、マレーシアのオンライン・メンタルヘルス・サービスは急成長を遂げているが、患者安全とデータプライバシーに関するガイドラインを監視する必要がある。
メンタルヘルスの診察は、リモートワークやフィットネスクラブなど、私たちの生活の多くの側面の1つにすぎないが、これらはコロナ禍以降、大幅にデジタル化されている。ZoomやWhatsAppなどのアプリやビデオ会議プラットフォームを使用するセラピストや臨床精神科医は増加の一途をたどり、安全な場所でのサポートを望む顧客のためにリモート診断やセラピーを行うようになってきている。このようなプラットフォームの普及により、人々はオンラインで簡単にメンタルケアを受けることができるようになった。
マレーシアのペタリンジャヤで活動するカウンセラーのミミー・ラーマン (Mimie Rahman) 氏は、Asian Scientist Magazine誌に対し「オンラインセッションは使いやすいため興味を持つ人々が増えています」と語る。対面セッションと比較してオンラインセッションは低コストであり、時と場所を選ばないことが、オンライン遠隔療法の需要が増加した主な要因である。
ミミー氏は「月に20名から30名ほどの顧客にカウンセリングを行います。そのうち約60%がオンラインです。顔を合わせるのは40%だけです」と話す。
彼女がセッションを開始したのはマレーシアでCOVID-19の第3波が猛威を振るっていた2021年だが、それ以来顧客の数が大きく増加しているという。ある時には、1カ月間でほぼ100件の依頼を顧客から受けた。しかしながら、オンラインカウンセリングの人気が高まるにつれて、データ保護と患者安全に関する懸念が高まっている。Zoomは2020年にエンドツーエンド暗号化が不十分であるという批判を受けたことがある。結果として、悪意のある者が衝撃的な内容をいたずらに再生し、あるいは送信し、会議がハイジャックされる状況が発生した。ユーザーの電子メールとパスワードも流出した。
データセキュリティと保護は、ヘルスケア分野、特にメンタルヘルス業において非常に重要である。顧客の家族健康歴、既往症、場合によってはトラウマや自傷行為に関する詳細な情報は、セラピストが顧客を理解し、精神的健康を管理するのにあたり重要であり必要である。この情報を共有するにあたり、大きな信頼が問題となる。信頼があれば、顧客とセラピストの相互に有益な結果をもたらしてくれる。
このことから、米国心理学会 (APA) その他の団体は倫理規定を更新し、心理学者やセラピストが患者情報保護とデータ保護を確保することを目的として、適切なデジタルプラットフォームの選択と使用に関するガイドラインを加えた。APAはデータと機密情報に関するセクションの中で、データ侵害の可能性を最小限に抑えるアプリや方法を見つけるための基準を提案するとともに、オンライン遠隔療法セッションを開始する前にセキュリティ対策を作成して実行するにあたり専門の技術者に相談することも提案している。
しかし、マレーシアでは明確なガイドラインがないため、メンタルヘルス医療従事者は、遠隔療養セッション中に患者データを保護するのに必要な規制を自分で考える必要がある。ミミー氏のようなメンタルヘルス医療従事者にとって、結論を出すには複雑な状況が続いている。ミミー氏によると、国の遠隔医療に関するガイドラインの更新に関して、マレーシア保健省から明確な情報が来ないため、状況は混乱している。Asian Scientist Magazine誌は、安全なオンライン・メンタルヘルスサービスに関する計画を知るために同省にインタビューを求めたが、返答はなかった。
遠隔医療は1920年代から存在していた。医師と専門家は、電話回線と無線を使用して臨床情報を交換した。1970年代になると有線テレビ、そして最終的にはビデオ会議技術により、遠隔医療モニタリングの開発と農村地域の患者への医療提供という成果が生まれた。今日のテクノロジーでは、医師と患者はスマートフォンを1回スワイプするだけで連絡を取ることができる。
マレーシアでは、1997年から遠隔医療法が施行されている。この法律は遠隔通信と情報技術を通じて公共部門における医療提供を強化しようとする国の青写真の一部となっている。しかしながら、遠隔医療法そのものは施行以来更新されておらず、条項の多くは当時利用可能だった古い技術を反映している。この法律は3ページの短い文書であり、患者の同意を得る方法と、医師や看護師が物理的なファイルや画像を安全に保管する方法を詳しく説明している。この法律は、セラピストや臨床心理士などといった精神医療従事者について特に取り上げておらず、ビデオ会議アプリなどのデジタル通信サービスを使用して機密性のある患者データを保護する方法についても記載はない。
2020年、東南アジアの遠隔医療ガイドラインを評価する1編の論文が発表された。筆頭著者のインタン・サブリナ・モハマド (Intan Sabrina Mohammad) 博士は、マレーシアをはじめとするこの地域のガイドラインの大部分は、遠隔医療や遠隔ヘルスケアに使用される技術やプラットフォームを直接管理していないと書いた。インタン博士は、クアラルンプールに所在するあるチェラスリハビリ病院のリハビリテーション専門医である。2020年半ば、マレーシア保健省は、医師がビデオ会議アプリをリモートで使用して診察、診断、予防ケアを行える「バーチャルクリニック」のガイドラインを発表した。しかし、このガイドラインには、ビデオ会議プラットフォームの明確な承認例や、患者データの最適な管理方法についての明示的な指示は含まれていなかった。また、セラピストや臨床心理士などの医療従事者について言及することもなかった。
ウェルネスコーチ兼臨床心理士であるフィカ・アドブル・ファタ (Fiqa Abdul Fata) 氏は、パンデミックの初期から2021年9月まで、マレー半島北部のペラ州と東海岸のケランタン州で対面式の臨床研修ローテーションを実施した。彼女の場合、所属していた精神科では、オンライン遠隔療法を行うのに適したプラットフォームについて、具体的なガイドラインはなかったという。
フィカ氏はAsian Scientist Magazine誌に対し「ビデオセッションについては、正直なところ、特にガイドラインはありませんでした。私たちは手探りでビデオセッションに取り組みました」と語った。
フィカ氏が担当する患者は、インターネット接続が悪い、あるいはビデオ会議プラットフォームがどのように機能するかを理解していないために、Zoomなどのビデオ会議アプリの使用に悪戦苦闘することがあった。うまくいくものを探してさまざまなプラットフォームやアプリを使ってみた結果、「患者が使用するのに最も便利な」アプリに落ち着いた。ミミー氏が最初にトレーニングを開始したとき、彼女もオンラインセッションに最も便利なアプリやプラットフォームを使用することを選択した。しかし、使いやすいアプリが常に安全であるとは限らない。
現在、ミミー氏が使用しているのは、彼女が勤務する医療センターによって承認された専用の遠隔治療アプリである。エンドツーエンドで暗号化されたこれらのプラットフォームを使ってセラピーセッションを行ってきたミミー氏は、公的アプリや安全でないプラットフォームに関連するリスクを一層強く意識するようになったと指摘する。
ミミー氏とフィカ氏は、マレーシアの保健省がバーチャルクリニックに関する明確なガイドラインの提供を検討し、患者とサービス提供者の両方の安全に意識を向けるよう望んでいる。患者データの保護は、患者と医療従事者の間で信頼関係を築くために欠かせない。信頼がなければ、メンタルヘルス医療従事者は、患者が自身のメンタルヘルスについて学び、管理する方法を導くことはできない。
(2023年01月06日公開)