2023年1月18日 JSTシンガポール事務所所長 金子恵美
シンガポールは北緯1度と、ほぼ赤道直下に位置しているが、生活者の体感としては夏の東京ほどの酷暑にはならないのが有り難いところである。これは、素人考えでは、年間を通した気温の変化が数℃程度にとどまっており、日本のような季節の変わり目の急激な気温の変化がないこと、および「クリーン&グリーンシティ」と言われるように、街のあちこちが緑にあふれており、ヒートアイランド現象が比較的起こりにくい都市設計になっていることが関係しているのではないかと思う。
そのようなシンガポールではあるが、2023年1月11日にシンガポール国立大学のキャンパスにおいて、熱耐性・パフォーマンス研究所(Heat Resilience and Performance Centre:HRPC)がシンガポールのウン・エンヘン(Ng Eng Hen)国防相ら出席のもとで開所された。これはシンガポール国立大学医学部、シンガポール軍、DSO国立研究所(防衛に関する研究所)の3者協力によるものだ。2022年2月25日に3者の代表者によって協力に関する覚書が署名されて以降、10カ月強を経ての開所となった。
HRPCの開所を発表するシンガポールのウン・エンヘン国防相 (左から 2 人目)ら
(提供:シンガポール国防省:MINDEF Singapore)
HRPCの主なミッションは、気温が上昇する中でどのように暑さに対する回復力を高め、個人のパフォーマンスを最適化できるかということに関し、最先端のソリューションを研究し、戦略を立てることにある。具体的には以下の3つを主要研究課題としている。
1.既存および新規データの集約と分析を通して生理学的研究モデルの開発と継続的な改良を可能にするデータベースを構築する。これらのデータ駆動型機能により、HRPCにおける研究対象を絞り込み、新たな研究仮説を検証し、新たなメカニズムや予測因子を明らかにする。
2.暑さの中での個人の健康状態を視覚化し解釈する能力の開発に焦点を当て、暑さ管理、リスク管理、トレーニング最適化のための個人向けトレーニングプログラムの開発を可能にする。これらのアルゴリズムにより、熱中症のリスクを予測するだけでなく、時間効率を高め、パフォーマンスを向上させ、暑さに強いトレーニングからより大きな成果を得られるように、トレーニングをパーソナライズする。
3.熱耐性を高めるための最先端のツールや技術に基づくアプローチを開発する。熱耐性に関するより効率的な戦略を開発するために、生理学、生物学、心理学等、複合的アプローチを探求する。
開所式にウン・エンヘン国防相が出席し、かつ連携する3者のうち2者が国防・防衛に関係していることから分かるように、HRPCの研究の対象者は主に軍に従事する兵士であるが、生み出された知見そのものは一般市民の健康にとっても重要なものとなろう。その文脈においては、シンガポール以上に暑く、熱中症による死亡例や搬送例が多い日本にとっても注目すべき研究所ではないかと思われる。